ざまあをください

永良(ながら)! 待って!!」
「っ!!? 付いてくんな、バカ!!」

桜もみじが散る中を駆けていく。
幸いなことに、人の姿はもう疎らだった。
だけど、僕の心の中は色んな感情でもみくちゃになっている。

主人公だから僕とは馴れ合わない?
それってつまり、君がざまあを達成しても現役の間は仲良くしないってこと?
どっちかが引退するまで仲良くしないってこと?

そんなのイヤだ。待てない。
そんなんだったら、もうざまあなんていらない。

「……あ。でも……」

契約を解除したところで、問題解決には至らない気がする。

彼は僕の『強火オタク』だ。
オリジナルの僕を取り戻すって名目で……ようは、オタ魂に火を付けることで、何とかライバルにはなれているけど、親友にはなれないのかも。

あの『馴れ合いNG宣言』から察するに、オタクとしての彼のモットーの中に、『推しである僕と私的な関係になるのはNG』みたいなものがあるのかもしれない。

「なら、僕が引退したら? ……いや、スイマーじゃなくなったら、僕にはもう興味はないのか」

難儀だ。永良を脱オタさせて、親友になるにはどうしたらいいんだろう?

「うおおぉぉおおおお!!!!」
「えっ……?」

永良が加速し出した。
速い。みるみるうちに離れていく。
全速力で駆けてみても、まるで距離が縮まらない。

「永良!!!」
『ドアが閉まります。ご注意ください』

永良は電車の中に駆け込んだ。
僕が階段を降り切るのと同時に、電車の扉が閉まる。
間に合わなかった。

永良は車内でこっちに背中を向けた状態で、咳込んでいる。
表情は見て取れない。

彼の背中が遠ざかっていく。
ホームには、荒く息をつく僕だけが残された。

「ハァ……っ、ハァ……まぁ、……あの脚力だもんね。速くて、当然か……」

あの分だと、100メートル12秒……下手したら、11秒台もありそうだ。
陸上に行っていたら、間違いなくスター選手になっていただろう。
ってか、あのレベルならスカウトが来ていない方がおかしい。

もしかして……蹴ってたのかな?
僕のことが心配で。

自惚れが過ぎる。そう思いつつも可能性は捨てきれない。
永良はそれだけ僕に対して熱心で、必死だから。

「……そうだ」

君の目的は僕を初心に帰すこと。
タイムに貪欲な僕を取り戻すことだったね。

なら、最速を目指すのはどうだろう?

最速を目指して必死に泳ぐ。
そんな僕の姿を見たら、君はギラギラな僕を取り戻せたって思ってくれる?
最速の称号を得たら、君は満足して引退も許してくれる?
そうして引退したあと、ゆっくり時間をかけたら親友になってくれるのかな?

「なら、僕の希望も叶う。まるっと解決なんだけどな」

何て呟いた後で、思わずふっと笑ってしまった。
趣旨、思いっきり変わっちゃったな。

元はギラギラな僕を取り戻すために、永良に協力を申し込んでいたのに、今では永良の親友ポジを得るために、ギラギラな僕になろうとしている。
見事なまでに、目的と手段が逆転しちゃった。

滑稽極まりないけど、僕は大マジだ。

「乗り込んでみるか」

幸いなことに、永良の所属は公表されてる。
その所在地も把握済みだ。
まずは、クラブの方に行ってみようかな。
明日の学校帰りにでも。

「逃がさないよ、永良」

何かヤンホモみたい。
内心でノリツッコミしつつ、僕は笑った。

誰もいない地下鉄のホーム。
ひんやりとした外気が、今の僕にはとても心地良かった。