いつもなら、他の人なら、わたしは笑顔で話し出しているところだ。こんな人生だけど、別になんてことはない。結構色々あったんですと笑い話にしてしまえばいい。
でも、こちらに向けられた彼の瞳に視線を合わせれば、その真っ直ぐな眼差しにとらえられて、取り繕うための言葉は喉の奥で詰まって声にならない。息を吸って、大きく吐いて。そして龍介さんの顔を見て、大きく一度頷いた。
「龍介さんが歌ってくれた曲、兄がわたしに教えてくれた曲だったんです。わたしも兄もブラックアンドが大好きで」
「そうなの? 俺もすごい好きだった」
「……龍介さんの歌で、兄のことを思い出しました」
「……お兄さん、どうかしたの?」
鼻の奥が苦しくなる。喉が熱くなる。それを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……失踪、したんです。もう十年以上前ですね。わたしが高校一年生のときです」
「……そっか」
「お兄ちゃんのことは、もう大丈夫だと思っていたんですけど」
自分の中の想いが龍介さんの前では溢れ出す。
「……わたし、ずっと待ってたんです」
彼の真っ直ぐな瞳から、視線を落とす。
「お兄ちゃんが……いなくなった日も、その次の日も。ずっと、検見川の浜で……」
言葉が、途切れる。
「……『やっぱりここにいた』って。『ほら帰ろう』って。いつも迎えに来てくれたから。今回もまた迎えに来てくれるんじゃないかって……でも、来なかった……っ」
「……うん」
「何年経っても……わたしだけ、ずっと、あの日から……」
もう、声にならなかった。
「いつか……いつか帰ってきてくれるって思っていたんです。ずっと」
母が亡くなり、兄がいなくなり、父もこの世を去っていった。そのとき初めて孤独という言葉の意味を知った。独りで生きて、歩いていく。一人は嫌いじゃないけれど、一人でいることと独りになってしまうことは違った。
そして、俯きそうになった時、頭に温かさを感じて、ふと彼の方を見上げる。すると、わたしの頭を撫でながら、彼が泣いていた。彼の瞳から、わたしと同じように涙が溢れ出していく。同じように泣いているくせに、わたしの瞳から溢れ出す涙をその手で優しく拭ってくれる。
「辛かったね……辛かったよね……」
何度も頷いて涙を流す彼を見て、わたしの目には更に熱がこもっていく。
「一人でよく頑張ったね」
そう言って、彼は優しくその広い胸にわたしを引き寄せて包み込んだ。
龍介さんの香り。龍介さんの温もり。触れ合う龍介さんを感じると、嗚咽が零れて体が熱くなる。彼の熱が、じわりと伝わってくる。その温もりが、わたしがこの十数年、必死に凍らせてきた心の奥底を、容赦なく溶かし始める。
(ダメ。これ以上は、壊れてしまう)
そう本能が叫ぶのに、涙が止まらない。彼に触れていると、今まで必死で固めていた鎧が、音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。
涙は溢れていくのに、胸の痛みも苦しみも消えて、ただ温かい。龍介さんは本当に不思議な人。本当に優しくて、本当に温かい人。あまりにも温かいその胸は、溺れてしまいそうで少し怖くなる。だって、こんなに安心するのは初めて。
零れる涙はわたしの頬を伝うことなく、龍介さんのシャツに吸い込まれていく。
「龍介さん?」
「……うん」
聞こえてくる彼の声は、泣いている声で。「ごめん」となぜか謝る彼の声を聞いて、わたしは思わず笑ってしまう。
「謝るのはわたしです。こんな風に泣いて」
「今までずっと我慢してたってことだよ。よかった……聞けて」
抱きしめられたままだと、彼の声が身体の中で響く。
「龍介さんのことも泣かしちゃいましたね」と言えば、泣いているはずの二人の体が揺れる。
耳に彼の息がかかって少しくすぐったい。
「俺、すぐ泣いちゃうんだよね」
「優しいからですよ」
「優しすぎてダメって言われるけどね」
「こんな風に話したのは……こんなに素直に話せたのは、龍介さんが初めてです」
わたしを抱き締める腕の力が弱まるのを感じて、顔を上げる。黒目がちな目が潤んでいる。頬には涙が流れた跡。彼の真似をしてその頬に触れて涙の跡を拭うと、目の前の瞳が柔らかく細められた。
