シンデレラ・スキャンダル



 昼過ぎにふらりと外へ買い物にでかけ、夕陽が落ちかけた頃に戻ってくると、玄関先に立つわたしを出迎えたのは、家の中から微かに響くピアノの音だった。

 初めて聴くその曲は、まるで陽だまりのように柔らかく優しい音色で、どこか龍介さんの持つ、あの穏やかで強い輝きと同じように、キラキラと眩い光を放っている。そのメロディに誘われるように、チャイムを鳴らすのをためらっていると、曲はふっと終わりを迎えた。

 わたしがチャイムを鳴らすと、家の中から、いつも通りの穏やかな表情を浮かべた龍介さんが迎えに出てきてくれる。

「お帰り」

「ただいま戻りました。すみません、邪魔しちゃいましたよね」

 彼は少しきょとんとした表情を浮かべた後、すぐに破顔した。

「え? ああ、ピアノ聞こえてた? 気づかなかったよ」

「はい。初めて聴いたんですけど、素敵な曲ですね。なんていう曲ですか?」

 思わず、少し昂った気持ちのまま伝えると、龍介さんはわずかにてれたように視線を外し、何かを言い淀むような素振りを見せる。

「いや……あれはね」

 彼の背中についていくようにして、リビングに向かう。彼は、ピアノの椅子に腰掛けて、再び軽く鍵盤に触れてポロンと音を出す。

「実はね……曲を作ってたんだよね」

「曲を?」

 彼は鍵盤から手を離し、わたしの方を振り返って微笑んだ。頬をかくようにして、どこか言いにくそうに。

「昨日、話したけど、ずっと曲が作れなくて。でも、綾乃ちゃんと昨日、ここでピアノを弾いて……」

 彼は顔を上げ、真剣な眼差しをわたしに向ける。

「そしたら、メロディーが浮かんできたんだ」

 彼がはにかみながら教えてくれる言葉に、わたしの胸がとくんと小さな音をたてた。昨日の時間が、彼にとってそんなにも大きな意味を持っていたなんて。

「まだ完全じゃないし、完成形とは言えないんだけど……歌詞もまだだしね」

「作詞もされるんですか?」

「うん。自分の想いをダイレクトに表現したい曲の時は、自分で書くこともある。一曲で作曲と作詞の両方を担当することはあまりしないけど……この曲は、ちょっと特別にしたくて」

 彼はそう言って、もう一度、わたしの方をまっすぐ見た。

「……綾乃ちゃん、ちょっと聴いてくれる?」

「え、き、聴いていいんですか?」

 創作途中の大切なものを一番に聴かせてもらえるなんて、想像もしていなくて、思ったより上擦った声が喉から出てきた。

「もちろん。ちょっと行き詰まってさ。曲は結構できたんだけど、あとは歌詞がね」

「……嬉しい」