頭を乾かして二階への階段を上る。文人の部屋を通り過ぎて、自室へ入ると私はスマホを手にベッドに横になった。
「叶芽」と画面に打ち込む。
ウィキペディアには彼が2020年から活動を開始したことが書かれていて、代表作に『希望』とあり、「ピアノで弾き語りをする歌手。どの曲も歌詞は『アレルヤ』のみである」とだけあった。
アレルヤのみ?
聞いたことのある言葉だけれど、何を意味するかが分からなかった私は、「アレルヤ」の言葉を今度は調べた。
「アレルヤ」は、ヘブライ語で「神をたたえよ」の意味の言葉の音訳らしい。感謝すべき事や嬉しい事があった時等の感嘆語としても使われるようだ。カトリックの讃美歌にはラテン語のこのアレルヤという発音を使っているけれど、ハレルヤと同意義。そういえばハレルヤと歌う曲を聞いたことがある。クラシックを聞かない私でも耳にしたことのある、神々しい晴れやかな曲だったような気がする。
「なんで叶芽さんはアレルヤと言う言葉だけで歌を作るんだろう」
暗闇に私の独り言がぽつりと響いた。それはどこか責めるような響きを帯びていた。
心がざわざわする。
『希望』に惹かれたのは間違いない。
けれど。
私は神を賛美なんてできない。
私の頬を先ほどとは違う冷たい涙が伝った。
まだ流せる涙が残っていることに自分でも驚く。
『希望』を耳にした時、「アレルヤ」の意味を知らなかったから、私の中は温かい何かで満たされた。彼の歌からは、暗がりの中で見出すような希望が確かに感じられた。消えない悲しみが一瞬癒やされ、忘れられるような感覚があった。
神は讃えられないのに。
さっきからずっと頭の中を『希望』の歌がループしている。
違う。こんなのダメだ。
そう思う一方で、叶芽さんの他の歌も聴いてみたいと思う自分がいる。
アレルヤ。アレルヤ。
脳内で叶芽さんの声が止まない。
「お父さん……」
私は堪らずに声を出した。
神はいないって思った日を私は忘れていないし、一生忘れないと思う。
私はスマホを置いて、耳を塞いだ。そんなことをしても無駄だと分かっていても抵抗したかった。
両耳を塞いでうずくまって。私は疲れていつのまにか眠ってしまった。
高校三度目の七月に入っていた。



