深夜の密会から数日。六月の終わりが近づき、記念祭を目前に控えた生徒会執務室は、戦場のような忙しさに包まれていた。
「……副会長、差し入れです。これ、実家の領地で採れたハーブティーなんです。集中力が増すって評判で」
書記のミレイが、湯気の立つカップをレイモンドのデスクに置いた。
彼女の背後では、他の役員たちも「副会長、このクッキーもどうぞ」「少しは休んでください、当日倒れられたら困りますから」と、口々に声をかけてくる。
かつては没落貴族として遠巻きにされていたレイモンドを、今や彼らは、厳格だが信頼できるリーダーとして心から慕っている。
彼らの瞳にあるのは、セオドリックが作る新しい時代への希望と、それを支える自分たちへの誇りだ。
「……仕事に戻れ。浮ついている暇があるなら、配置図をもう一度見直せ」
レイモンドは視線を落としたまま、冷淡に突き放した。
だが、差し出されたハーブティーの温かさが、指先の紫色の痣をじんわりと疼かせる。
――お前たちが慕うこの場所を、当日に混乱の渦に突き落とすのは、俺だ。
セオドリックを救うため、彼が愛し、彼を愛する者たちの心を傷つける。自分が守ろうとしている日常を、自らの嘘で汚し続けている矛盾に、胸の奥で鋭い痛みが走った。
「……副会長?」
ミレイが心配そうに覗き込んでくる。
レイモンドはその無垢な善意に耐えきれず、一口だけ茶を啜り、無理やり仮面を締め直した。
「……悪くない味だ。だが、次はもう少し温度に気を配れ。……もう戻れ、時間が惜しい」
その言葉に、ミレイたちは「はい!」と嬉しそうに顔を輝かせて去っていく。その背中を見送るレイモンドの瞳には、戻ることのできない断崖に立つ男の、深い孤独が宿っていた。
