修学旅行って、もっと賑やかで、もっと浮かれて、もっと“普通に青春だー!”って叫ぶものだと思ってた。
でも青霞学院の修学旅行は、やっぱり青霞学院だった。
集合時間は秒単位で管理されるし、移動中のバスの中でも参考書を開いている猛者がいるし、先生は「受験に向けて早めに修学旅行を終えるからな!」って堂々と言い切るし、そのくせ「勉強を忘れられるビッグイベントだから校則適用されません!!」って大声で叫ぶ。
……いや、どっち。
自由なのに管理されてる。
解放なのに計画的。
青霞らしい矛盾が、なんだか笑える。
でも。
そんな矛盾の中で俺が一番矛盾しているのは――
琉人と同じ班で、同じ修学旅行に来てるのに。
隣にいるのに。
好きって言えない。
触れたいのに触れられない。
……秘密交際って、ほんとに厄介だ。
一日目の目的地は鹿児島。
桜島が遠くに見えて、空が広くて、潮っぽい匂いがして、都会とは違う時間の流れがあった。観光地らしい看板も、人の声も、全部が旅行っぽいのに、青霞学院の生徒たちは、なぜか“真面目な顔”で写真を撮る。
俺たちの班も、普通に動いていた。
真木が「この地形は火山灰の影響で――」と地理講座を始め、湊が「真木先生! 旅行中に授業しないで!」と突っ込み、琉人が低い声で「雄大、足元気をつけて」と言い、俺はその声だけで心臓が跳ねた。
……ダメだ。
修学旅行が始まった瞬間、俺の心臓はテストより忙しい。
湊がスマホを構えて、やたらテンション高く言う。
「はいはいはい! 班写真撮ろうぜ! 青霞最強班!」
「青霞最強班って何……」
「いいから寄れ寄れ! 真木も笑え! 篠山も笑え! 雄大は笑いすぎ!」
俺は「笑いすぎじゃない!」と言い返しながら、琉人との距離を“幼馴染っぽい距離”に調整した。近すぎると怪しまれる。離れすぎると寂しい。絶妙な距離感が難易度高すぎる。
写真が撮られて、湊が満足そうに頷く。
バスに乗り、前に座る湊は、体を乗り出して、目を輝かせながら言う。
「よし! 今夜は部屋で語り合おうぜ! 校則適用されないんだし!」
「湊、声でかい」
「ここ、外だし!」
「外でも声でかい」
真木が冷静に言う。
「校則適用されないと言っても、先生が怒らないとは言ってない」
「真木ってほんと現実担当だよな」
「お前が浮かれ担当なだけー」
いつも通りの会話。
いつも通りのテンポ。
なのに俺は、その中でひとつだけ“違う現実”を抱えている。
琉人が、俺の恋人だということ。
それだけで、今日の景色はぜんぶ特別に見えた。
夕方。
ホテルに到着。
チェックインして、荷物を置いて、先生の注意事項を聞いて、夕食の時間になって――ようやく「修学旅行っぽい疲れ」が体にまとわりついてきた。
部屋割りは、班ごと。
つまり。
俺は琉人と同室。
同室。
……同室!?
頭の中で文字がでかく点滅した。
同じ部屋で寝るって何。
恋人と同じ部屋で寝るって何。
修学旅行、校則適用されないって先生言ってたよね!? 自由って言ってたよね!?
