「龍介さん、ピアノ弾くって言ってたけど、本当に上手なのね」
「リュウはギターもピアノも上手よ。アーティストなんだから」
「アーティスト?」
「歌がとっても上手いの」
「そうなの? アスリートかと思った」
「ええ? あんなアスリートいないわ」
「あ、リサ何気にひどーい」
ギターもピアノも弾ける、歌が上手いアーティスト。自分の記憶の中からいくつかアーティストを思い出し照らし合わせてみるけれど、どの人も当てはまらない。龍介さんのような綺麗な瞳をした人ならわたしはきっと忘れない。でも、もしかしたら曲を作る人かもしれないし、プロデュースする側かもしれない。
ただ、わたしは少し納得することができた。龍介さんの風貌はアーティストだと言われれば、頷ける。
(格闘家ではなかったのね)
アーティストだからという理由だけでは説明がつかないほどの、鍛え上げられた筋肉。海外の俳優やアスリートかと見紛うほどに隆々としている。日本ではここまで徹底して肉体を仕上げる人は稀だ。まるで呼吸をするように、鍛錬することが生活の一部として組み込まれているのかもしれない。
「龍介さんは、なんでもできるのね」
「カッコいいでしょ」
「そうね。リサは龍介さんのお嫁さんになりたかったんでしょ」
「ちっちゃいときはね」
「ふふ」
今も十分小さいのに、まるで自分があの頃よりもずっと大人になったと言いたげに唇を尖らせて話すリサ。その仕草が、無邪気さを物語っていて、微笑ましい。
「アヤノは? 結婚してる?」
「してないよ」
「好きな人はいるの?」
「……どう、かな」
どうということはない、リサの素朴な問いかけだったけれど、わたしはそれ以上答えることができずに、視線を正面に移す。そこには、ピアノに触れる彼の姿。長い指が鍵盤の上を滑るように動き、軽やかな音を奏でている。
目の前にいる彼と一緒に過ごせば過ごす程に、日常にはなかった色彩に満ちたその時間が、わたしの目を眩ませる。
わたしは自分自身を見失い始めているのかもしれない。このまま、彼の光に飲み込まれてしまってもいいと、心のどこかで願っている自分に気が付いて、わたしはそっと唇を結んだ。
ピアノの音がふと止んで、龍介さんと上原さんが目を合わせた。すると龍介さんが立ちあがり、代わりに別の男性がピアノの席に座る。龍介さんがどこへ行くのかと目で追うと、彼はマイクを手にして微笑んだ。
その場にいたみんなが自然とそこを囲むようにして集まっていく。みんなが集まったことを確認すると、三人は目を合わせて奏で始めた。
マイクを持った彼が、ふっと息を吸う。次の瞬間、部屋の空気が震えた。響き渡ったのは、今まで聞いたこともないような、甘く、力強く、そして少し掠れた歌声。
ビートルズの誰もが知る名曲。それなのに、まるで初めて聴く曲のように、その声が鼓膜を、心臓を直接揺さぶってくる。目を閉じて、微かに微笑みながら歌う彼の横顔は、さっきまではしゃいでいた姿とは別人で——。
胸が、苦しい。勝手に高鳴る鼓動を抑えようと、わたしは無意識に胸元の服を握りしめていた。
「リュウはギターもピアノも上手よ。アーティストなんだから」
「アーティスト?」
「歌がとっても上手いの」
「そうなの? アスリートかと思った」
「ええ? あんなアスリートいないわ」
「あ、リサ何気にひどーい」
ギターもピアノも弾ける、歌が上手いアーティスト。自分の記憶の中からいくつかアーティストを思い出し照らし合わせてみるけれど、どの人も当てはまらない。龍介さんのような綺麗な瞳をした人ならわたしはきっと忘れない。でも、もしかしたら曲を作る人かもしれないし、プロデュースする側かもしれない。
ただ、わたしは少し納得することができた。龍介さんの風貌はアーティストだと言われれば、頷ける。
(格闘家ではなかったのね)
アーティストだからという理由だけでは説明がつかないほどの、鍛え上げられた筋肉。海外の俳優やアスリートかと見紛うほどに隆々としている。日本ではここまで徹底して肉体を仕上げる人は稀だ。まるで呼吸をするように、鍛錬することが生活の一部として組み込まれているのかもしれない。
「龍介さんは、なんでもできるのね」
「カッコいいでしょ」
「そうね。リサは龍介さんのお嫁さんになりたかったんでしょ」
「ちっちゃいときはね」
「ふふ」
今も十分小さいのに、まるで自分があの頃よりもずっと大人になったと言いたげに唇を尖らせて話すリサ。その仕草が、無邪気さを物語っていて、微笑ましい。
「アヤノは? 結婚してる?」
「してないよ」
「好きな人はいるの?」
「……どう、かな」
どうということはない、リサの素朴な問いかけだったけれど、わたしはそれ以上答えることができずに、視線を正面に移す。そこには、ピアノに触れる彼の姿。長い指が鍵盤の上を滑るように動き、軽やかな音を奏でている。
目の前にいる彼と一緒に過ごせば過ごす程に、日常にはなかった色彩に満ちたその時間が、わたしの目を眩ませる。
わたしは自分自身を見失い始めているのかもしれない。このまま、彼の光に飲み込まれてしまってもいいと、心のどこかで願っている自分に気が付いて、わたしはそっと唇を結んだ。
ピアノの音がふと止んで、龍介さんと上原さんが目を合わせた。すると龍介さんが立ちあがり、代わりに別の男性がピアノの席に座る。龍介さんがどこへ行くのかと目で追うと、彼はマイクを手にして微笑んだ。
その場にいたみんなが自然とそこを囲むようにして集まっていく。みんなが集まったことを確認すると、三人は目を合わせて奏で始めた。
マイクを持った彼が、ふっと息を吸う。次の瞬間、部屋の空気が震えた。響き渡ったのは、今まで聞いたこともないような、甘く、力強く、そして少し掠れた歌声。
ビートルズの誰もが知る名曲。それなのに、まるで初めて聴く曲のように、その声が鼓膜を、心臓を直接揺さぶってくる。目を閉じて、微かに微笑みながら歌う彼の横顔は、さっきまではしゃいでいた姿とは別人で——。
胸が、苦しい。勝手に高鳴る鼓動を抑えようと、わたしは無意識に胸元の服を握りしめていた。


