Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~



 居酒屋につく頃には夜も更けていた。結局、ほかのアトラクションのメンバーも加わり、総勢十二人の大所帯になった。料理がずらりと並び、ジュースのグラスを掲げながら去年の話や近況で盛り上がっている。お酒の力もあり、気づけば久しぶりとは思えないくらい自然な空気になっていた。
「てかさ、黒川さんって前からあの感じなん?めっちゃ大人な感じ」
「うん、昔っから落ち着いてたよな。大学一年んときから夏のバイトリーダーやし」
 そらの耳はいつのまにかそっちの声を追っていた。
「うち、中学一緒やけど、あの人いま東京の大学やで。しかもめっちゃ賢いとこ。高校はあの天下の西校やしな。市内トップの秀才よ!」
「ガチの天才やん」
「家もすごいらしいで。地主で土地いっぱい持っとるとか。お兄さんも大手ゼネコンに勤めてるって聞いた」
「ほんでお父さん、婿養子なんよな」
「え、確か本家やったよな? あの家。黒川さん、いろいろ複雑そう」
個人情報もなんのその。田舎の情報網と伝達速度はニュースより断然早い。もはや感心すらする。
「でも黒川さんって、そういうところ全く感じさせへんよな。仕事もできるのに全然偉そうにせぇへんし」
「ほぉ~。そりゃモテそうやなあ……あの顔やし」
「何言うとん。実際モテとるに決まっとるやん。毎年バイトの子に告白されとるし。お客さんに声かけられることもしょっちゅうや」
「え、マジ? で、どうしたん?」
「全部やんわり断ってるって。やさし~く傷つけんようにな」
 ——やんわり。
 そらはグラスの氷をじっと見つめながら、その言葉を心の中で繰り返した。今日初めて会って、少し話しただけなのに、頭の中は彼のことでいっぱいだ。胸の奥が、ざわざわする。
そのとき、横からこつんと肘で軽く突かれた。
「そらぁー? おまえ、今日めっちゃ見てたやろ」
ニヤッと笑ったのは、幼馴染の涼だった。
「へっ? な、なにを?」
「ごまかすなって。黒川さんのこと、絶対気になっとるやろ」
「……いや、見てへんし。ってか、なんなんいきなり……そもそも男やん、黒川さん……」
「うっそやん。そらの『気になってます顔』、小学生のころから見飽きてんねん。俺の目はごまかせへんで。今日のお前の目、コンビニで好きそうな新商品見つけた時とおんなじや。『好きかも……』って顔しとる」
 幼馴染みって、なんだかんだで全部バレる。そらは思わずグラスを両手で持ち直し、ちょっとだけ俯いた。
「まあ、でもわかるで。たしかに黒川さんはカッコええ。大人って感じやし」
「……うん」
「ええやん、頑張ったら。おまえ、昔から好きな物には一直線やん? それ、俺ちょっと好きやで」
「うわっ! なにその言い方、きもっ!」
「うるさいわ。応援したる言うてんのに。お前今まで色恋とは無縁やったのになぁ……まあ地元の女はみんな気ぃ強いしな。そらくんは優しい歳上男子がお好みでしたか〜」
「涼……色々ツッコミたいけど、とりあえずそれ、地元の女全員敵に回したで」
「いやいや、愛ゆえのツッコミやん。ご近所さん全員に土下座しとくわ」
 涼はからから笑った。
──きっと、まだ始まったばかり。戸惑いも喜びも、同じ場所に生まれて入り混じる感覚がなぜか心地よく感じた。