昼休み、クラスの連中とだらだら過ごしていたその時。
「なんか喉渇いたな。なぁ、一緒に自販機――」
行かね、と斜め前にいた夏目に声をかけようとして、言葉を呑み込んだ。
夏目は妙に目が潤んでいて、「……ん?」と首を傾げている。
そういえば、昨日触った時、こいつの体熱かったな。それに、さっきもなんだかぼんやりしていたし、風邪の引き始めっぽいんだよな……。
もう一年以上恋人をしている俺には、手に取るように夏目のことがよくわかってしまう。
「あー、やっぱ、いいや。山田、一緒に行かね?」
「おう、いいよー」
ぎょっとしている夏目には『具合悪いんだから大人しくしとけ』という視線を送りつつ、俺は山田の肩を組んで教室を出た。
そして今。夏目の分のジュースも買って教室前の廊下に帰ってきたら、怖いくらい完璧な笑顔で夏目が立っていた。
「山田、先教室行ってて」
「……ん? おっけ、わかったー」
素直に山田が教室に入ってすぐ、夏目に思い切り足を蹴られる。
「あたっ!」
と、思わず声を出したが、正直あんまり痛くはない。
「人を蹴ってはいけませんよ、夏目くん」
呆れながら、夏目の腰を引き寄せると、夏目は恨めしそうに俺を睨んできた。
「……さっき、一緒に行きたかったんだけど」
「でもお前、具合悪そうだったから」
「……具合悪い。たぶん、風邪」
「ほら見ろ。だから、俺は無理させたくなくて。……あ、これお前の分ね」
水分補給のためのスポーツ飲料を「……ありがと」と受け取ると、むすっとした顔で夏目が顔を伏せる。
「それでも、一緒に居たかったのに……。ほかのやつ誘ってほしくなかったのに、……鳳は俺のこと置いて、山田と一緒に行った……」
完全にめんどくさモードに入っている。具合の悪さも相まって、今日はいつも以上にめんどくさいことになりそうだ。俺は笑いをこらえつつ、早々に自分の非を認めることにした。
「ごめんな、夏目」
「……もしも山田と浮気したら、……殺すから」
「おま、気持ち悪ぃこと言うなよ。誰があいつとなんか。いや、山田もいいやつだけどな?」
あいつとキスしたいなんてまったく思わない。それに山田もきっとそう思っているだろう。
夏目にそれを伝えたら、夏目はますます怖い顔をして、「あいつ……『無人島に一生、鳳と俺だけだったら、ワンチャン抱かれてもいいわ』って言ったし……」とぼそぼそ言う。
俺は爆笑してしまった。まずなんで山田と無人島にふたりきりなのか意味がわからんし、それに嫉妬している夏目がめんどくさくて、あまりにかわいすぎる。
「俺はお前だけだって……無人島に山田とふたりきりにされても、いかだ作ってお前に会いに行くから」
やっぱどんな状況だよ。
「……つーか、泣くなよ、夏目」
「まだ泣いてない」
赤くなった頬に触れると、驚くほど夏目の体温は高かった。
「うっわ、あっつ。本格的に風邪だな」
「……うん」
「お前もう帰れよ。しんどいだろ?」
「……うん」
素直になった夏目の耳元で、じゃれるように口を開く。
「さっき置いていって、ごめんな」
「俺も……蹴ってごめん」
しゅんとしている夏目の髪を優しく撫でていると、担任が歩いてくるのが見えた。
「あ、待って。いいとこ来たわ! せんせー!」
呼び止めて、夏目を指さす。
「こいつ熱あるんで、家まで送ってきます。送り終わったから即行でこっち帰ってきますんで、たぶん五時限には間に合います」
担任は俺と夏目を交互に見つめると、訝しげに言った。
「……いいけどさ。お前、夏目の彼氏かよ」
「まぁ、そんなようなもんッスね」
「ふうん……」
担任はにやっと笑うと、俺の耳を引っ張って小さな声でつぶやく。
「いいか、鳳。風邪はキスするとうつるぞ。わかるな?」
「……かんぜん理解ッス」
夏目には聞こえなかったのか、遠ざかっていく担任を見つめながら、「鳳、なんて言われたの?」ときょとんとしていた。「別にー」と言葉を濁して、苦笑いをこぼす。
次の日、俺は完ぺきに風邪をひいたんだけど、マジでなんでなのかわかんねぇわ。