でも同時に、理性が叫ぶ。
バレたら終わる。
進学校の噂は命取り。
俺はぐちゃぐちゃのまま部屋に入った。
畳の匂い。
布団が並んでいる。
窓の外には夜の街。
湊が真っ先に布団にダイブした。
「うおおお! 旅館テンション!!」
「落ち着け! まだ夕飯前!」
「夕飯でテンション上げて、夜でさらに上げる!」
「やめろ!」
真木は荷物を整理しながら、淡々と予定表を確認している。
琉人はスーツケースを静かに置いて、俺の方をちらっと見た。
それだけで、胸が熱い。
同室なのに。
目の前にいるのに。
触れない。
むしろ触ったら終わる。
……いや、終わりたくない。
夕飯は普通に美味しかった。鹿児島っぽい料理が並んで、湊が「黒豚うま!!」と叫び、真木が「栄養は大事だ」と頷き、琉人が俺の皿にさりげなく一品乗せてくれて、俺は「ありがとう」と小声で言って、顔が熱くなった。
そして夜。
お風呂を済ませて、部屋に戻って、布団を敷いて。
先生の見回り時間があるから、騒ぎすぎないように、と湊が珍しく空気を読んで小声になった。
「なあ、みんな。修学旅行ってさ、こういう夜が一番楽しいよな」
「急にエモくなるな」
「真木、空気読んで!」
「俺は読んでる。お前がうるさいだけだ」
笑っているうちに、時間が過ぎた。
湊が先に寝落ちした。
真木も、しばらくして静かになった。
部屋の灯りが落ちて、間接照明みたいな小さな明かりだけが残る。
旅館の夜は静かで、外の虫の声が遠くに聞こえる。
俺は布団の中で、目を開けたまま天井を見ていた。
寝られない。
だって、隣に琉人がいる。
同室。
恋人。
距離ゼロのはずなのに、触れられない。
その矛盾が、甘くて苦しい。
――そのとき。
枕元のスマホが、小さく震えた。
LINE。
画面を開く。
【琉人】と表示されている。
心臓が跳ねた。
同じ部屋にいるのに、LINE。
秘密交際って、こういうところが意味不明で、でも最高に甘い。
俺は布団の中で、こっそり返信した。
【琉人】
起きてる?
【雄大】
起きてる……寝れない
【琉人】
俺も
短いやり取りなのに、胸が熱い。
スマホを握る指が震える。
同室なのに。
声を出したら起きるから、文字で繋がる。
なんだこれ。
最高じゃん。
次の通知が来た。
【琉人】
……雄大
名前だけで、胸がぎゅっとなった。
好きな人に名前を呼ばれるってこんなにも幸せなんだと痛感する。
【雄大】
なに?
少し間があって。
画面に、短い文章が落ちた。
【琉人】
キスしたい
……っ!!
俺は思わず布団の中で丸くなった。
心臓がうるさすぎて、湊が起きるんじゃないかと思うくらい。
キスしたい。
その五文字が、甘くて危険で、俺を一瞬で溶かす。
俺は返信しようとして、指が止まった。
ダメ。
危ない。
同室。
見回り。
バレたら終わる。
なのに。
胸の奥に、欲が湧く。
独占されたい。
触られたい。
今すぐ。
俺はスマホを握りしめて、息を整えて、打った。
【雄大】
……今、同じ部屋にいるのに言うのずるい
【琉人】
ごめん
でも我慢できない
我慢できない。
そんなこと言われたら、俺も我慢できない。
俺は、ほんの少しだけ布団から顔を出して、闇の中で琉人の方を見た。
琉人は横向きで寝ているみたいに見えた。
でも、目が開いている気配がする。
同じ闇の中で、同じように眠れないでいる。
それが嬉しくて、苦しくて、甘い。
【雄大】
……じゃあさ
指が勝手に動く。
心が先に走る。
【雄大】
今からこっそり抜けよ
送信した瞬間、俺は自分にびっくりした。
何言ってるんだ俺。
進学校の修学旅行。
噂は命取り。
先生の見回り。
同室のはず……
なのに、もう止まらない。
通知がすぐに返ってきた。
【琉人】
……いいの?
【雄大】
よくない
でも、したい
【琉人】
俺も
俺も。
その二文字が、胸を撃ち抜く。
俺たちは、同室なのに、世界で一番遠回りしてる。
でもその遠回りが、甘酸っぱすぎて、たぶん一生忘れない。
俺はそっと布団の中で体を起こして、音を立てないように息を殺した。
湊は完全に爆睡している。
真木も寝息が安定している。
よし。
俺はスマホを握りながら、もう一度LINEを打つ。
【雄大】
廊下、出れる?
