高貴なる生徒会長は、今日も副会長を慈しむ  ~学園の貴公子と没落貴族のすれ違い救済ライフ~


 ――そして。学園を深い霧が包み込んだ朝。

 ラプラス魔導アカデミーの正門前に、漆黒の馬車が音もなく停まった。
 扉に刻まれているのは、双頭の蛇の紋章。帝国の法を司る男、ボリス・フォン・ベルツ公の象徴だ。

「……お迎えにあがりました、ベルツ閣下」

 正門で出迎えたのは、セオドリックと、その隣に控えるレイモンドだった。
 霧の向こうから、ゆっくりと馬車の扉が開く。
 
「おお、これはランカスター家の麒麟児(きりんじ)。……それと、アシュクロフト家の生き残りか」

 降り立ったベルツは、冷徹な法官そのものの眼差しでセオドリックと握手を交わした。
 その瞳の奥には、かつてレイモンドの父を政争の泥に沈めた時と同じ、湿った愉悦が揺らめいている。

 ベルツの視線が、次にレイモンドへと移る。その冷酷な質量に、レイモンドは背筋が凍るのを感じながらも、微塵も表情を動かさなかった。

「……変わりないようだな、副会長。学園の『防衛』は、万全か?」

 それは視察官としての言葉でありながら、明確な確認だった。
 数日前の深夜、地下保管庫で手渡した仕様書。あれが正しく実行され、学園の喉元に刃を添えられるのか、と。

「……ええ。閣下。一切の死角はありません。記念祭当日は、この学園が帝国の誇りであることを……身をもって証明できるでしょう」

 レイモンドは深く頭を下げた。自分の声が、毒のように霧の中に溶けていく。
 その横で、セオドリックが不敵に、そしてあまりにも優雅に微笑んだ。

「ええ、その通りです、ベルツ閣下。僕の副会長は、世界で一番有能ですから。……たとえ彼が何を企んでいたとしても、僕はそれを『最高の結果』に変えてみせる自信がありますよ」

 セオドリックの言葉に、一瞬だけベルツの眉が動いた。
 霧の中で、三人の視線が音もなく火花を散らす。
 
 セオドリックの「信頼」という名の拘束。ベルツの「脅迫」という名の支配。
 二人の主人の間で、レイモンドは震える指先を隠し、ただ一人、破滅へと続く祝祭を待つのだった。