「ところで――」
理事長は、ふと視線を上げて湧井の方を向いた。
「学生さん。……お名前から察するに、あんた……もしかして、湧泉荘のお嬢さんじゃないかね。」
彼女は一瞬だけ息をのみ、そして深々と頭を下げた。
「はい、そうです。申し遅れましたが……理事長さん、父と母が大変お世話になりました。」
理事会室に、低いざわめきが広がる。理事長は目を細め、懐かしむように彼女を見つめた。
「そうか、そうか……。それじゃ、その、……元気になりなすったのか。」
「はい、医師からは、もう再発の心配はないと。理事長さんこそ、ご健康そうで何よりです。」
理事長は照れ隠しのように鼻の下を擦った。
「俺はそれしか取り柄が無いからさ。……と言いたいが、旧源泉と一緒で随分ガタが来てる。あの兄さんが心臓手術の話をしたときは、正直ドキリとしたねえ。」
僕の方を見てにやりと笑う。
理事たちが口々に声を上げた。
「理事長ときたら、ちっとも酒を控えねえから。」
「湧井の嬢ちゃん、ご両親は東京で元気にしてるかい?」
「街じゃ数少ない若夫婦の宿だったのになあ……。」
副理事長も、頭を掻きながら苦笑した。
「こりゃあ、ご無礼したなあ。でも、どうしてそれを先に言わんかね。そしたら皆、もっと素直に話を聞いたろうに。」
湧井は穏やかに、しかしはっきりと首を振った。
「私こそ、不遜な物言いをお詫びします。ただ、今日の私たちは――『新源泉』でした。異物としての役回りに、徹する必要があったのです。」
理事長は、ゆっくり頷いた。
「……うん。それで良い。最初に名乗ってたら、お前さんは『故郷を案じる健気な娘』になっていた。後はぬるい茶飲み話だったろうよ。」
少し間を置き、続ける。
「湧泉荘の先代――あんたのお爺さんには、若いころ随分世話になった。厳しくてな、だが温かい人だった。……あんたには、その面影がある。」
湧井は、思わず唇を噛みしめ、瞳を潤ませた。
――彼女は故郷を守り通したんだ。
――それも、単なる現状維持じゃない。温泉も、街も、自分自身まで、新しく作り替えた。
ふと、彼女がこちらを見た。視線が一瞬だけ交わる。
――僕も、昨日までの僕じゃない。
この先、もっと厄介な現実が待っているだろう。だが、少なくとも。半年間の闘いは今日、確かに“実を結んだ”。
(……ハッピーエンド、だな)
心の中でそう呟くと、彼女は、ほんのわずかに――意味ありげに微笑んだ。
約束の続きを、忘れてはいないと言うように。
理事長は、ふと視線を上げて湧井の方を向いた。
「学生さん。……お名前から察するに、あんた……もしかして、湧泉荘のお嬢さんじゃないかね。」
彼女は一瞬だけ息をのみ、そして深々と頭を下げた。
「はい、そうです。申し遅れましたが……理事長さん、父と母が大変お世話になりました。」
理事会室に、低いざわめきが広がる。理事長は目を細め、懐かしむように彼女を見つめた。
「そうか、そうか……。それじゃ、その、……元気になりなすったのか。」
「はい、医師からは、もう再発の心配はないと。理事長さんこそ、ご健康そうで何よりです。」
理事長は照れ隠しのように鼻の下を擦った。
「俺はそれしか取り柄が無いからさ。……と言いたいが、旧源泉と一緒で随分ガタが来てる。あの兄さんが心臓手術の話をしたときは、正直ドキリとしたねえ。」
僕の方を見てにやりと笑う。
理事たちが口々に声を上げた。
「理事長ときたら、ちっとも酒を控えねえから。」
「湧井の嬢ちゃん、ご両親は東京で元気にしてるかい?」
「街じゃ数少ない若夫婦の宿だったのになあ……。」
副理事長も、頭を掻きながら苦笑した。
「こりゃあ、ご無礼したなあ。でも、どうしてそれを先に言わんかね。そしたら皆、もっと素直に話を聞いたろうに。」
湧井は穏やかに、しかしはっきりと首を振った。
「私こそ、不遜な物言いをお詫びします。ただ、今日の私たちは――『新源泉』でした。異物としての役回りに、徹する必要があったのです。」
理事長は、ゆっくり頷いた。
「……うん。それで良い。最初に名乗ってたら、お前さんは『故郷を案じる健気な娘』になっていた。後はぬるい茶飲み話だったろうよ。」
少し間を置き、続ける。
「湧泉荘の先代――あんたのお爺さんには、若いころ随分世話になった。厳しくてな、だが温かい人だった。……あんたには、その面影がある。」
湧井は、思わず唇を噛みしめ、瞳を潤ませた。
――彼女は故郷を守り通したんだ。
――それも、単なる現状維持じゃない。温泉も、街も、自分自身まで、新しく作り替えた。
ふと、彼女がこちらを見た。視線が一瞬だけ交わる。
――僕も、昨日までの僕じゃない。
この先、もっと厄介な現実が待っているだろう。だが、少なくとも。半年間の闘いは今日、確かに“実を結んだ”。
(……ハッピーエンド、だな)
心の中でそう呟くと、彼女は、ほんのわずかに――意味ありげに微笑んだ。
約束の続きを、忘れてはいないと言うように。
