シンデレラ・スキャンダル

 挨拶なんて慣れているはずなのに、少しだけ震えそうな自分がいる。龍介さんに差し出された手をとって彼の傍に寄り添うように立ち、向けられたその顔に視線を投げようとした、その時——。

「え……」

 わたしは目を見開いた。そこに、見覚えのある顔が目の前に並んでいたから。

 嘘。どうして、彼らが。どうして、あの彼がここにいるの。

 何度も何度も栞ちゃんに見せられた画像。いつの間にか覚えてしまったその顔。だって、彼らは——。

「さっきも話したけど、この子が綾乃」

「どうも、(とおる)です」

「初めまして。優斗です」

 その名前と、白い肌、特徴的な甘い目元。脳裏で、栞ちゃんの声が弾けた。

 ——『YUTOは中身も完璧なんです!』

 心臓が、早鐘を打つ。視線が泳ぐ。隣に立つ、金髪の彼。サングラス、タトゥー、鍛え抜かれた体、そしてあの圧倒的な歌声。

 ——『Legacyのボーカルが体調不良……』

 嘘。嘘だ。バラバラだったピースが、暴力的なまでの勢いで一つの絵を結んでいく。呼吸が止まる。膝が震える。わたしは、とんでもない「勘違い」をしていた。

「……龍介、さん……Legacyの、RYU……?」

 頭の中がただ真っ白になっていく。わたしの目の前に立つ彼らは紛れもなく、あの『Legacy』。

「リュウくん、言ってなかったの? 綾乃ちゃん大丈夫?」

「あ、はじめまして……あの」

 挨拶をしないといけないのに、喉が張り付いて、これ以上の声が出てこない。 頷くことさえもできず、少しずつ周りの声が遠くなる。波の音だけがやけに大きい。

「綾乃?」

 わたしの肩に触れる龍介さんの手は今までと変わらず優しくて、見上げれば、そこにはやっぱり彼の優しい瞳があった。

「綾乃、ちょっと」

 そう言ってわたしの肩を抱いたまま、部屋の中に促す。促されるまま、部屋の中を進んで龍介さんの部屋に戻った。彼がわたしと目線を合わせるように屈んで、顔を覗き込む。

「ごめん。言わなくて」

「……わたし、全然。だって……でも、髪型もサングラスも」

 頭がついて行かない。彼はLegacyで、そのボーカルで、普通の芸能人ではない。テレビを見ないわたしでさえ、彼らがどんな存在かぐらいは知っている。

 年末の歌番組では賞を総なめにして、販売数も年間トップを誇るほど。しかもLegacyのRYUは、そのグループでずっとグループの顔を担ってきた人。目の前にその人がいる。

「……驚かせたかもしれないけど。本当にごめん。でも、俺は、このままだよ。何も変わらないから」

「……は、い」

 必死にそう告げる彼の瞳は、昨日までと同じ、優しい色をしている。でも、わたしの体はもう、昨日までのようには熱を帯びない。サーッ、と音を立てて血の気が引いていくのが分かる。

 目の前にいるのに、彼は遠い。煌びやかなステージの照明と、何万という歓声の向こう側にいる人。さっきまであんなに温かかった彼の体温が、急に嘘みたいに感じられた。

(——ああ、魔法がとけたんだ)

 わたしは十二月で二十八歳になる。シンデレラを夢見るには、わたしはもう大人になりすぎていた。大切な人の温もりは、いつか去っていく。それは間違いないのかもしれないと考え始める頭を止められない。今回はそれが少し早いだけだと。