◇
大きな花束を差し出す栞ちゃんの瞳は、真っ赤に腫れて、今にも溢れ出しそうな涙がゆらゆらと光る。何か言葉をかけなくちゃと思うのに、吐き出す息が音にならず、ただ唇が震える。あれだけ時間をかけて綺麗に整えたマスカラも、アイラインも、もうきっとその形を成していない。
わたしたちは、お互いの顔を見て、泣きながら笑い出した。こんなにぐしゃぐしゃになった顔を見せるのも、もう最後かもしれない。
「綾乃さん……」
ずっしりと重い花束を受け取ると、声を振り絞るように、栞ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
「……栞ちゃん、今までありがとう」
「ありがとうございました。これから頑張っていきます」
「これからは、栞ちゃんが秘書課責任者だよ。でも、辛い時、苦しい時は、周りを頼ることも大切。頼るところはきちんと頼ってね」
「はい」
「栞ちゃんに、人に頼ることの大切さを教えてもらったのは、わたしの方かもしれないね。これからは先輩と後輩じゃなくて、友達としてよろしくね」
彼女の頭を撫でると、さらりとした髪の感触手に伝わる。きっとこれからも会うはずなのに、大袈裟だなと思うのに、涙はどうしても止まってはくれない。
後輩一人ひとりと挨拶を交わしたわたしは、社長車の見送りのために、黒塗りの車の傍に立った。最後の仕事として。身に纏ったタイトスカートとジャケットの感触が、いつもの日常と、もうすぐ終わる非日常の境界線を教えてくれるようだった。
「社長、ありがとうございました」
深く頭を下げれば、涙が頬を伝うことなく落ちて、アスファルトに吸い込まれていく。
この数年間、鳥飼社長のそばで多くを学んだ。仕事の厳しさも、喜びも、一人の人間としての温かさも。
「松嶋さんも、今まで本当にありがとう」
後部座席の窓が下がり、社長の穏やかな笑顔が見えた。優しい声が、胸の奥をきゅうと締め付けていく。
隣では、奥様の小百合さんが優しく微笑んでいる。
「綾乃ちゃん、お疲れ様。また一緒にお料理しましょうね」
「はい。またお邪魔させてください」
「……じゃあ、みんなもお疲れ様。ありがとう」
社長の言葉を合図に、黒塗りの高級車はゆっくりと発進する。エンジンの振動が足元から伝わり、ゆっくりと遠ざかっていく。わたしは、いつものように静かに頭を下げた。
ゆっくりと頭を上げると、もう社長車は見えなくなっていた。街の喧騒の中に、その黒い塊はあっという間に溶け込んでしまったのだ。ざらついたアスファルトの上で、ヒールが立てる微かな音だけが耳に残る。
これで、本当に終わった。鳥飼社長の秘書としての、わたしの仕事が。
大きな花束を差し出す栞ちゃんの瞳は、真っ赤に腫れて、今にも溢れ出しそうな涙がゆらゆらと光る。何か言葉をかけなくちゃと思うのに、吐き出す息が音にならず、ただ唇が震える。あれだけ時間をかけて綺麗に整えたマスカラも、アイラインも、もうきっとその形を成していない。
わたしたちは、お互いの顔を見て、泣きながら笑い出した。こんなにぐしゃぐしゃになった顔を見せるのも、もう最後かもしれない。
「綾乃さん……」
ずっしりと重い花束を受け取ると、声を振り絞るように、栞ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
「……栞ちゃん、今までありがとう」
「ありがとうございました。これから頑張っていきます」
「これからは、栞ちゃんが秘書課責任者だよ。でも、辛い時、苦しい時は、周りを頼ることも大切。頼るところはきちんと頼ってね」
「はい」
「栞ちゃんに、人に頼ることの大切さを教えてもらったのは、わたしの方かもしれないね。これからは先輩と後輩じゃなくて、友達としてよろしくね」
彼女の頭を撫でると、さらりとした髪の感触手に伝わる。きっとこれからも会うはずなのに、大袈裟だなと思うのに、涙はどうしても止まってはくれない。
後輩一人ひとりと挨拶を交わしたわたしは、社長車の見送りのために、黒塗りの車の傍に立った。最後の仕事として。身に纏ったタイトスカートとジャケットの感触が、いつもの日常と、もうすぐ終わる非日常の境界線を教えてくれるようだった。
「社長、ありがとうございました」
深く頭を下げれば、涙が頬を伝うことなく落ちて、アスファルトに吸い込まれていく。
この数年間、鳥飼社長のそばで多くを学んだ。仕事の厳しさも、喜びも、一人の人間としての温かさも。
「松嶋さんも、今まで本当にありがとう」
後部座席の窓が下がり、社長の穏やかな笑顔が見えた。優しい声が、胸の奥をきゅうと締め付けていく。
隣では、奥様の小百合さんが優しく微笑んでいる。
「綾乃ちゃん、お疲れ様。また一緒にお料理しましょうね」
「はい。またお邪魔させてください」
「……じゃあ、みんなもお疲れ様。ありがとう」
社長の言葉を合図に、黒塗りの高級車はゆっくりと発進する。エンジンの振動が足元から伝わり、ゆっくりと遠ざかっていく。わたしは、いつものように静かに頭を下げた。
ゆっくりと頭を上げると、もう社長車は見えなくなっていた。街の喧騒の中に、その黒い塊はあっという間に溶け込んでしまったのだ。ざらついたアスファルトの上で、ヒールが立てる微かな音だけが耳に残る。
これで、本当に終わった。鳥飼社長の秘書としての、わたしの仕事が。