【琉人】
出れる
今、行く
その返事だけで、鼓動が早くなる。
数秒後。
布団が擦れる小さな音がした。
俺は息を止める。
そして、闇の中で琉人が起き上がる気配。
足音が、ほとんどしない。さすが琉人。動きが綺麗すぎる。
俺もそっと立ち上がって、襖の近くへ。
琉人と目が合った。
暗いのに、分かる。
琉人の耳が、赤い。
……可愛い。
俺は笑いそうになって、口元を押さえた。
琉人が小さく囁く。
「……雄大」
声が、柔らかい。
優しい。
ずるい。
俺も小さく返す。
「……行こ」
琉人が頷いて、襖をそっと開けた。
廊下は、静かだった。
旅館の夜の匂い。
遠い足音。
どこかの部屋の笑い声。
俺たちは、音を立てないように歩いた。
並んで歩く距離が、いつもより近い。
触れそうで触れない。
角を曲がって、非常口の近くの小さなスペースに入る。
薄い照明が、壁をぼんやり照らしている。
そこは誰もいなくて、静かで、逃げ場みたいだった。
琉人が立ち止まって、俺を見る。
俺も止まる。
言葉がいらない空気。
琉人が、ゆっくり近づく。
俺の心臓が、跳ねる。
「……本当に、来てくれた」
琉人の声が、甘くて、震えているみたいだった。
「俺が言ったんだし」
「……雄大、可愛い」
また言う。
こんな夜に。
こんな場所で。
こんな距離で。
俺は顔が熱くなって、でも笑った。
「琉人の方が可愛い」
「……それ、反則」
「反則なのは、キスしたいって言った方」
俺が小声で言うと、琉人が少しだけ困った顔をした。
それがまた可愛い。
琉人が、俺の手をそっと掴む。
指先が触れて、熱が走る。
「……キス、していい?」
「……うん」
俺が頷いた瞬間。
琉人の唇が、俺の唇に触れた。
静かに。
確かめるみたいに。
でも前回よりも、ずっと欲が混じっている。
俺は目を閉じた。
胸が甘く痛い。
息ができない。
でも、その苦しさすら嬉しい。
琉人が一度離れて、額を寄せる距離で囁いた。
「……我慢、無理だった」
「……うん、分かる」
俺が笑うと、琉人がもう一度、少し長くキスをした。
触れるだけじゃなくて、ちゃんと“恋人のキス”。
修学旅行一日目の夜。
進学校の壁の向こう側。
同室なのに、LINEで繋がって、こっそり抜け出して、廊下でキスしてしまう。
……俺たち、何してるんだろう。
でも、最高だ。
琉人は、その手をぎこちなくとも確実に、ゆっくりと俺の体に這わしていく。まずは、首筋。
すーっと、撫でられると、おかしな声が出そうになった。
「……ぁあ」
「声我慢して……」
琉人は、悪っぽい笑顔を見せながら言った。
その顔を見るだけで、下半身が反応してしまう。
それを琉人は見逃さなかった。
再び、ゆっくりと指を這わす。
首筋から鎖骨にかけて、シルクのシーツの感触を確かめるように、何度も往復する。
だんだん、俺の下に向かって指が伸びていく。
俺は、今、琉人に支配されている。
俺は、されるがままだった。
琉人の指が腰のあたりに来た頃、俺の唇から琉人の唇が離れた。
すぐに寂しい気持ちが湧いてくる。
しかし、琉人の唇は、俺の首筋のあたりに着地して、強引に吸い付いた。
キューとか、チューとかいう音が廊下に響いている気がする。
「あぁぁ……琉人、だめだよ……」
「うるさい……もっと雄大が欲しいの……」
琉人に吸われた首筋が、少しヒリヒリする。
何なんだろうこれは。
琉人が小さく囁く。
「……雄大、好き」
「……俺も、好き」
その言葉は小さくて、でも確かだった。
遠くで足音がした瞬間、俺たちは同時に息を止めた。
見回りかもしれない。
誰かがトイレに起きただけかもしれない。
でも、スリルまで甘い。
