ざまあをください

翌日。僕は午後の授業をサボって、永良《ながら》が所属しているスイミングクラブに向かった。

電車を乗り換えること三回。
特急電車も駆使して、何とか一時間ほどで辿り着くことが出来た。

駅前には大きなスーパーが二件。
幹線道路沿いには、有名な飲食チェーンがずらりと立ち並んでいる。
かと思えば、クラブの裏手には大きな畑が広がっていたりしてて。

のどかだけど、ちゃんと便利な街だ。
永良のやつ、結構いいところに住んでるじゃん。

「……三時か」

永良と同じ中学&学年の子のSNSの情報が正しければ、彼はまだ授業中。
三時半ごろに授業を終えて、ここに着くのは四時ぐらいになるだろう。

「完璧」

ふんっと鼻を荒げて、ぐんっと伸びをした。
今日の僕は、早退して来たこともあって制服姿だ。

深緑色のブレザー&ズボンに白のYシャツ。セーターは紺色。
金色がかったシルバーのネクタイを締めて、左のラペルには学年章入りの小さなピンバッチを付けている。

かなり主張強めな制服だ。
街の中では目立って仕方がないけど、面倒なのでもう開き直ってしまっている。

「お~、すごい」

頭上をゆったりと走るモノレールを撮ったりして、のんびりと永良を待つ。
駅の向かい側にはモックが見えた。
永良が来たらあそこで話そうかな。

「……へへっ、永良とモックか」

目的を忘れて妄想に耽る。

『僕、ピクルス苦手なんだよね』
『なら、俺が食べてやるよ!』

永良の小さな指が、僕のバーガーからピクルスを抜き取る。

『おわっ、ケチャップ付いた』

そう言って指に付いたケチャップを、猫みたいにペロッと舐め取る。
そんな姿を僕に見られていることに気付いた永良は、『何だよ』ってむっとするけど……直ぐにふふっと、笑い出す。鼻を押さえながら照れ臭そうに。

僕はそんな永良の姿を、バッチリスマホに収めるんだ。
そうしたら、永良は『や~め~ろ~よ~』なんて言いながら、僕に向かって手を伸ばしてきて。

「ウムウム」

なかなか友達っぽいんじゃないか?
よし。ちゃんと撮って待ち受けにしよう。

「イズミくん?」

いつの間にやら、僕の足元にはショタっ子の姿があった。
興味津々といった具合に見上げてきている。
褐色肌のちょっと内気な感じの子だ。
僕はしゃがみ込んで、その子と目線を合わせる。

「うん。そうだよ」

短く答えると、ショタ君の瞳がぱぁーっと輝き出した。
可愛い。子供は無邪気でいいな。

「サインちょうだい!」
「ちょっ!? ごめんなさいね~」

ショタ君の母親と思われるおばさんが駆け寄って来た。
僕は首を左右に振って、ショタ君に向き直る。

「いいよ。どこにしようか」
「やった! えっとね、えっと……会員証に!」
「分かった」

僕はリュックの中から油性ペンを取り出した。
これもコーチの言いつけだ。
出掛ける時は、常に油性ペンを持ち歩いている。

『いいか? お前はもうそういう立場(・・・・・・)なんだ。しっかり肝に銘じとけ』

そう言ってコーチは、箱買いした油性ペンを押し付けてきた。
もう三年前になるか。三十本あったペンはもう十本もない。

「アタシも!」
「俺にも、お願いしてもいいですか……?」
「わぁ……! 本物の厳巳《いずみ》君だ♡」
「やっば超カッコイイ♡♡」

気付けば、クラブの他の生徒さんや親御さんに囲われていた。
子供限定、とはいかず親御さん達にも握手をしたり、サイン(筆記体で書いただけ)をしたり、簡単なインタビューに答えたりしていく。

ぶっちゃけると、ちょっと前までこの手の人達のことは苦手だった。
絶対王者、金メダル、伝説……なんてケバケバしたワードをふんだんに使って、主人公《ヒーロー》の存在を否定してくるから。

でも、今は全然気にならない。
永良のお陰だ。僕はもう君の特別になれればそれでいい。

「いっ、厳巳!?」

来た。小さく息をついて永良と向き直る。
今日の彼は制服姿だった。

紺のブレザーに、灰色のズボン、ネクタイは赤で、ブレザーの中には灰色のフード付きのパーカーを着ていた。
校則、緩いんだな。羨ましい。

我喜屋《がきや》君は一緒じゃないみたいだ。
お休みなのか、それとも永良が先に来たのかな。
何にせよ助かる。彼がいるとややこしくなるから。

「何でこんなとこに!?」
「君、話の途中で逃げたでしょ」
「~~っ、だからって押しかけてくる奴があるか!」

僕の周囲を囲っていた人達が「それじゃ~」と、ぎこちなく笑いながら去っていく。
気を遣ってくれたんだろう。
やっぱり、ここで話すと迷惑になるな。
予定通りモックに行こう。