◇◇◇
時差ボケが今、わたしを襲っているのは間違いない。頭が復活しないままのパーティーは、中々しんどいものらしい。
一時間ほど前に泣いてしまったこともあり、目が熱を持っている。今にも落ちそうな|瞼《
まぶた》と必死に戦う社長とわたしの送別会は、わたしがこの会社で担当する最後のパーティー。
わたしの隣では、鳥飼社長が優しく微笑みながらグラスを傾けている。今は肩の荷が少し降りたのか、いつもよりもさらに穏やかに微笑んでいる。その隣には奥さまの小百合さんがいて、同じように柔らかい微笑みを湛えている。
「綾乃ちゃんも、お疲れ様」
「ありがとうございます」
小百合さんが掲げたグラスに合わせるようにグラスを掲げて、その中に入っている泡が立ち上る黄金色の液体をのどに流し込む。これ以上飲んだら眠気が更に強まるのは確実だろうに、やめられない、止まらない黄金色の炭酸。
「松嶋さんは、次の仕事を決めてあるの?」
ふわふわする頭は、その社長の問いかけをゆっくり理解する。
「はい。とりあえず、二か月は同じ秘書の仕事をしようと思っています」
そう口にしながら、腹の底に力が入る。次に向かう場所は、ここのような温かい場所ではない。過去の清算。卓也との決着。龍介さんとの未来を掴むために、あそこへ行くのだ。感傷に浸っている暇はない。
「その後はまた、秘書の仕事をするか、別の仕事をするかは決めてないんです」
「僕が他の会社の役員を紹介してもいいんだよ。松嶋さんなら欲しいと言う人がたくさんいるよ」
「社長、ありがとうございます。でも、まずは自分で探してみようと思っています」
酔っ払いの割りに、いやたぶん酔っ払いだからこそ、なんだか真面目に答えてしまった。「自分で……」という声が自分で思っていたよりも力強くて、少し恥ずかしい。でも、社長は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……そうか。松嶋さんは変わったね。面接を受けに来た頃とは大違いだ。素敵な女性になったね」
「ふふ。ありがとうございます」
社長からの褒め言葉が照れくさくて、笑って誤魔化したのに、小百合さんが「本当、また綺麗になったみたい」なんて追い打ちをかける。もうなにも返せなくて、ただ笑ったら、「あら、なにかあるわ」って小百合さんが社長に耳打ちをしている。
「あなた、ちょっと」と言いながら、社長と席を交換した小百合さんが楽しげな笑顔をこちらに向けた。
「綾乃ちゃん、ハワイはどうだったの? 素敵な写真が送られてきたけど」
小百合さんは、高級なレザーソファに座って身を乗り出した。
色々な言葉が頭に浮かんだけれど、正直な気持ちを込めて単純な言葉を選んだ。
「はい。とても……とても楽しかったです」
テーブルの上の、グラスの中で微かな泡が登っていく様を見つめながら答える。声がわずかに上擦ったのは、まだハワイでの出来事が夢と現実の境目を漂っているからかもしれない。
「そう」
「ハワイがあんなに綺麗だなんて知りませんでした。まるで夢みたいな毎日で」
青い空、白い砂浜、透き通った海。そして何よりも、龍介さんたちと過ごした日々。それは、灰色だった卓也との日々を、色鮮やかに塗り替えた別世界だった。
時差ボケが今、わたしを襲っているのは間違いない。頭が復活しないままのパーティーは、中々しんどいものらしい。
一時間ほど前に泣いてしまったこともあり、目が熱を持っている。今にも落ちそうな|瞼《
まぶた》と必死に戦う社長とわたしの送別会は、わたしがこの会社で担当する最後のパーティー。
わたしの隣では、鳥飼社長が優しく微笑みながらグラスを傾けている。今は肩の荷が少し降りたのか、いつもよりもさらに穏やかに微笑んでいる。その隣には奥さまの小百合さんがいて、同じように柔らかい微笑みを湛えている。
「綾乃ちゃんも、お疲れ様」
「ありがとうございます」
小百合さんが掲げたグラスに合わせるようにグラスを掲げて、その中に入っている泡が立ち上る黄金色の液体をのどに流し込む。これ以上飲んだら眠気が更に強まるのは確実だろうに、やめられない、止まらない黄金色の炭酸。
「松嶋さんは、次の仕事を決めてあるの?」
ふわふわする頭は、その社長の問いかけをゆっくり理解する。
「はい。とりあえず、二か月は同じ秘書の仕事をしようと思っています」
そう口にしながら、腹の底に力が入る。次に向かう場所は、ここのような温かい場所ではない。過去の清算。卓也との決着。龍介さんとの未来を掴むために、あそこへ行くのだ。感傷に浸っている暇はない。
「その後はまた、秘書の仕事をするか、別の仕事をするかは決めてないんです」
「僕が他の会社の役員を紹介してもいいんだよ。松嶋さんなら欲しいと言う人がたくさんいるよ」
「社長、ありがとうございます。でも、まずは自分で探してみようと思っています」
酔っ払いの割りに、いやたぶん酔っ払いだからこそ、なんだか真面目に答えてしまった。「自分で……」という声が自分で思っていたよりも力強くて、少し恥ずかしい。でも、社長は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……そうか。松嶋さんは変わったね。面接を受けに来た頃とは大違いだ。素敵な女性になったね」
「ふふ。ありがとうございます」
社長からの褒め言葉が照れくさくて、笑って誤魔化したのに、小百合さんが「本当、また綺麗になったみたい」なんて追い打ちをかける。もうなにも返せなくて、ただ笑ったら、「あら、なにかあるわ」って小百合さんが社長に耳打ちをしている。
「あなた、ちょっと」と言いながら、社長と席を交換した小百合さんが楽しげな笑顔をこちらに向けた。
「綾乃ちゃん、ハワイはどうだったの? 素敵な写真が送られてきたけど」
小百合さんは、高級なレザーソファに座って身を乗り出した。
色々な言葉が頭に浮かんだけれど、正直な気持ちを込めて単純な言葉を選んだ。
「はい。とても……とても楽しかったです」
テーブルの上の、グラスの中で微かな泡が登っていく様を見つめながら答える。声がわずかに上擦ったのは、まだハワイでの出来事が夢と現実の境目を漂っているからかもしれない。
「そう」
「ハワイがあんなに綺麗だなんて知りませんでした。まるで夢みたいな毎日で」
青い空、白い砂浜、透き通った海。そして何よりも、龍介さんたちと過ごした日々。それは、灰色だった卓也との日々を、色鮮やかに塗り替えた別世界だった。


