シンデレラ・スキャンダル

 畑中さんと話しながら、車を走らせて十分程。行き着いた先は、どこからどう見ても超がつくほどの高級マンション。その重厚さに圧倒されそうになる。

「綾乃ちゃん」

「あ、はい」

「俺が送るのはここまでね。本当は鍵を持ってるんだけど、二人のほうがいいでしょ。部屋番号は龍から送られ来てると思うから」

 マンションのエントランス。微かに震える指で、龍介さんの部屋番号を押した。

「はい」

「あ、あの。あや、あ……えっと」

「綾乃、見えてるから。エレベーターのところで待ってて」

 龍介さんが、向こうで笑っていることがわかる。きっといつもみたいに拳を口元にあてているはず。オートロックが解錠されて、重そうな扉が左右に開いた。エレベーターホールも無駄に大きく、近くにはソファが置かれている。

 それに座ることもできずに、ホールをただウロウロと歩き回るわたしは、傍から見たら不審者かもしれない。しばらくすると、奥にあるもう一つ扉が開く音がして、帽子を被った龍介さんが現れた。

「綾乃」

 わたしを呼ぶ声がホールに響く。龍介さんの声で名前を呼ばれると、いつも息が止まりそうになる。嬉しくて、苦しくて息が上手く吸えない。

 今にも抱きついてしまいたい気持ちを抑えながら彼のもとに駆け寄れば、龍介さんがこちらに右手を差し出してくれる。少し緊張しながらその手を取り、扉の奥の道を進み、エレベーターに乗りこむと、エレベーターの扉がゆっくりと閉まる。

 それをぼんやり見ていると、強い力で腕を引かれた。

「……やっと、二人になれた」

 耳元で囁かれる声。背中に回された腕が、痛いくらいにわたしを締め付ける。彼の心臓の音が、背中越しに伝わってくる。

「ああ、綾乃だ……」

 首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む彼。まるで、不足していた酸素を取り込むみたいに。わたしの存在を確かめるように、腕の力を強めたり弱めたりして抱き締める龍介さん。それに思わず笑みを零すと、彼からも同じように笑みが零れる音が聞こえた。

 しばらくしてエレベーターが止まり、扉が開くと、彼は無言のまま、わたしの手を引いて歩き出す。龍介さんに手を引かれ、龍介さんの少し後ろを歩く。ただそれだけのことなのに、口元がふわふわに緩んでくるから、誰にも見られてないのに、慌てて手で隠した。

 ブラウンのカーペットが敷かれた廊下はヒールの音を吸い込んでしまうから、とても静かで、自分の心臓がたてる大きな音が響いている気がする。一つの大きな扉の前で龍介さんが立ち止まり、ドアのボタンを操作する。

「どうぞ」

「お邪魔、します……」

 真っ白な玄関。龍介さんが脱いだ靴とわたしの靴だけがそこにある。

「綾乃、こっち」

 肩を抱く彼の手はとても優しくて、本当にそっと触れるから、頬が緩んでしまう。

 廊下を進んだ先にはリビング。ギターとピアノ、大きなテレビに黒いソファ。その部屋の中は龍介さんと同じ香りがした。

 モノトーンで統一された、生活感のない部屋。その中で、テーブルの上の真紅のバラだけが、鮮やかに浮いている。無骨なトレーニング器具と、繊細なバラの花。そのアンバランスさが、彼のそのものに見えて、胸がとくんと小さく音を立てた。

 今まで見たことのないものばかりの部屋を立ったまま見回していると、すぐ傍から笑い声が聞こえてきた。

「緊張してる?」

「……はい」

 わたしの答えに龍介さんが眩しそうに目を細めて、そのままわたしの額に唇を落とす。いつもより少し伸びた髭が当たってくすぐったい。

 龍介さんの家で、龍介さんの腕の中にいる。その事実に胸が騒ぐのに、温もりを感じると、吐息が漏れるほど穏やかな気持ちになる。

「なんか、身長縮んだね」

「ヒール、脱いだから」

「ああ、だからさっき背が高く見えたんだ。結構高いヒール履いてたよね」

「秘書は十センチヒールがお約束らしくて。今日も用意されてたんです……」