Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~


 そらは取り乱したまま朝礼に参加した。
そこで告げられたのは、皮肉にも同じポジションという特報。

「今日は春川と黒川ペアで受付な」と、
何も知らない社員が悪びれもなく告げる。

(どうしよ……心臓もたん……)





 園内に開園の音楽が流れはじめた。
テーマパークらしい浮かれたメロディーがスピーカー越しに響いてくる。
お化け屋敷は一番奥にあるせいで、開園してもしばらくは客足がない。
受付の二人は、並んだパイプ椅子に腰かけて、のんびりと待機していた。


「どうしたの? そんなにイケメンになっちゃって」

そらは思わず横を見てパチパチ瞬きした。

「……からかわないでくださいよ。ちょっと気分転換です」

ふたりの間に、すっと沈黙が落ちる。

「……俺のせい?」

「……え?」

「髪切ったの。……失恋したから?」

そらの肩がビクッと震えた。
一瞬で心臓が大きく鳴って呼吸まで止まりそうになる。
どう答えていいか分からなくて、
でも何か言わなきゃって気持ちが爆発して……

「ち、違う……いや、違わないんですけど……!」

そらは思わずガタッと椅子から立ち上がる。

「でも! 失恋したから切ったんじゃなくて……
俺のこと、また見てもらえるように頑張ろうって思って切ったんです!」

少し声が大きくなって、慌ててトーンを落とす。

「だから……これは俺の決意っす。
まだ、啓太朗さんのこと諦めてませんから」

言い切ってから腰を下ろすと、顔が熱くて爆発しそうだった。

「……ほんと、そらは素直でまっすぐで、
キラキラしとるな。なんか、俺とは大違いやわ」

啓太朗は照れながらもどこか自嘲気味に笑っていて……
そらは目を丸くして首を振った。

「いやいや! 俺からしたら、啓太朗さんの方がキラキラしてますよ。
そりゃもう……夜景みたいに。キラッキラっす」

「……夜景みたいに?」

啓太朗が少し吹き出して笑った。


「……そらってさ、モテるんやない?
学校で。かっこいいし、明るいし、優しいし……。実際どうなん?」

「え? いや、全然っすよ、マジで!」

そらは慌てて手をぶんぶん振る。

「てか……絶対、涼のせいでもあるんすよね。
アイツと一緒におると、バカがうつって同類に見られとる気がして……」

「ふふ、それは……なんとなくわかるかも。

でも、二人のコンビ……俺は好きやけどな」
その言葉に、そらはちょっとだけ照れて黙り込んだ。


「……なんか、こんなこと聞くの、あれなんやけどさ……
何が、そんな良かったん? 俺のこと。
別に好きになってもらえるようなこと、した覚えないんやけど」

「え? な、なんやろ……」

そらは頭をフル回転させるけど、何もでてこなくて焦る。
けれど、今でも鮮明に思い出せるのは初めて会った日。
控室に入ってきた啓太朗の姿だった。

「……多分、初めて見たときからヤバかったっす」

「ははっ。ヤバかったって、どんな?」

そらは視線を泳がせ、口元に手を当てたまま唸った。

「いやー、まず……第一印象っすよね。
『うわ、めっちゃ大人』って思ったのと、
『都会の人やん!』って思ったんですよ」

そう言って、小さく笑い、ちらりと啓太朗を見た。

「……こんなこと言ったら怒られそうですけど、
ここの先輩たちも、まあ先輩なんですけど……
ちょっとこう、田舎っぽいっていうか、あか抜けてないっていうか……」

そして慌てて両手をぶんぶん振りながら続ける。

「いや、そんなん俺もめっちゃ田舎丸出しですけどね?
でも、啓太朗さんだけは……すごい洗練されて見えたんすよ。
そっから、もう目ぇ離せんくなって。
――気づいたら、めっちゃ好きになってました……」

ぽつりと落ちたその言葉がずっと静かに真っ直ぐ響く。

「語彙力なくてすんません。
……でも、ほんまに初めてなんです、こんな気持ち」

言い終えると、そらは両手で顔を覆って俯く。

「うわぁぁ……無理無理無理!
自分で言うといて、恥ずかしさに耐えられへん……」

うずくまっているそらを、啓太朗はしばらく静かに見つめていた。

そして、彼は手を伸ばし、
その指先がそらの震える手をやさしく剥がしていく。
両手を外された瞬間、真っ赤に染まった頬がさらに熱くなるのがわかった。

「……ほんま、かわいいな」

——次の瞬間。

「ようこそ〜! お化け屋敷へ!」

啓太朗はすっと立ち上がり、お客さんへ笑顔を向けた。
そらは、フリーズしたまま動けない。
心臓はどくどく鳴りっぱなしで、顔の火照りも全然引かない。
頭の中は真っ白……

「そら。チケットちぎってあげて」

「……あ、はいっ!」

反射的に立ち上がり、チケットを受け取り、
「お、お化け屋敷へようこそ……」。

AIロボットみたいな声を出してしまったその時、
隣で啓太朗が吹き出した。
そのあとは次々とお客さんがやってきて、
さっきの出来事を考える余裕なんて一ミリもなく、
時間は一瞬で過ぎ去り、昼休憩の時間に差し掛かった。



「黒川さん、お昼どうぞー」

交代に来たバイトの子に声をかけられ、
啓太朗は「ありがとう」と返し、控室へ戻っていった。
代わりに座ったのは、いつも明るい二個上の先輩だった。

「そら、お疲れー」

「……はぁぁあ~~~~~~っ……」

突然の超特大ため息に、先輩がギョッとする。

「えっ、どしたん? そら、なんかあったん?」

そらは、遠くの空を見つめながらぼそりとつぶやいた。

「……先輩。魔性の女に振り回されずに、
平常心でおる方法ってないっすか?」

「……はあ? なにそれ?」

先輩の困惑した声が、館内に響いた。

そらの問いに、
彼は腕を組んで「うーん」と、唸りしばらく考え込んだ。

「俺やったらなぁ……」

 突然何かをひらめい先輩はどや顔で言った。

「ギャルゲーの主人公になった気分で行くわ」

「……は?」

「せやからな、例えばやで?
本命の子に振り回されそうになっても
『おい、そんな態度でええんか? 俺には他にもいっぱいおるんやぞ?』
って、心の中で言うねん」

「……はぁ……」

「で、『お前なんか選択肢の一つやからな? 
そっちがその気なら他のルート行くだけやからな?』
みたいな、鋼メンタルで挑むんや。要は、恋もゲーム感覚でな!」

 笑顔でアホなアドバイスをしてくる先輩に、そらは静かに震えた。


——もう、あかん。この人は頼りにならん……。
「どうしよ……」とそらは、頭を抱えてうなだれた。