シンデレラ・スキャンダル

「……ハワイって、本当にすごいですね。こんなにも心が満たされていくのは初めての経験です」

 彼は静かに微笑み、深く息を吸い込む。

「俺も初めてここに来たときに、綾乃ちゃんと全く同じこと思った。自分の心が空っぽになったようで、同時に満ち足りていく。なんて不思議な感覚なんだろうって」

「はい……でも、わたし一人だったら、こんな風には過ごせなかったと思います」

「楽しい?」

 波の音にも負けないぐらい穏やかに響く声に、微笑んで頷いてみせる。「毎日が夢のようです」と言うと、彼は優しく笑った。

「龍介さんに出会わなかったら、こんなに素敵な日々にならなかったです」

「俺だってそうだよ。こんな風に一緒に海を見ることになるなんて思わなかった」

「本当ですね」

「一緒の飛行機で、席が隣になって、スーパーでまた会って、今、こうして一緒に過ごしてる。すごいよね」

「初めて見たとき、龍介さんのこと絶対に怖い人だと思ったのに」

 彼は笑って、視線を海に移した。

 思い返せば、飛行機での彼の第一印象は最悪だった。近寄りがたい外見が周囲を威圧していたから。まさか、その数日後に、こんな風に過ごすことになるなんて。

 もう怖いところなんて一つもない。彼の大きな優しさに触れたから。その温かさに包まれたから。出会ってからずっと、わたしは彼の優しさに守られている。

 初めて顔を合わせたのは、五日前の飛行機の中。たった五日——。たった五日しか経っていないなんて嘘みたいだ。だって、わたしの心臓は彼を見つめるだけで騒ぎ出す。

「龍介さんに会えて、本当に良かったです。こんなに幸せな時間は初めてで」

「俺もあの時、綾乃ちゃんを見つけて良かった。綾乃ちゃんがいるから今までとは違う。こんなに……」

 途切れた言葉の先を聞きたくて、龍介さんの顔を見る。瞳が月の明かりを反射して揺らめいている。潮風がわたしたちの間を通り過ぎ、髪を揺らしていく。

 ラグの上に置いたわたしの手に、彼の大きな手がゆっくりと重なる。ごつごつとした手のひらから伝わる体温が、わたしの指先からじんわりと体全体に広がっていく。そちらに意識を奪われた瞬間、もう一つの手が、そっとわたしの頬を包み込んだ。指の腹で優しく撫でるような仕草に、全身の力が抜けていく。

「……綾乃ちゃん」

 囁くような声。微かな月明かりの下、彼の視線がわたしの目から、ゆっくりと唇へと滑り落ちる。その視線だけで、唇が熱を持つ。

 唇をなぞる親指のざらりとした感触に、わたしは吸い込まれるように、ゆっくりと瞼を閉じた。 潮騒の音が遠のき、代わりに彼の甘い吐息が近づいてくる。そして——唇に、柔らかくて熱いものが触れた。

 優しく柔らかい口づけは、少しずつ深く重なり合っていく。息もままならない程に。喘ぐように息をして、また彼に塞がれて。二つの唇の隙間から、こぼれ落ちる吐息。わたしの身体に触れる龍介さんの手の熱。触れられたその場所から全身に熱が広がって、全てが彼に染まっていく。


 三年ぶりの恋はリハビリをする間もなく、転がるように落ちていく。きっとこの恋は刹那に瞬いて、すぐに散っていってしまうだろう。それでも止められない。もうどうしようもできない。

 重なり合う素肌の温かさも、覆いかぶさる身体の重さも、夢を見ているようで、幸せで苦しい。耳に届く息遣いと波の音に胸の高鳴りが増していく。わたしは(すが)るように、彼の背中に腕を回した。