「こちらです」
目の前には一軒の家が建っている。
煤けた白壁に、苔混じりの茅葺屋根。
古びているけれど、どこか温かみを感じさせる家だ。
周囲には似たような造りの家が点在している。
「ユーリ……すまない。……俺のせいで……っ」
家の中から悲痛な男性の声が聞こえてきた。
ビルと共に中へと入っていく。
「……っ、ユーリ……」
ベッドの上には力なく横たわるユーリの姿が。
そんな彼の傍らには、中年の男女の姿があった。
いずれも白と薄茶色を基調とした恰好をしている。
男性はチュニックにズボン、女性はブラウスにスカート。
ブーツや服の端々には乾いた土が付着していた。
ユーリのご両親ね。
顔はお母様と瓜二つ。紅髪はお父様譲りか。
「簡単な処置は済ませておきました」
レイはご両親への配慮のためか、声を潜めて報告してきた。
彼の言う通り、ベッドに横たわるユーリの腕にはしっかりと包帯が巻かれている。
「辛うじて繋がってはいますが、場合によっては……切断も検討せざるを得ない状態です」
「……分かりました」
不安や緊張がないと言えば嘘になる。
だけど、怯むことはない。むしろ力が湧いてくる。
「必ず治します。ユーリの夢を、こんなところで終わらせたりしないわ」
「っ!? あぁ!! 聖女様!!」
「どうか息子を……っ、ユーリをお救いください……っ」
ご両親はわたくしに気付くや否や直ぐさま駆け寄り、祈りを捧げてこられた。
組まれたその手は小刻みに震えている。
ユーリ、貴方は愛されているのね。
見たところ、子供は彼以外にいないようだ。
おそらくは一人息子。
ご両親がやや年配であることも踏まえると……多くの悲しみの果てに、授かった子であるのかもしれない。
だとすると、ご両親が未だ入団をお許しにならないのも納得だ。
他の子の分までと、大事に大事に育ててきた息子がこんな目に遭うなんて、耐えられないわよね。
でも……いえ、今は止しましょう。
首を左右に振って頭を切り替える。
「お任せください。必ずやお救い致します」
「~~っ、ありがとうございます! ありがとうございます……っ」
わたくしは眠るユーリのもとへ。
彼の瞼にかかった紅髪をさらりと払って、小さく息をつく。
「ユーリ、共に励みましょう」
霧がかかった虹色の魔方陣を展開させていく。
これは治癒術じゃない。
『祈り』と呼ばれる、聖者・聖女のみが扱える魔法だ。
治癒術が対象の生命力を活性化して回復を促すのに対して、祈りは生命力そのものを生成して対象に与える。
そのため、自己治癒では対処不能な傷病も癒すことが出来る。
失ったり、腐ったりしていなければ。
「……ユーリが心配で、探しに行ったんです。そうしたら魔物は……もうほとんど塵になりかけてて……」
ユーリのお父様だ。
これはきっと懺悔ね。
この光に神を見出される方は多い。
「死んでると思ったんです。けど、生きてて。……それでユーリが、俺を庇ったんです。~~っ、こんな子供に俺は……っ」
「ただのガキじゃねえ。コイツはもう立派な戦士だ。いい加減、認めてやんな」
レイが言い放つ。
わたくしとビルが躊躇している間に。
貴方はいつもそう。率先して憎まれ役を買って出る。
それが自分の役割だと言わんばかりに。
ほんと、カッコいいんだから。
片側の口角だけ持ち上げて、ふっと魔方陣を消す。
治療は完了した。あとはユーリの意識が戻れば。
「んっ……」
ユーリの白い手がぴくりと跳ねた。
ご両親に席を譲り、後ろからそっと見守る。
「手は? 腕は? ちゃんと動くのかい?」
「えっ? ああ……うん! 平気!」
ユーリは手をぐーぱーしたり、腕をぐるぐる回したりして快調ぶりを示してくれた。
ご両親は安心したのか、涙を流しながらユーリを抱き締める。