でも、こちらに向けられた彼の瞳に視線を合わせれば、その真っ直ぐな眼差しにとらえられて、取り繕うための言葉は喉の奥で詰まって声にならない。息を吸って、大きく吐いて。そして龍介さんの顔を見て、大きく一度頷いた。
「龍介さんが歌ってくれた曲、兄がわたしに教えてくれた曲だったんです。わたしも兄もブラックアンドが大好きで」
「そうなの? 俺もすごい好きだった」
「……龍介さんの歌で、兄のことを思い出しました」
「……お兄さん、どうかしたの?」
鼻の奥が苦しくなる。喉が熱くなる。それを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……失踪、したんです。もう十年以上前ですね。わたしが高校一年生のときです」
「……そっか」
「お兄ちゃんのことは、もう大丈夫だと思っていたんですけど」
自分の中の想いが龍介さんの前では溢れ出す。
「……わたし、ずっと待ってたんです」
彼の真っ直ぐな瞳から、視線を落とす。
「お兄ちゃんが……いなくなった日も、その次の日も。ずっと、検見川の浜で……」
言葉が、途切れる。
「……『やっぱりここにいた』って。『ほら帰ろう』って。いつも迎えに来てくれたから。今回もまた迎えに来てくれるんじゃないかって……でも、来なかった……っ」
「……うん」
「何年経っても……わたしだけ、ずっと、あの日から……」
もう、声にならなかった。
「いつか……いつか帰ってきてくれるって思っていたんです。ずっと」
母が亡くなり、兄がいなくなり、父もこの世を去っていった。そのとき初めて孤独という言葉の意味を知った。独りで生きて、歩いていく。一人は嫌いじゃないけれど、一人でいることと独りになってしまうことは違った。
そして、俯きそうになった時、頭に温かさを感じて、ふと彼の方を見上げる。すると、わたしの頭を撫でながら、彼が泣いていた。彼の瞳から、わたしと同じように涙が溢れ出していく。同じように泣いているくせに、わたしの瞳から溢れ出す涙をその手で優しく拭ってくれる。
「辛かったね……辛かったよね……」
何度も頷いて涙を流す彼を見て、わたしの目には更に熱がこもっていく。
「一人でよく頑張ったね」
そう言って、彼は優しくその広い胸にわたしを引き寄せて包み込んだ。
龍介さんの香り。龍介さんの温もり。触れ合う龍介さんを感じると、嗚咽が零れて体が熱くなる。彼の熱が、じわりと伝わってくる。その温もりが、わたしがこの十数年、必死に凍らせてきた心の奥底を、容赦なく溶かし始める。
(ダメ。これ以上は、壊れてしまう)
そう本能が叫ぶのに、涙が止まらない。彼に触れていると、今まで必死で固めていた鎧が、音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。
涙は溢れていくのに、胸の痛みも苦しみも消えて、ただ温かい。龍介さんは本当に不思議な人。本当に優しくて、本当に温かい人。あまりにも温かいその胸は、溺れてしまいそうで少し怖くなる。だって、こんなに安心するのは初めて。
零れる涙はわたしの頬を伝うことなく、龍介さんのシャツに吸い込まれていく。
「龍介さん?」
「……うん」
聞こえてくる彼の声は、泣いている声で。「ごめん」となぜか謝る彼の声を聞いて、わたしは思わず笑ってしまう。
「謝るのはわたしです。こんな風に泣いて」
「今までずっと我慢してたってことだよ。よかった……聞けて」
抱きしめられたままだと、彼の声が身体の中で響く。
「龍介さんのことも泣かしちゃいましたね」と言えば、泣いているはずの二人の体が揺れる。
耳に彼の息がかかって少しくすぐったい。
「俺、すぐ泣いちゃうんだよね」
「優しいからですよ」
「優しすぎてダメって言われるけどね」
「こんな風に話したのは……こんなに素直に話せたのは、龍介さんが初めてです」
わたしを抱き締める腕の力が弱まるのを感じて、顔を上げる。黒目がちな目が潤んでいる。頬には涙が流れた跡。彼の真似をしてその頬に触れて涙の跡を拭うと、目の前の瞳が柔らかく細められた。


