シンデレラ・スキャンダル



 目覚めれば、彼の肌が目の前にあった。ぼうっとしたまま頭を預けると、規則的な鼓動が聞こえてくる。心地よさに戸惑いながらも目を閉じて彼の鼓動に耳を澄ませてみれば、彼の心臓の音と自分の心臓の音が重なるように響いた。

 その音を聞いていると、再び眠りに落ちそうになる程に落ち着くのに体はまた熱を帯びていく。「もっと、もっと」とでも言いたげに、彼に触れる指が勝手に動いて彼の肌を辿り背中に行き着けば、今度は腕全体に力がこもる。

 どんな風に触れても、どんな体勢であっても、しっくりと体が馴染んでしまう。こんな感覚は初めて。少し踏み外せば、どこまでも落ちていってしまいそう。この年齢にもなって、こんなことになってしまうなんて思わなかった。

「綾乃ちゃん?」

 低く柔らかい声がわたしの意識を引き戻す。

「なにしてるの?」

「……なにも」

 彼の温もりに微睡んでいたなんて、そんなことは言えない。それ以上答えられないまま、指先で黒いインクの跡をなぞる。腕、肩、背中、胸といくつも刻まれているタトゥーと、硬い筋肉、そして滑らかな肌。その身体が、優しく、壊れ物を扱うかのように丁寧にわたしを抱く。

「……まだ、足りない?」

 耳元で囁く声は、歌うときのように低く、甘い。そして、悪戯っぽく笑って、彼は首筋に唇を這わせる。

「もっとしようか」

 低い声が鼓膜を震わせ、背筋に甘い痺れが走る。穏やかな彼の、熱くて、少し強引な愛し方に、頭の中がとろけてしまいそう。

「……っ、龍介さん」

 呼ぶ名前さえ、吐息に混じって震えてしまう。ゆっくりと体を起こして、わたしを見下ろすと、戸惑うわたしの唇を塞ぐように優しいキスを落とした。

「……龍介さんの体、すごいですね。こんな筋肉、今まで見たことない」

「鍛えてるからね」

「鍛えてるからってこうなります? お腹、割れてる」

「あの懸垂すればなる」

「あの懸垂はできないです……」

「綾乃ちゃんはぶら下がってるだけだもんね」

「あ! ひどい」

 素肌で触れ合う心地よさ。比べることもできない程、もう今までを思い出せない程、瞬く間に彼の体温に全てが塗り替えられていく。

 優しく触れる柔らかい唇も、わたしの頭を包むように触れる温かい手も、重なる熱い胸も。全てが彼だけに染まる。

 もう二度と、恋なんてしないと思っていた。なのに、彼の腕の中にいると、ブレーキが効かない。底なしの沼に引きずり込まれるような、甘いめまい。怖い。でも、止まりたくない。わたしは思考を手放し、彼という熱の渦へ、真っ逆さまに落ちていく。