手紙に書いてあったのは、借金をしたこと、探さないでほしいこと、そして最後にわたしへの謝罪の言葉。「約束を守れなくてごめん」という言葉が何を指しているのかさえ、思い出すこともできない。それよりもお兄ちゃんがいない現実の方がずっと大きくて、苦しくて、重たい。
お兄ちゃんがいないことを信じられなくて、信じたくなくて、毎日のように検見川の浜に通った。きっといつか、お兄ちゃんが迎えに来てくれると思っていたから。「やっぱりここにいた」って。「綾乃、兄ちゃんと一緒に帰ろう」って。
来てくれない日なんてなかったから。
そう。なかったはずなのに、何ヶ月経っても、何年経っても、お兄ちゃんがわたしを迎えに来てくれることはなかった。小さな期待は少しずつ、本当に少しずつ削れて形が朧げになって、最後には消えるどころか、わたしの胸を抉っていった。
お父さんもお母さんも、そしてお兄ちゃんもわたしの元から去っていく。大切な人がいる毎日は、常に傍にあるものではない。優しい温もりはいつか消えてしまう。ただの日常になるはずだった、家を出て行くあの背中が、「行ってきます」と言ったお兄ちゃんの顔が忘れられない。
気が付けば、わたしの瞳からは涙が零れ落ちていた。お兄ちゃんが教えてくれた、ブラックアンドの歌が響いている。次から次へと溢れて、視界をぼやけさせる液体はとめどなく頬を伝っていく。
お兄ちゃんのことを誰かに話すときは、いつだって普通のことのように話してきた。「出て行っちゃたんだよね」と。「戻ってこないんだよね」と。
お父さんやお母さんの死だってそう。「大丈夫。わたしは平気。人は死ぬものだから」そう、普通のことのように話せば、笑って話していれば、なんてことはない。その感情がいつか本物になる。
わたしは、強い。わたしは、誰かがいなくても……ううん、誰もいなくても、生きていける。生きていけるはず。そう思っていたのに。そうして追いやったはずなのに——。
わたしは音を立てないように、その場から離れて外に出る。木々が並ぶ庭を通り過ぎ、砂浜を踏みしめて歩いていく。空を見上げれば、月と星たちが力強く光り輝いていた。光が滲んで更に煌めく。
砂浜に腰を下ろし、再び空を見上げた。そこには数え切れない程の星が存在し、一つ一つが強い輝きを放つ。東京では見られない星の瞬き。そして耳に届くのは、波と風の音だけ。目を閉じれば、残っていた涙が頬を伝っていく。
すると、遠くの方から砂を踏みしめる音が聞こえた。そちらに視線を向けると、黒いシルエットがこちらに向かってきている姿が見えた。顔が見えなくても、誰かわかる。やっぱり、優しすぎるんだと思う。放っておけばいいのに、知らないふりしていればいいのに、こうして来てくれる。
ほら——近くまで来たら、龍介さんの顔が見えた。
「何してるの? 夜は一人で出ると危ないよ」
その顔は、いつもの穏やかな彼とは違っていた。 眉間に深く皺が寄り、唇が固く結ばれている。まるで、彼自身が何か痛みをこらえているような……そんな表情に見えた。
「すみません。海の音が心地よくて」
「……そっか」
そう言って、龍介さんはわたしの隣に腰を下ろす。
「……泣いてる気がしたんだけど、俺の気のせい?」
「気のせいです、と言いたいところですけど、誤魔化せないくらい鼻声ですね」
自分の声に笑ってしまう。
「聞いても大丈夫?」
お兄ちゃんがいないことを信じられなくて、信じたくなくて、毎日のように検見川の浜に通った。きっといつか、お兄ちゃんが迎えに来てくれると思っていたから。「やっぱりここにいた」って。「綾乃、兄ちゃんと一緒に帰ろう」って。
来てくれない日なんてなかったから。
そう。なかったはずなのに、何ヶ月経っても、何年経っても、お兄ちゃんがわたしを迎えに来てくれることはなかった。小さな期待は少しずつ、本当に少しずつ削れて形が朧げになって、最後には消えるどころか、わたしの胸を抉っていった。
お父さんもお母さんも、そしてお兄ちゃんもわたしの元から去っていく。大切な人がいる毎日は、常に傍にあるものではない。優しい温もりはいつか消えてしまう。ただの日常になるはずだった、家を出て行くあの背中が、「行ってきます」と言ったお兄ちゃんの顔が忘れられない。
気が付けば、わたしの瞳からは涙が零れ落ちていた。お兄ちゃんが教えてくれた、ブラックアンドの歌が響いている。次から次へと溢れて、視界をぼやけさせる液体はとめどなく頬を伝っていく。
お兄ちゃんのことを誰かに話すときは、いつだって普通のことのように話してきた。「出て行っちゃたんだよね」と。「戻ってこないんだよね」と。
お父さんやお母さんの死だってそう。「大丈夫。わたしは平気。人は死ぬものだから」そう、普通のことのように話せば、笑って話していれば、なんてことはない。その感情がいつか本物になる。
わたしは、強い。わたしは、誰かがいなくても……ううん、誰もいなくても、生きていける。生きていけるはず。そう思っていたのに。そうして追いやったはずなのに——。
わたしは音を立てないように、その場から離れて外に出る。木々が並ぶ庭を通り過ぎ、砂浜を踏みしめて歩いていく。空を見上げれば、月と星たちが力強く光り輝いていた。光が滲んで更に煌めく。
砂浜に腰を下ろし、再び空を見上げた。そこには数え切れない程の星が存在し、一つ一つが強い輝きを放つ。東京では見られない星の瞬き。そして耳に届くのは、波と風の音だけ。目を閉じれば、残っていた涙が頬を伝っていく。
すると、遠くの方から砂を踏みしめる音が聞こえた。そちらに視線を向けると、黒いシルエットがこちらに向かってきている姿が見えた。顔が見えなくても、誰かわかる。やっぱり、優しすぎるんだと思う。放っておけばいいのに、知らないふりしていればいいのに、こうして来てくれる。
ほら——近くまで来たら、龍介さんの顔が見えた。
「何してるの? 夜は一人で出ると危ないよ」
その顔は、いつもの穏やかな彼とは違っていた。 眉間に深く皺が寄り、唇が固く結ばれている。まるで、彼自身が何か痛みをこらえているような……そんな表情に見えた。
「すみません。海の音が心地よくて」
「……そっか」
そう言って、龍介さんはわたしの隣に腰を下ろす。
「……泣いてる気がしたんだけど、俺の気のせい?」
「気のせいです、と言いたいところですけど、誤魔化せないくらい鼻声ですね」
自分の声に笑ってしまう。
「聞いても大丈夫?」


