「秘書に関わりがないから? 秘書の方もぜひって」
「会社の指示なら——」
「なんと、相手はLegacyだ!」
待ちきれないとでもいうように、わたしの言葉を遮った卓也の声。その単語が鼓膜を打った瞬間、指先が凍りついた。カタ、と乾いた音を立ててキーボードが沈黙する。
(嘘——)
脳裏に浮かぶ、龍介さんの笑顔。優斗くん、徹さん、畑中さん。運命の悪戯にしては、あまりにもタチが悪すぎる。 眩暈がして、わたしはデスクの端を強く握りしめた。
「ほらな! 驚いただろ? Legacyと飲めるなんてな。さすがに知ってるだろ? 柄が悪い感じがするから、綾乃は苦手かもしれないけど」
「レガ、シーの事務所と、一緒にということですか?」
「ディアブロのレガシーシリーズの新車CMにLegacyのメンバーと曲を起用することになったから。Legacyのメンバーも来るし、Legacyだけじゃなくて、事務所の他のアーティストとかタレントも来るって」
「わたしは……」
「芸能人と飲むなんて綾乃の人生にないだろ。そういうことだから、スケジュールよろしく」
「待っ」
言いかけて、唇をすぐに閉ざした。
その間に卓也は部屋を出て、足早にどこかへ行ってしまった。ここで行かないと言うには、あまりにも理由がプライベートすぎる。あくまでも仕事の会食であって、遊びではない。
ディアブロの秘書たちが参加する。先輩方が参加して、わたしが行かないわけにいかない。でも、龍介さんや優くん、徹さん、畑中さんもいて、そこに卓也とわたし。想像しただけで眩暈がする。
役員室を抜け出して、スマホのバックライトをつけて時間を確認する。龍介さんは二十一時まで音楽番組の生放送があると言っていた。今は二十一時半、そろそろ楽屋に戻っているころだろうか。
この後、二十二時から海外との電話会議に同席しなければならないから、龍介さんと話す時間は今しかない。意を決して、龍介さんの番号を表示させて、電話のマークを押した。
すぐに低く柔らかい声が耳に届く。わたしの心臓はその声にいつまで経っても慣れなてくれないみたいで、すぐに鼓動を速める。
「あ、あの……終わりました?」
「うん。今、帰りの車」
「え? もうですか?」
「終わってすぐ出てきたから」
相変わらずの早さに思わず笑いがこぼれてしまう。衣装のままでもすぐに退出する龍介さんは、業界じゃ有名らしい。
「ふふ。お疲れ様でした」
「うん、ありがとう」
「あの、龍介さん。今度、ディアブロとの食事会があるって聞いてます?」
「ああ、さっきなんとなく聞いた。CMに優斗が出るみたいで。あとは俺たちの曲を使ってもらえるんだ」
「龍介さんは、行きますか?」
「んん……どうかな。なんで?」
「あの、秘書も出ることになったみたいで。わたし、行かなきゃいけないんです。担当の役員も出るから」
「……そっか。そうすると」
彼の声の温度が、すっと下がるのが分かる。 怒っているんじゃない。心配しているのだ。わたしが傷つかないかを。その沈黙が、会いたいという気持ちと、会うことへの恐怖を同時に掻き立てる。
「あ、いいや。うん。俺はまだスケジュールがどうなるかわからないから」
「そう、ですよね。もし一緒だったらと思って」
落胆と安堵が胸の中に渦巻いて、よくわからない短い息を吐く。龍介さんには会いたいけれど、その場では会いたくない。
声が聞こえなくなったスマホを見つめて、もう一度、今度は深く息をはいた。
「会社の指示なら——」
「なんと、相手はLegacyだ!」
待ちきれないとでもいうように、わたしの言葉を遮った卓也の声。その単語が鼓膜を打った瞬間、指先が凍りついた。カタ、と乾いた音を立ててキーボードが沈黙する。
(嘘——)
脳裏に浮かぶ、龍介さんの笑顔。優斗くん、徹さん、畑中さん。運命の悪戯にしては、あまりにもタチが悪すぎる。 眩暈がして、わたしはデスクの端を強く握りしめた。
「ほらな! 驚いただろ? Legacyと飲めるなんてな。さすがに知ってるだろ? 柄が悪い感じがするから、綾乃は苦手かもしれないけど」
「レガ、シーの事務所と、一緒にということですか?」
「ディアブロのレガシーシリーズの新車CMにLegacyのメンバーと曲を起用することになったから。Legacyのメンバーも来るし、Legacyだけじゃなくて、事務所の他のアーティストとかタレントも来るって」
「わたしは……」
「芸能人と飲むなんて綾乃の人生にないだろ。そういうことだから、スケジュールよろしく」
「待っ」
言いかけて、唇をすぐに閉ざした。
その間に卓也は部屋を出て、足早にどこかへ行ってしまった。ここで行かないと言うには、あまりにも理由がプライベートすぎる。あくまでも仕事の会食であって、遊びではない。
ディアブロの秘書たちが参加する。先輩方が参加して、わたしが行かないわけにいかない。でも、龍介さんや優くん、徹さん、畑中さんもいて、そこに卓也とわたし。想像しただけで眩暈がする。
役員室を抜け出して、スマホのバックライトをつけて時間を確認する。龍介さんは二十一時まで音楽番組の生放送があると言っていた。今は二十一時半、そろそろ楽屋に戻っているころだろうか。
この後、二十二時から海外との電話会議に同席しなければならないから、龍介さんと話す時間は今しかない。意を決して、龍介さんの番号を表示させて、電話のマークを押した。
すぐに低く柔らかい声が耳に届く。わたしの心臓はその声にいつまで経っても慣れなてくれないみたいで、すぐに鼓動を速める。
「あ、あの……終わりました?」
「うん。今、帰りの車」
「え? もうですか?」
「終わってすぐ出てきたから」
相変わらずの早さに思わず笑いがこぼれてしまう。衣装のままでもすぐに退出する龍介さんは、業界じゃ有名らしい。
「ふふ。お疲れ様でした」
「うん、ありがとう」
「あの、龍介さん。今度、ディアブロとの食事会があるって聞いてます?」
「ああ、さっきなんとなく聞いた。CMに優斗が出るみたいで。あとは俺たちの曲を使ってもらえるんだ」
「龍介さんは、行きますか?」
「んん……どうかな。なんで?」
「あの、秘書も出ることになったみたいで。わたし、行かなきゃいけないんです。担当の役員も出るから」
「……そっか。そうすると」
彼の声の温度が、すっと下がるのが分かる。 怒っているんじゃない。心配しているのだ。わたしが傷つかないかを。その沈黙が、会いたいという気持ちと、会うことへの恐怖を同時に掻き立てる。
「あ、いいや。うん。俺はまだスケジュールがどうなるかわからないから」
「そう、ですよね。もし一緒だったらと思って」
落胆と安堵が胸の中に渦巻いて、よくわからない短い息を吐く。龍介さんには会いたいけれど、その場では会いたくない。
声が聞こえなくなったスマホを見つめて、もう一度、今度は深く息をはいた。


