「……なにそれ。男?」
「そうよ。その人が助けてくれたの。オーナーからも守ってくれた」
わたしの答えを聞いて、卓也が吐き捨てるように「はっ」と短く息を零すと、すぐに嘲笑うかのように笑い出す。その笑いは、冷たく、耳障りなものだった。
「なんだ、その男とそういう関係になったってことね。結局……綾乃もそうか。そういう女なんだな。オーナーはダメで、そいつは良かったの? そいつの方が金持ってたとか?」
「やめて。そういう風に言わないで。彼は」
「お前の顔と体に惹かれたんだろ。いつもと一緒だって。やりたかっただけでしょ。助けるなんて、口実だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中で何かがプツンと切れる。怒りで視界が真っ赤になるかと思ったけれど、逆に、頭の中は氷のように冷え切っている。
「そういう人じゃないわ。でも、あなたにわかってほしいとも思わない」
彼の優しさも、涙も、温もりも。何一つ、汚させない。
「なに、恋とかしちゃってんの? 海外で出会った奴と盛り上がって日本で続くと思ってる? マジックだって。旅先での高揚感で、一時的に気が大きくなってるだけだ。そんなに純粋だったっけ? お前は、もっと現実を知っているはずだろ」
「わたしは、ただ——」
言葉に詰まり、視線が揺らぐ。それを見たのか、卓也は薄く笑った。
「ああ、でも純粋だったね、綾乃は。お人好しで疑うことを知らなくて。だから時々無性に汚したくなるんだよ。もう少し大人になったほうがいいんじゃない? 綺麗事だけじゃ、この世界は生きていけないんだよ」
なにもかもをわかっているような、この世の真理を悟ったような顔で、卓也は言い聞かせるように、諭すように眉根を寄せて告げる。わたしは、その瞳を強く見つめ返した。
「傷つくのは綾乃だよ。続かないって、絶対」
畳みかけるような卓也の言葉は、確信に満ちていて、まるで未来を予言するかのように響く。
「やめて」
反射的に、言葉を遮るように声を上げていた。その口から出てくる否定的な言葉の一つ一つが、わたしの心臓を鷲掴みにするように痛い。
「そいつなんの仕事してんの? ビジネスに乗ってたってことは、それなりの仕事でしょ? だったら綾乃には無理だよ。だって——」
「放っておいて」
感情を抑えきれずに卓也の言葉を遮るように、強くそう告げたはずなのに、嘲笑うかのような視線が変わらない。
「……綾乃、俺は忠告したよ? 傷つくのはお前。早めに夢から覚めろよ。まあ、いいや。二か月はよろしくね。秘書として。二か月の間にちゃんと夢から覚めておけよ」
もう一度、「放っておいて」と口にすると、目の前の男からは、再び乾いた、感情のない笑いを浴びせられた。その笑いは、わたしの抵抗を無意味なものだと笑っているようだった。
彼の高笑いが室内に響く。わたしは拳の力をふっと抜いた。
「……仕事、始めますね」
わたしは笑い声を背中に受け流し、静かに踵《きびす》を返した。卓也が何を言おうと、わたしの心にある光は消せない。 あのハワイの夕陽も、彼の歌声も、全部。
「そうよ。その人が助けてくれたの。オーナーからも守ってくれた」
わたしの答えを聞いて、卓也が吐き捨てるように「はっ」と短く息を零すと、すぐに嘲笑うかのように笑い出す。その笑いは、冷たく、耳障りなものだった。
「なんだ、その男とそういう関係になったってことね。結局……綾乃もそうか。そういう女なんだな。オーナーはダメで、そいつは良かったの? そいつの方が金持ってたとか?」
「やめて。そういう風に言わないで。彼は」
「お前の顔と体に惹かれたんだろ。いつもと一緒だって。やりたかっただけでしょ。助けるなんて、口実だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中で何かがプツンと切れる。怒りで視界が真っ赤になるかと思ったけれど、逆に、頭の中は氷のように冷え切っている。
「そういう人じゃないわ。でも、あなたにわかってほしいとも思わない」
彼の優しさも、涙も、温もりも。何一つ、汚させない。
「なに、恋とかしちゃってんの? 海外で出会った奴と盛り上がって日本で続くと思ってる? マジックだって。旅先での高揚感で、一時的に気が大きくなってるだけだ。そんなに純粋だったっけ? お前は、もっと現実を知っているはずだろ」
「わたしは、ただ——」
言葉に詰まり、視線が揺らぐ。それを見たのか、卓也は薄く笑った。
「ああ、でも純粋だったね、綾乃は。お人好しで疑うことを知らなくて。だから時々無性に汚したくなるんだよ。もう少し大人になったほうがいいんじゃない? 綺麗事だけじゃ、この世界は生きていけないんだよ」
なにもかもをわかっているような、この世の真理を悟ったような顔で、卓也は言い聞かせるように、諭すように眉根を寄せて告げる。わたしは、その瞳を強く見つめ返した。
「傷つくのは綾乃だよ。続かないって、絶対」
畳みかけるような卓也の言葉は、確信に満ちていて、まるで未来を予言するかのように響く。
「やめて」
反射的に、言葉を遮るように声を上げていた。その口から出てくる否定的な言葉の一つ一つが、わたしの心臓を鷲掴みにするように痛い。
「そいつなんの仕事してんの? ビジネスに乗ってたってことは、それなりの仕事でしょ? だったら綾乃には無理だよ。だって——」
「放っておいて」
感情を抑えきれずに卓也の言葉を遮るように、強くそう告げたはずなのに、嘲笑うかのような視線が変わらない。
「……綾乃、俺は忠告したよ? 傷つくのはお前。早めに夢から覚めろよ。まあ、いいや。二か月はよろしくね。秘書として。二か月の間にちゃんと夢から覚めておけよ」
もう一度、「放っておいて」と口にすると、目の前の男からは、再び乾いた、感情のない笑いを浴びせられた。その笑いは、わたしの抵抗を無意味なものだと笑っているようだった。
彼の高笑いが室内に響く。わたしは拳の力をふっと抜いた。
「……仕事、始めますね」
わたしは笑い声を背中に受け流し、静かに踵《きびす》を返した。卓也が何を言おうと、わたしの心にある光は消せない。 あのハワイの夕陽も、彼の歌声も、全部。


