ざまあをください【完結/改稿済】

『男子平泳ぎ200メートル、予選第12組の試合を開始します』

あれから20分後。
僕はプールサイドに立っていた。

相も変わらずここはとても厳格だ。
目の前のプールは隅々まで照らされていて、僕を始めとした選手一人一人に二人ずつ審判員がつけられている。

「っしゃ!」
「ふーーっ」
「…………」

ジャージを脱いで水着姿になった選手達が飛んだり跳ねたりしていく。
僕はいつも通りぼーっとしながらスタートを待つ……つもりだったんだけどな。
気付けば永良(ながら)を探していた。

「……あ、いた」

西側の下の方、我喜屋(がきや)君の隣の席に座ってる。
あ。目が合った……と思ったら、勢いよく逸らされた。

直視出来ないぐらい僕のことが好きだってこと?
何それ。ファン丸出しじゃん。

そんなんじゃ困るんだけどな……なんて思いながらも、満更でもないと思い始めている自分もいる。

――永良は僕に夢中だ。
その事実を肌で実感出来たのが嬉しかったんだろうと思う。

「何笑ってんだよ」
「……別に」

隣のレーンの選手が突っかかってきた。
別に珍しいことじゃない。
ずっと前からこうだから今更何も感じることはない。

でも、永良に知られるのは……嫌だな。
きっと怒るし、悲しむだろうから。

一息ついてゴーグルをかけた。
透明な青の中を歩いて、飛び込み台に片足を乗せる。

ホイッスルが鳴り響く。
一回、二回、三回………五回目で台の上へ。
後ろに控えていた審判員が、僕の背後に立つ。

『Take your marks』

合図を受けて飛び込んだ。
水泡の雲を抜けて、前へ前へと進んでいく。

永良は今、どんな目で僕を見ているんだろう。
ゴールした時、どんな反応を見せてくれるんだろう。

そんなことばかり考えながら泳ぎ続けて――プールの壁にタッチした。
ゴールだ。水中から顔を上げて、観客席に目を向ける。

すると、永良は険しい顔で首を傾げていた。
は? 何あれ――。

「!」

電光掲示板に目を向けた瞬間――背筋が凍る思いがした。
示されたタイムは2分11秒。
自己ベストよりも5秒も遅かったから。

「……やばっ」
厳巳(いずみ)!!!!!!!!!!!!!」

案の定、怒鳴り声が飛んでくる。当然だ。
1.0~3.0秒ならまだセーブで通せるけど、それ以上は怠惰と取られる。
コーチなら猶更だ。

反省しないと。いくら永良に『ざまあ』されたいからって、故意もしくは自滅する形で負けるのは絶対にナシだ。

それじゃ何の意味もない。
というか、永良に対して失礼だ。
彼とは正々堂々と戦って、ちゃんと負けないと。

「何してんだ!! こっち来い!!」
「……はい」

合流するなりコーチは、粗暴な口調はそのままに「何があった?」「体は?」と、僕が「何ともありません」といくら答えても、手を変え品を変えて質問を浴びせてきた。

言うまでもなく、僕の不調の原因を探るためだ。
こういうところはコーチとして熱心だな、凄いなと思いつつも、今の僕には少々……いや、大分厄介で。

「本当にすみませんでした。必ず挽回するので、少し休ませてもらってもいいですか」
「いいだろう。ただし、次しょーもねえ結果出したら承知しねえからな」

僕は改めて「すみませんでした」と頭を下げて、その場を後にする。

しっかりしないと。今のままじゃ、永良との出会いがマイナスなものになってしまう。
そんなの絶対にイヤだ。絶対にプラスにしてやる。

そう決意して本戦に臨んだ。
結果、僕は優勝。
世界記録まではあと0秒57となり、『誰もいない世界』への切符がいよいよ実体化し始めた。

だけど、前みたく焦るようなことはなかった。
永良ならきっとついて来てくれると――そう信じていたから。