琉人が俺の手を握ったまま、笑いそうな声で言う。
「……戻ろう」
「うん。ばれたら終わる」
俺たちはそっと廊下を戻る。
部屋の襖を開ける前、琉人が俺の耳元で、柔らかく囁いた。
「……また、明日も」
「……明日も、抜けるの?」
「……雄大が、来てくれるなら」
ずるい。
そんな言い方されたら、行くに決まってる。
俺は小さく頷いて、布団に戻った。
布団の中でスマホが震える。
【琉人】
おやすみ
今日、幸せだった
俺は胸がいっぱいになって、こっそり返信した。
【雄大】
おやすみ
俺も、幸せ
また明日ね
同じ部屋にいるのに、文字で言う“おやすみ”。
それが、甘酸っぱすぎて。
俺は目を閉じた。
心臓はまだうるさいまま。
でも今度は、ちゃんと眠れそうだった。
でも青霞学院の修学旅行は、やっぱり青霞学院だった。
集合時間は秒単位で管理されるし、移動中のバスの中でも参考書を開いている猛者がいるし、先生は「受験に向けて早めに修学旅行を終えるからな!」って堂々と言い切るし、そのくせ「勉強を忘れられるビッグイベントだから校則適用されません!!」って大声で叫ぶ。
……いや、どっち。
自由なのに管理されてる。
解放なのに計画的。
青霞らしい矛盾が、なんだか笑える。
でも。
そんな矛盾の中で俺が一番矛盾しているのは――
琉人と同じ班で、同じ修学旅行に来てるのに。
隣にいるのに。
好きって言えない。
触れたいのに触れられない。
……秘密交際って、ほんとに厄介だ。
一日目の目的地は鹿児島。
桜島が遠くに見えて、空が広くて、潮っぽい匂いがして、都会とは違う時間の流れがあった。観光地らしい看板も、人の声も、全部が旅行っぽいのに、青霞学院の生徒たちは、なぜか“真面目な顔”で写真を撮る。
俺たちの班も、普通に動いていた。
真木が「この地形は火山灰の影響で――」と地理講座を始め、湊が「真木先生! 旅行中に授業しないで!」と突っ込み、琉人が低い声で「雄大、足元気をつけて」と言い、俺はその声だけで心臓が跳ねた。
……ダメだ。
修学旅行が始まった瞬間、俺の心臓はテストより忙しい。
湊がスマホを構えて、やたらテンション高く言う。
「はいはいはい! 班写真撮ろうぜ! 青霞最強班!」
「青霞最強班って何……」
「いいから寄れ寄れ! 真木も笑え! 篠山も笑え! 雄大は笑いすぎ!」
俺は「笑いすぎじゃない!」と言い返しながら、琉人との距離を“幼馴染っぽい距離”に調整した。近すぎると怪しまれる。離れすぎると寂しい。絶妙な距離感が難易度高すぎる。
写真が撮られて、湊が満足そうに頷く。
バスに乗り、前に座る湊は、体を乗り出して、目を輝かせながら言う。
「よし! 今夜は部屋で語り合おうぜ! 校則適用されないんだし!」
「湊、声でかい」
「ここ、外だし!」
「外でも声でかい」
真木が冷静に言う。
「校則適用されないと言っても、先生が怒らないとは言ってない」
「真木ってほんと現実担当だよな」
「お前が浮かれ担当なだけー」
いつも通りの会話。
いつも通りのテンポ。
なのに俺は、その中でひとつだけ“違う現実”を抱えている。
琉人が、俺の恋人だということ。
それだけで、今日の景色はぜんぶ特別に見えた。
夕方。
ホテルに到着。
チェックインして、荷物を置いて、先生の注意事項を聞いて、夕食の時間になって――ようやく「修学旅行っぽい疲れ」が体にまとわりついてきた。
部屋割りは、班ごと。
つまり。
俺は琉人と同室。
同室。
……同室!?
頭の中で文字がでかく点滅した。
同じ部屋で寝るって何。
恋人と同じ部屋で寝るって何。
修学旅行、校則適用されないって先生言ってたよね!? 自由って言ってたよね!?
