「……もう、あんなヤツ、やめとけ」
人のいない通路で、涼がぽつりと言う。
「お前には、もっとええやつおるわ」
「……わかってんねん。頭では。その方がええんやろなって。
でも、まだ好きなんやもん。俺、ほんま重症やわ。しんどすぎる……」
笑おうとしたのに、全く笑えなかった。
「……お前、昔はサッカーとメシのことしか考えてへんかったのにな。
変わりすぎやろ」
「……俺、もう十七やから」
「いや、俺も十七やけど」
涼が鼻で笑って、少しだけ空気が和らいだ。
「……青春って、つらいなぁ」
そらがぽつりとつぶやいた。
「前まで女子らが彼氏冷たいとか、
片思いしんどいとか言うてんの、アホやなって思とったけど……
今ならその気持ちめっちゃ分かる」
「……まあ、男なんてクズばっかや。
だいたいイケメンはクズや。そう思っとけ」
あまりにあっけらかんとした涼の言葉に思わずぽかんとした。
「……なあ、お前さ。時々なんなん?
急に悟ったみたいなこと言うたり、
普段ジャージばっかのくせにやたらオシャレなアドバイスしてきたり……
ほんま、何者なん?」
涼は鼻で笑った。
「俺は上ふたり姉貴やからな。
失恋した〜って愚痴らせろーって夜中に呑んで泣きながら永遠に話聞かされるんや。
しかも、あの強烈なお姉らやで? そら、多少は悟るやろ」
「あー……なるほど」
そらは妙に納得したようにうなずいた。
「お前、姉ちゃんズに鍛えられとるんやなぁ。
あー無理。あー、初恋しんどい……もう、ほんまにやめたいわ……」
両手で頭を抱えて天を仰いだ。
お化け屋敷ではすでに先輩たちが集まっていて、
配置を決める声が響いていた。
「じゃあ今日の受付は、涼と黒川くんな!」
そう言った社員が、ちらっとそらの顔を見て口元を歪めた。
「ほんまは可愛い系のそらと、
かっこいい系の黒川くん並べて集客狙いたかったんやけど……
今日のそら、ちょっと顔ブチャイクすぎやからな。
目、パンッパンやん。寝不足か?」
「……すんません。
昨日、めっちゃ感動する映画観てもたんで……」
苦し紛れの言い訳が喉の奥でつかえそうになる。
「っちゅうわけで、そらは今日、
出口のライト回収係。いけるか?」
「あ、はい。いけます」
「今日は暗闇で顔隠しとけ」
「あざまっす」
社員の声に頷きながら、
心の中でマジでありがとうございます! とつぶやいた。
今の顔で受付に座るなんて、絶対に無理だったから本当に助かった。
それでも、どうしても気になった。
受付で並ぶ、涼と啓太朗。
昨日までのような軽口はなく、
互いに一歩引いたようなぎこちない空気が流れている。
その様子を見るだけで、
そらの胸はきゅっと苦しくなった。
「さあ、配置つくでー!」
社員の掛け声にそれぞれが散っていく中、啓太朗が口を開いた。
「……ちょっと話そうや」
そう言って
、啓太朗が涼と並んで受付のパイプ椅子に腰を下ろす。
そらはその光景を遠くから見つめ、胸の奥がざわついた。
(……何言うんやろ?)
気になりつつも、そ
らは止まりかけた足を無理やり動かして、
ライト回収ブースのある出口へ向かった。
閉園のアナウンスが流れるころには、日もすっかり傾いていた。
そらは出口で回収したライトを一本ずつ点検していく。
瞼はまだ腫れぼったい。
でも勤務中に泣きだすことはなかった。
それだけでも自分を褒めてやりたい。
「ふぅ……終わった」
最後のライトを片づけて、腰をグンと伸ばした時、
背後から誰かが駆け寄ってくる足音がした。
振り返ると「そらー、お疲れー!」と、いつもの調子の涼が立っていた。
「おお、目ぇだいぶマシになったやんけ。
今朝のめっちゃブサイクが、ちょいブサイクぐらいには回復しとるわ」
「うっさい。だまれや」
そらがむすっと返すと、涼は肩をすくめて笑った。
「まあ、あれやな。
……俺もう、お前に『がんばれ』って言うしかないわ」
そう言って、そらはパンッと背中を叩かれた。
「俺、今日急ぐから、先行くで! ほなな!」
何の脈絡もない話を一方的にして去っていった涼。
「……はぁ? なんや、あいつ」
そらはぽつんと立ち尽くすしかなく、胸の奥がむずがゆくなった。
「そら!」
また背中に響いた声に、今度は心臓がピクッと跳ねた。
聞き間違えるはずもない。
優しくて、でもどこか距離を感じるあの声。
振り返らなくても、誰か分かる。
「そら、今日……ちょっと時間ある?」
ゆっくり振り向くと、
どこか祈るような表情で啓太朗が立っていた。
「……えっと、
ご飯とかまで行かんくてええんやけど、ちょっと……話したい」
その言葉に、せつなさと期待と、
どうしようもない想いがぐるぐると渦を巻く。
「……あ、あります、けど……」
「ごめん、五分……いや、十分でええから。時間くれる?」
「……はい。別に予定ないんで大丈夫です」
「ありがとう。じゃあ、終わったら車のとこ集合な」
「……わかりました」
返事をしても、心は波立ったままだ。
園内の賑やかなざわめきがさらにそれを加速させた。