ユーリは「苦しいっ」なんて文句を言いながらも、満更でもなさそうな顔で笑っていて。
「ああ、良かった。……っ」
ぐらりと視界が傾いた。
ビルに支えてもらって、ほっと息をつく。
『祈り』は総じてかなりの量の魔力を消費する。
今回のような患者様が多数いらっしゃるような現場には、不向きと言わざるを得ない。
だから、わたくしは治癒術を磨いている。
……まぁ、お父様をはじめとした聖教の方々からは『出過ぎた真似をするな』と、睨まれまくっているのだけれど。
「おぉ! 良かったなー、坊主!」
「聖女様! 流石でございます!」
歓声に包まれる。
見ればユーリの家の周りを、護衛隊の皆が囲っていた。
その中にはミラの姿もある。
「ねえ、アンタ! エレノア様のこと、もっともっと好きになっちゃったんじゃなーい?」
ミラがにたにたと笑いながらユーリに迫っていく。
それを受けて、彼の顔がぼっと赤くなった。
ちらりとわたくしの方を見て――ばっと目を逸らす。
「そっ、そんなわけ! ……ある……」
「きゃーー♡♡♡」
「ちょっ……なっ、何の話だい?」
「ユーリってば、エレノア様にプロポーズしたんですよ!」
「「はぁ!!???」」
「んで、OKもらっちゃったりなんだりしてー!」
「ばっ、バカ! 言うなよ!!」
ご両親は口をぽかーんと開けたまま固まっている。
ご存じなかったみたいだ。
はっと我に返り、「バカ!」だの「身の程知らず!」だのと言って、ユーリに撤回を求め出す。
「~~っ、うっせえ!! オレはエレノアと結婚するんだ!!!」
ユーリは高らかに宣言した。
まるでそう曇天の空を切り裂くように。
ダメね。つい期待してしまう。
貴方ならもしかしたら、って。懲りないわね。
この旅が終わったら、わたくしは誰かの妻になる。
貴方を待つ時間なんてないのに。
「ほっほっほ! 何とも微笑ましい限りですな」
賑やかな声がぴたりと止んだ。
とてつもない違和感を覚えたから。
そのお方は、リビングの中央に立っていた。
ついさっきまで誰もいなかったその場所に。
十人の戦士の目を掻い潜って。
騎士達が一斉に剣を構える。
レイは右手に紫電を走らせ、ビルはわたくしを守るように前に立つ。
「テメェ……何者だ?」
「申し遅れました。わたくし、この村の領主を務めております、オスカー・ペンバートンと申します」
行方不明になっていた領主様……?
ふくよかなその男性は人好きのいい笑顔を浮かべている。
一見すると、とても悪人には見えない。
けれど、それがまた一層不気味で。
「聖女エレノア・カーライル様、恐れ入りますが……少々ご足労願えますでしょうか?」
「えっ……?」
不協和音が鳴り響く。
なぜ? 様々な仮説が思い浮かんでは消えていく。
何にせよ嫌な予感しかしない。
あまりの恐ろしさに堪らず息を呑んだ。
「くらああぁあああ!!!」
若手の騎士サンチェスが斬り掛かる。
直後何かがぶつかり、ぐちゃりと潰れたような音がした。
酷く生々しい。思わず目を閉じかけて――見開く。
「あっ……」
伯爵が……やった。背中から何かを生やしている。
サンチェスはその何かに腹部を貫かれていた。
あれは……何? 黒い。木の幹?
よく見ると肉感があり、腕のようにも見える。
ドスッ……ドスッ……。
また同じ音がした。
今度は二つ。一体誰が。
「とう……ちゃん……? かあ……ちゃん……?」
貫かれたのはユーリのご両親だった。
お母様の手がユーリに伸びる。
その手は助けを求めているというよりは、別れを惜しむようで。
「あっ……、あっ……ああああああ!!!」
ユーリの全身が輝き出す。わたくしと同じ虹色に。
だけど、その輝きはわたくしのものよりもずっと鋭利で、力強くて。
「……勇者……」
まさか……ユーリが……?