でも同時に、理性が叫ぶ。
バレたら終わる。
進学校の噂は命取り。
俺はぐちゃぐちゃのまま部屋に入った。
畳の匂い。
布団が並んでいる。
窓の外には夜の街。
湊が真っ先に布団にダイブした。
「うおおお! 旅館テンション!!」
「落ち着け! まだ夕飯前!」
「夕飯でテンション上げて、夜でさらに上げる!」
「やめろ!」
真木は荷物を整理しながら、淡々と予定表を確認している。
琉人はスーツケースを静かに置いて、俺の方をちらっと見た。
それだけで、胸が熱い。
同室なのに。
目の前にいるのに。
触れない。
むしろ触ったら終わる。
……いや、終わりたくない。
夕飯は普通に美味しかった。鹿児島っぽい料理が並んで、湊が「黒豚うま!!」と叫び、真木が「栄養は大事だ」と頷き、琉人が俺の皿にさりげなく一品乗せてくれて、俺は「ありがとう」と小声で言って、顔が熱くなった。
そして夜。
お風呂を済ませて、部屋に戻って、布団を敷いて。
先生の見回り時間があるから、騒ぎすぎないように、と湊が珍しく空気を読んで小声になった。
「なあ、みんな。修学旅行ってさ、こういう夜が一番楽しいよな」
「急にエモくなるな」
「真木、空気読んで!」
「俺は読んでる。お前がうるさいだけだ」
笑っているうちに、時間が過ぎた。
湊が先に寝落ちした。
真木も、しばらくして静かになった。
部屋の灯りが落ちて、間接照明みたいな小さな明かりだけが残る。
旅館の夜は静かで、外の虫の声が遠くに聞こえる。
俺は布団の中で、目を開けたまま天井を見ていた。
寝られない。
だって、隣に琉人がいる。
同室。
恋人。
距離ゼロのはずなのに、触れられない。
その矛盾が、甘くて苦しい。
――そのとき。
枕元のスマホが、小さく震えた。
LINE。
画面を開く。
【琉人】と表示されている。
心臓が跳ねた。
同じ部屋にいるのに、LINE。
秘密交際って、こういうところが意味不明で、でも最高に甘い。
俺は布団の中で、こっそり返信した。
【琉人】
起きてる?
【雄大】
起きてる……寝れない
【琉人】
俺も
短いやり取りなのに、胸が熱い。
スマホを握る指が震える。
同室なのに。
声を出したら起きるから、文字で繋がる。
なんだこれ。
最高じゃん。
次の通知が来た。
【琉人】
……雄大
名前だけで、胸がぎゅっとなった。
好きな人に名前を呼ばれるってこんなにも幸せなんだと痛感する。
【雄大】
なに?
少し間があって。
画面に、短い文章が落ちた。
【琉人】
キスしたい
……っ!!
俺は思わず布団の中で丸くなった。
心臓がうるさすぎて、湊が起きるんじゃないかと思うくらい。
キスしたい。
その五文字が、甘くて危険で、俺を一瞬で溶かす。
俺は返信しようとして、指が止まった。
ダメ。
危ない。
同室。
見回り。
バレたら終わる。
なのに。
胸の奥に、欲が湧く。
独占されたい。
触られたい。
今すぐ。
俺はスマホを握りしめて、息を整えて、打った。
【雄大】
……今、同じ部屋にいるのに言うのずるい
【琉人】
ごめん
でも我慢できない
我慢できない。
そんなこと言われたら、俺も我慢できない。
俺は、ほんの少しだけ布団から顔を出して、闇の中で琉人の方を見た。
琉人は横向きで寝ているみたいに見えた。
でも、目が開いている気配がする。
同じ闇の中で、同じように眠れないでいる。
それが嬉しくて、苦しくて、甘い。
【雄大】
……じゃあさ
指が勝手に動く。
心が先に走る。
【雄大】
今からこっそり抜けよ
送信した瞬間、俺は自分にびっくりした。
何言ってるんだ俺。
進学校の修学旅行。
噂は命取り。
先生の見回り。
同室のはず……
なのに、もう止まらない。
通知がすぐに返ってきた。
【琉人】
……いいの?
【雄大】
よくない
でも、したい
【琉人】
俺も
俺も。
その二文字が、胸を撃ち抜く。
俺たちは、同室なのに、世界で一番遠回りしてる。
でもその遠回りが、甘酸っぱすぎて、たぶん一生忘れない。
俺はそっと布団の中で体を起こして、音を立てないように息を殺した。
湊は完全に爆睡している。
真木も寝息が安定している。
よし。
俺はスマホを握りながら、もう一度LINEを打つ。
【雄大】
廊下、出れる?
