運命の時刻が過ぎた。
大講堂を支配するのは、予定されていた惨劇の轟音ではなく、耳が痛くなるほどの静寂だった。
ベルツは演説の最後の一句を放ち、万雷の拍手……あるいは犠牲者たちの絶叫を待っていた。だが、会場を包むのは不自然な凪。
(……なぜだ。なぜ起動しない! アシュクロフトの小僧、まさか……!)
ベルツの額に、初めて冷や汗が流れる。
その時、拘束具に縛られていたセオドリックが、ゆっくりと顔を上げた。その碧い瞳には、驚愕に揺れるベルツの姿が克明に映り、その唇には、勝利を確信した不敵な笑みが刻まれていた。
「……ベルツ公。どうやら貴方の数式には、致命的な欠落があったようだ。……ああ、聞こえるよ。彼が、僕に道を譲った音が」
その瞬間、セオドリックの右手の薬指が光を放つ。なかったはずの指輪が、地下からの共鳴を受けて黄金に輝き出した。
レイモンドが地下で抹殺陣を破壊し、最期の力で魔力のバイパスを正当な管理者へと繋ぎ直したのだ。
「――全権、開放」
セオドリックの静かな声と共に、圧倒的な黄金の魔力が講堂を満たした。
学園の防衛権限が彼の手中に戻ると同時に、大講堂の巨大な幻影スクリーンに、地下の端末から転送された映像が強制展開される。
そこに映し出されたのは、ベルツが過激派に資金を流していた銀行の帳簿と取引現場、そして地下に仕掛けられた非道な兵器の全容だった。
「これは……捏造だ! 誰か、その罪人を黙らせろ!」
ベルツが叫ぶ。だが、彼を動かしていた特務班の武器は、全権を掌握したセオドリックの防衛術式によって一瞬にして瓦解した。
ベルツは、自らが張り巡らせた「法」という名の罠に自ら絡み取られ、駆けつけた正規の騎士団によって壇上から引きずり下ろされていった。
だが、セオドリックは、失墜するベルツに一瞥もくれなかった。
彼の視線は、足元……この大講堂の遥か真下、冷たい闇の中にいるレイモンドだけを捉えていた。
「――レイ、迎えに行くよ」
セオドリックが指輪に魔力を込め、空間を掌握する。
黄金の光が講堂の床を貫くように収束し、次の瞬間、セオドリックの姿はその場からかき消えた。
