龍介さんの手がわたしの頭を撫でて、そのまま髪を梳いて、ドレスの肩ひもに触れる。肩からそれを落とされて、慌ててその手を止める。
「りゅっ……」
笑っているかと思って見上げたのに、龍介さんの顔は真剣だった。彼の指先が、背中の開いた部分をツーっとなぞる。ビクリと体が震えた。
「……このドレス、似合ってるけど」
彼の目が、少しだけ暗く沈む。
「これは着てほしくない」
「龍介さん……」
「脱がしていい? 俺の服に着替えて」
「は、い……」
彼が持ってきてくれた大きめのシャツに着替えると、彼の顔に笑顔が戻った。
キッチンに向かった彼はお酒とグラスを両手に持ち、おいでと言ってソファに座る。その隣に落ち着かない心のまま座る。
氷が入ったグラスに琥珀色の液体を注ぎ、二人でそれを持ち上げ、グラス同士を合わせると高い音を響かせた。口に含み、飲み込めば喉の奥が熱くなる。龍介さんがグラスをテーブルに置くと、それを見つめたまま小さく息を吐いた。
「ごめん。ちょっと……妬いた。あの人、田辺さんだっけ? 綾乃の元カレでしょ」
「……はい」
時々、卓也はああして、わたしとの距離を強調するような物言いをする。呼び捨てにすることもそう。自分だけが分かっているというような言い方もそう。
「秘書ってさ、俺らで言うマネージャーみたいなものでしょ? 仕方ないってわかってるんだけど、綾乃があの人のこと構ってるっていうか、面倒見てる感じがすげえ嫌だった」
「構う?」
「ずっと一緒にいるんでしょ?」
「まあ、それなりには……」
「嫌だな」
「嫌なの?」
「嫌なの」
子供みたいに拗ねた口調で、唇を尖らせて目を伏せる。つい数時間前に見たミュージックビデオの中の彼とは別人。
鎧みたいな衣装を纏って、見たこともない強そうなサングラスをかけて、なにも怖いものなんてないというような表情で、疾走感のある男らしい曲を歌うRYUと、目の前にいる龍介さんが同一人物だとは思えない。
我慢しようとしたけれど、唇を押さえた指の隙間から笑う声が漏れてしまう。
「なに、笑ってんだよ」
「ヤキモチ焼きなんですね」
「……ツアー始まったら、本当にほとんど一緒にいられないし」
「ツアーが始まる前に、今のお仕事は終わりますよ?」
「……うん」
「だから拗ねないで」
黙ったまま、わたしに向けて手を差し出す。その右手の上に左手を重ねれば、いつもどおり優しく引き寄せられて、その広い胸の中に抱き締められる。
「綾乃といると、本当にいろんな感情がわいてくるよ」
「ん?」
「全てを許して、愛して優しさをもって生きようと思ってたんだけど、やっぱり人間だし、それだけじゃないね」
「それができたら、神様、仏様ですよ」
龍介さんが声を上げて笑う。
「こういう自分もいるんだなって改めて思った。人間くさい感じ。嫉妬とか、独占欲とか……それに」
その先の言葉が聞こえてこなくて、龍介さんを見上げて待っていたけれど、龍介さんはただ優しく笑った。
「……綾乃がいるから、歌えるよ」
「え?」
「綾乃がいるから、俺は歌える。前より強く。前よりもっと思いを込めて」
本当に、一瞬。その言葉を聞いて、わたしの瞳から涙が溢れて落ちるまで。龍介さんは、どれだけわたしを泣かせたら気が済むんだろう。こんな眼差しで、こんな言葉をくれる人と出会えるなんて。
頬に添えられた大きな手、わたしを見つめる瞳、耳に届く柔らかい声。キャンドルの灯りに照らされた龍介さんの顔が瞼の裏に焼き付いて、瞳を閉じても浮かび上がる。
「泣き虫」
「龍介さんに言われたくない、です」
「はは、確かに」
龍介さんと出会ってから、何度も溢れ出すこの気持ち。流れる涙は、龍介さんの温かい指に拭われる。悲しみではない。苦しみではない。痛みでもない。そんな涙があることを龍介さんと出会って知ったの。