【琉人】
出れる
今、行く
その返事だけで、鼓動が早くなる。
数秒後。
布団が擦れる小さな音がした。
俺は息を止める。
そして、闇の中で琉人が起き上がる気配。
足音が、ほとんどしない。さすが琉人。動きが綺麗すぎる。
俺もそっと立ち上がって、襖の近くへ。
琉人と目が合った。
暗いのに、分かる。
琉人の耳が、赤い。
……可愛い。
俺は笑いそうになって、口元を押さえた。
琉人が小さく囁く。
「……雄大」
声が、柔らかい。
優しい。
ずるい。
俺も小さく返す。
「……行こ」
琉人が頷いて、襖をそっと開けた。
廊下は、静かだった。
旅館の夜の匂い。
遠い足音。
どこかの部屋の笑い声。
俺たちは、音を立てないように歩いた。
並んで歩く距離が、いつもより近い。
触れそうで触れない。
角を曲がって、非常口の近くの小さなスペースに入る。
薄い照明が、壁をぼんやり照らしている。
そこは誰もいなくて、静かで、逃げ場みたいだった。
琉人が立ち止まって、俺を見る。
俺も止まる。
言葉がいらない空気。
琉人が、ゆっくり近づく。
俺の心臓が、跳ねる。
「……本当に、来てくれた」
琉人の声が、甘くて、震えているみたいだった。
「俺が言ったんだし」
「……雄大、可愛い」
また言う。
こんな夜に。
こんな場所で。
こんな距離で。
俺は顔が熱くなって、でも笑った。
「琉人の方が可愛い」
「……それ、反則」
「反則なのは、キスしたいって言った方」
俺が小声で言うと、琉人が少しだけ困った顔をした。
それがまた可愛い。
琉人が、俺の手をそっと掴む。
指先が触れて、熱が走る。
「……キス、していい?」
「……うん」
俺が頷いた瞬間。
琉人の唇が、俺の唇に触れた。
静かに。
確かめるみたいに。
でも前回よりも、ずっと欲が混じっている。
俺は目を閉じた。
胸が甘く痛い。
息ができない。
でも、その苦しさすら嬉しい。
琉人が一度離れて、額を寄せる距離で囁いた。
「……我慢、無理だった」
「……うん、分かる」
俺が笑うと、琉人がもう一度、少し長くキスをした。
触れるだけじゃなくて、ちゃんと“恋人のキス”。
修学旅行一日目の夜。
進学校の壁の向こう側。
同室なのに、LINEで繋がって、こっそり抜け出して、廊下でキスしてしまう。
……俺たち、何してるんだろう。
でも、最高だ。
琉人は、その手をぎこちなくとも確実に、ゆっくりと俺の体に這わしていく。まずは、首筋。
すーっと、撫でられると、おかしな声が出そうになった。
「……ぁあ」
「声我慢して……」
琉人は、悪っぽい笑顔を見せながら言った。
その顔を見るだけで、下半身が反応してしまう。
それを琉人は見逃さなかった。
再び、ゆっくりと指を這わす。
首筋から鎖骨にかけて、シルクのシーツの感触を確かめるように、何度も往復する。
だんだん、俺の下に向かって指が伸びていく。
俺は、今、琉人に支配されている。
俺は、されるがままだった。
琉人の指が腰のあたりに来た頃、俺の唇から琉人の唇が離れた。
すぐに寂しい気持ちが湧いてくる。
しかし、琉人の唇は、俺の首筋のあたりに着地して、強引に吸い付いた。
キューとか、チューとかいう音が廊下に響いている気がする。
「あぁぁ……琉人、だめだよ……」
「うるさい……もっと雄大が欲しいの……」
琉人に吸われた首筋が、少しヒリヒリする。
何なんだろうこれは。
琉人が小さく囁く。
「……雄大、好き」
「……俺も、好き」
その言葉は小さくて、でも確かだった。
遠くで足音がした瞬間、俺たちは同時に息を止めた。
見回りかもしれない。
誰かがトイレに起きただけかもしれない。
でも、スリルまで甘い。
琉人が俺の手を握ったまま、笑いそうな声で言う。
「……戻ろう」
「うん。ばれたら終わる」
俺たちはそっと廊下を戻る。
部屋の襖を開ける前、琉人が俺の耳元で、柔らかく囁いた。
「……また、明日も」
「……明日も、抜けるの?」
「……雄大が、来てくれるなら」
ずるい。
そんな言い方されたら、行くに決まってる。
俺は小さく頷いて、布団に戻った。
布団の中でスマホが震える。
【琉人】
おやすみ
今日、幸せだった
俺は胸がいっぱいになって、こっそり返信した。
【雄大】
おやすみ
俺も、幸せ
また明日ね
同じ部屋にいるのに、文字で言う“おやすみ”。
それが、甘酸っぱすぎて。
俺は目を閉じた。
心臓はまだうるさいまま。
でも今度は、ちゃんと眠れそうだった。
