バイト終わり、着替えを済ませて外に出ると、
オレンジ色だった空はもう群青に沈みかけていた。
駐車場の端にぽつんと停まった車。
そのそばに啓太朗が寄りかかるように立っている。
(……ずるいくらい、かっこええよな……)
胸の奥がまたきゅっとなるのを感じながら、
そらはゆっくりと歩み寄った。
「……お疲れ様です」
「来てくれて、ありがとうな。
もし時間大丈夫なら、一番初めに行った雪響山……もう一回行かへん?」
思いがけない提案に、そらは戸惑った。
(そもそも、俺……振られたよな。
ていうか、振った直後にこれってどういうことなん?
恋愛初心者すぎて、
啓太朗さんが何考えてるんか、まったくわからん……)
「……はい。行きます」
そらの頭は謎に包まれたままで、
つい口をついて返事してしまった。
車は静かに夜道を登っていく。
ラジオから流れる曲と、タイヤの音だけが車内を満たしていた。
「……涼くん、めっちゃええ子やな」
「……まあ、そうっすね。あいつが幼馴染みでよかったです」
そらは少し笑い、前を向いた。
「でも、アホっすけどね」
「……ふふ、それは否定できひんな」
啓太朗の口元がわずかに緩んだ。
「……今日、涼くんにめっちゃ怒られたわ」
「え? アイツなんかやらかしたんすか?」
「ちゃうちゃう。正論ぶちかまされただけ」
啓太朗は苦笑して、肩をすくめた。
「……ちょっと、いろいろ考えさせられたわ。
人間関係ってむずいな」
声は軽いのに、どこか重たさを含んでいて、
冗談とも本気ともつかない響きが残る。
(考えさせられたって……俺のこと? それとも──)
考えようとするほど、胸の奥が落ち着かなくなる。
「……はあ、そうですよね……」
結局、そらはため息まじりの相槌しか出なかった。
「着いたで」
エンジンが止まり静けさが戻る。
車を降りると街にはない静寂と澄んだ空気に包まれた。
遠くに広がる夜景がキラキラ輝いて、
時折吹く風は秋の匂いを運んできた。
「……変わらず綺麗やな、雪響山からの夜景」
そらも顔を上げて夜景を見つめる。
すると、この夏の記憶が一気に胸へ押し寄せて、目の奥が熱くなった。
(……あかん。泣きそうや)
必死でこらえながら、そらは目をぎゅっと閉じた。
「……シフト、出てたな。
あと一緒に入れるの、数えるほどやった」
「……はい」
「九月十日、東京に戻る。……最後は六日やな」
そらの胸に、また冷たい現実が突き刺さる。
でも今度はフリーズしなかった。
ただ、前を向いて現実をのみ込む。
(……わかってた。わかってたのに……)
それでも痛みが消えることはない。
転んだ時の擦り傷みたいにじわじわ心に染み込んでいく。
虫の音だけが響く沈黙の中、啓太朗がゆっくりとそらを見た。
「……そら。今から、めっちゃ自分勝手なこと言うで。
無視してもええ。でも、できれば聞いてほしい」
風がふたりの間を抜けていく。
「……そら。俺のこと、好きになってくれてありがとう。
ほんま嬉しかった。……一生忘れへんと思う。
でも、今はごめん。そらとは付き合えへん」
すぐに、「ほんま、ごめんな」と重ねる声。
「でももし──来年の夏、俺がまた戻ってきたとき、
そらがまだ俺を好きやったら……そのときは、俺から告白する」
啓太朗の声がかすかに震えていた。
「今の俺じゃ無理なんや。縛るつもりはない。
忘れてもええし、もちろん次の恋に進んでくれてもいい。
……けど、もし奇跡みたいにまだ好きなままおってくれとったら……」
視線がそらにまっすぐ向く。
「そんときは、ちゃんと気持ち伝える」
啓太朗は、少し寂しそうに笑った。
「……ほんま、わけわからんやろ。ごめん」
そらは唇を噛んで、涙をこらえきれずに言った。
「……やっぱり、ずるいっすよ……」



