ざまあをください【完結/改稿済】

コーチが凄まじい剣幕で睨みつけてくる。
そのあまりの迫力に、僕は思わず息を呑む。

「気取ってねえでもっと貪欲になれ。そうすれば、お前はもっと上に行ける。2分4秒、いや3秒だって夢じゃねえんだぞ」

男子平泳ぎ200メートルの世界記録は2分5秒48だ。
コーチが目指せと言っているその世界には()()()()()
僕にはまったく意味のない栄誉だ。

「スターなんて柄じゃねえってか? はっ、テメエは傲慢なんだか卑屈なんだか……」
「どっちでもないと思いますけど」
「ゴチャゴチャ言ってねえで、テメエは黙ってテッペン取れ。そしたら一生安泰。競泳でメシも食っていける」
「余計なお世話です」
「突っ張りやがって。本当は分かってんだろ。他所ではやってけねえって」

見当違いも甚だしい。
僕の目的は主人公と出会うことだ。
それが叶うのなら喜んで競泳を捨てる。
僕にとって泳ぐことは、その程度のものなんだ。

「平行線だな。明日一日使ってしっかり頭冷やしてこい。いいな」
「……おつかれさまでした」

僕は挨拶だけしてリュックを手に取った。
早く出よう。とりあえずここから。

コーチの溜息と、いくつかの陰口を背に会場を後にする。
足早に。逃げるようにして。

.。o○○o。..。o○○o。.

競技場の外はデカい公園になっている。
季節は春真っ盛り。頭の上には満開の桜並木が、足元には野花の絨毯が広がっている。

(さえず)るように彼方此方(あちらこちら)から飛んでくるのは、名前も知らない人達による幸せ仲良しトークだ。
普段なら我慢出来るけど、手負いの僕にはキツい。

「…………」

しれっと脇道に入り、そのまま奥へ奥へと進んでいく。
とにかくもう華やかさの薄い方へと。そうしたら――。

「……へえ、こんなところあったんだ」

同じ公園とは思えないぐらい静かで落ち着ける場所を見つけた。
木がコの字型に植わってる。
背は桜ほど高くない。3メートルぐらいかな。

金木犀(きんもくせい)

薄汚れた白いネームプレートを一撫でして、手近な木を見上げる。
黄緑色の葉っぱでふさふさだけど、花は咲いていないみたいだ。

どんな花だったかな。
オレンジ色の強めに香る花だったような気がするけど。

「おっ……」

そんな取り留めもないことを考えていたら、白い古びたベンチを見つけた。
その横にはゴミで溢れかえったゴミ箱が置いてある。

「!」

ふとひらめいてしまった。
凄く悪いひらめきだ。
我ながら最低だと思う。
でも、実行せずにはいられなくて。

「……よし」

僕は黒いリュックをおろして、中から小箱を取り出した。
中に入っているのは金色のメダル。優勝の証だ。

「一発で入ったら引退」

メダルを両手で握って、ゴミ箱に狙いを定める。
目算で7~8メートルってところかな。

「いけっ」

左脚を持ち上げて大きく振りかぶる。
投げた。メダルがくるくる回転しながら飛んでいく。

『お! イイ感じ!』なんて、はしゃげたのはほんの一瞬だけだった。
じわじわと後悔していく。
いや、これは自己嫌悪か。
日に日に嫌なヤツになっていく。もう嫌だ。

「……辞めよう」
「うおおぉぉおおぉおお!!!」
「?」

振り向くと誰かがいた。
小柄な男の人。でも、顔はよく見えなかった。
声もちょっと高めだし……小学生かな?

「わっ……!」

謎の少年が向かった先にはメダルがあった。
まさかあれをキャッチしようとしてるの……?

「おりゃああぁあああ!!!」

少年が勢いよくジャンプする。
高く、それはもう高く。
180センチ近い僕が、限界まで見上げてしまうほどに。