「りゅっ……」
笑っているかと思って見上げたのに、龍介さんの顔は真剣だった。彼の指先が、背中の開いた部分をツーっとなぞる。ビクリと体が震えた。
「……このドレス、似合ってるけど」
彼の目が、少しだけ暗く沈む。
「これは着てほしくない」
「龍介さん……」
「脱がしていい? 俺の服に着替えて」
「は、い……」
彼が持ってきてくれた大きめのシャツに着替えると、彼の顔に笑顔が戻った。
キッチンに向かった彼はお酒とグラスを両手に持ち、おいでと言ってソファに座る。その隣に落ち着かない心のまま座る。
氷が入ったグラスに琥珀色の液体を注ぎ、二人でそれを持ち上げ、グラス同士を合わせると高い音を響かせた。口に含み、飲み込めば喉の奥が熱くなる。龍介さんがグラスをテーブルに置くと、それを見つめたまま小さく息を吐いた。
「ごめん。ちょっと……妬いた。あの人、田辺さんだっけ? 綾乃の元カレでしょ」
「……はい」
時々、卓也はああして、わたしとの距離を強調するような物言いをする。呼び捨てにすることもそう。自分だけが分かっているというような言い方もそう。
「秘書ってさ、俺らで言うマネージャーみたいなものでしょ? 仕方ないってわかってるんだけど、綾乃があの人のこと構ってるっていうか、面倒見てる感じがすげえ嫌だった」
「構う?」
「ずっと一緒にいるんでしょ?」
「まあ、それなりには……」
「嫌だな」
「嫌なの?」
「嫌なの」
子供みたいに拗ねた口調で、唇を尖らせて目を伏せる。つい数時間前に見たミュージックビデオの中の彼とは別人。
鎧みたいな衣装を纏って、見たこともない強そうなサングラスをかけて、なにも怖いものなんてないというような表情で、疾走感のある男らしい曲を歌うRYUと、目の前にいる龍介さんが同一人物だとは思えない。
我慢しようとしたけれど、唇を押さえた指の隙間から笑う声が漏れてしまう。
「なに、笑ってんだよ」
「ヤキモチ焼きなんですね」
「……ツアー始まったら、本当にほとんど一緒にいられないし」
「ツアーが始まる前に、今のお仕事は終わりますよ?」
「……うん」
「だから拗ねないで」
黙ったまま、わたしに向けて手を差し出す。その右手の上に左手を重ねれば、いつもどおり優しく引き寄せられて、その広い胸の中に抱き締められる。
「綾乃といると、本当にいろんな感情がわいてくるよ」
「ん?」
「全てを許して、愛して優しさをもって生きようと思ってたんだけど、やっぱり人間だし、それだけじゃないね」
「それができたら、神様、仏様ですよ」
龍介さんが声を上げて笑う。
「こういう自分もいるんだなって改めて思った。人間くさい感じ。嫉妬とか、独占欲とか……それに」
その先の言葉が聞こえてこなくて、龍介さんを見上げて待っていたけれど、龍介さんはただ優しく笑った。
「……綾乃がいるから、歌えるよ」
「え?」
「綾乃がいるから、俺は歌える。前より強く。前よりもっと思いを込めて」
本当に、一瞬。その言葉を聞いて、わたしの瞳から涙が溢れて落ちるまで。龍介さんは、どれだけわたしを泣かせたら気が済むんだろう。こんな眼差しで、こんな言葉をくれる人と出会えるなんて。
頬に添えられた大きな手、わたしを見つめる瞳、耳に届く柔らかい声。キャンドルの灯りに照らされた龍介さんの顔が瞼の裏に焼き付いて、瞳を閉じても浮かび上がる。
「泣き虫」
「龍介さんに言われたくない、です」
「はは、確かに」
龍介さんと出会ってから、何度も溢れ出すこの気持ち。流れる涙は、龍介さんの温かい指に拭われる。悲しみではない。苦しみではない。痛みでもない。そんな涙があることを龍介さんと出会って知ったの。