「くっくっく……漸く目覚めたか、紅髪の勇者ユーリよ」
伯爵もまたオーラを纏っていく。
紫色。あれは魔物固有のものだ。
信じられない。でも、間違いない。
伯爵は魔物に乗っ取られている。
そして、その魔物の目的はわたくしとユーリだ。
目の前には一軒の家が建っている。
煤けた白壁に、苔混じりの茅葺屋根。
古びているけれど、どこか温かみを感じさせる家だ。
周囲には似たような造りの家が点在している。
「ユーリ……すまない。……俺のせいで……っ」
家の中から悲痛な男性の声が聞こえてきた。
ビルと共に中へと入っていく。
「……っ、ユーリ……」
ベッドの上には力なく横たわるユーリの姿が。
そんな彼の傍らには、中年の男女の姿があった。
いずれも白と薄茶色を基調とした恰好をしている。
男性はチュニックにズボン、女性はブラウスにスカート。
ブーツや服の端々には乾いた土が付着していた。
ユーリのご両親ね。
顔はお母様と瓜二つ。紅髪はお父様譲りか。
「簡単な処置は済ませておきました」
レイはご両親への配慮のためか、声を潜めて報告してきた。
彼の言う通り、ベッドに横たわるユーリの腕にはしっかりと包帯が巻かれている。
「辛うじて繋がってはいますが、場合によっては……切断も検討せざるを得ない状態です」
「……分かりました」
不安や緊張がないと言えば嘘になる。
だけど、怯むことはない。むしろ力が湧いてくる。
「必ず治します。ユーリの夢を、こんなところで終わらせたりしないわ」
「っ!? あぁ!! 聖女様!!」
「どうか息子を……っ、ユーリをお救いください……っ」
ご両親はわたくしに気付くや否や直ぐさま駆け寄り、祈りを捧げてこられた。
組まれたその手は小刻みに震えている。
ユーリ、貴方は愛されているのね。
見たところ、子供は彼以外にいないようだ。
おそらくは一人息子。
ご両親がやや年配であることも踏まえると……多くの悲しみの果てに、授かった子であるのかもしれない。
だとすると、ご両親が未だ入団をお許しにならないのも納得だ。
他の子の分までと、大事に大事に育ててきた息子がこんな目に遭うなんて、耐えられないわよね。
でも……いえ、今は止しましょう。
首を左右に振って頭を切り替える。
「お任せください。必ずやお救い致します」
「~~っ、ありがとうございます! ありがとうございます……っ」
わたくしは眠るユーリのもとへ。
彼の瞼にかかった紅髪をさらりと払って、小さく息をつく。
「ユーリ、共に励みましょう」
霧がかかった虹色の魔方陣を展開させていく。
これは治癒術じゃない。
『祈り』と呼ばれる、聖者・聖女のみが扱える魔法だ。
治癒術が対象の生命力を活性化して回復を促すのに対して、祈りは生命力そのものを生成して対象に与える。
そのため、自己治癒では対処不能な傷病も癒すことが出来る。
失ったり、腐ったりしていなければ。
「……ユーリが心配で、探しに行ったんです。そうしたら魔物は……もうほとんど塵になりかけてて……」
ユーリのお父様だ。
これはきっと懺悔ね。
この光に神を見出される方は多い。
「死んでると思ったんです。けど、生きてて。……それでユーリが、俺を庇ったんです。~~っ、こんな子供に俺は……っ」
「ただのガキじゃねえ。コイツはもう立派な戦士だ。いい加減、認めてやんな」
レイが言い放つ。
わたくしとビルが躊躇している間に。
貴方はいつもそう。率先して憎まれ役を買って出る。
それが自分の役割だと言わんばかりに。
ほんと、カッコいいんだから。
片側の口角だけ持ち上げて、ふっと魔方陣を消す。
治療は完了した。あとはユーリの意識が戻れば。
「んっ……」
ユーリの白い手がぴくりと跳ねた。
ご両親に席を譲り、後ろからそっと見守る。
「手は? 腕は? ちゃんと動くのかい?」
「えっ? ああ……うん! 平気!」
ユーリは手をぐーぱーしたり、腕をぐるぐる回したりして快調ぶりを示してくれた。
ご両親は安心したのか、涙を流しながらユーリを抱き締める。
ユーリは「苦しいっ」なんて文句を言いながらも、満更でもなさそうな顔で笑っていて。
「ああ、良かった。……っ」
ぐらりと視界が傾いた。
ビルに支えてもらって、ほっと息をつく。
『祈り』は総じてかなりの量の魔力を消費する。
今回のような患者様が多数いらっしゃるような現場には、不向きと言わざるを得ない。
だから、わたくしは治癒術を磨いている。
……まぁ、お父様をはじめとした聖教の方々からは『出過ぎた真似をするな』と、睨まれまくっているのだけれど。
「おぉ! 良かったなー、坊主!」
「聖女様! 流石でございます!」
歓声に包まれる。
見ればユーリの家の周りを、護衛隊の皆が囲っていた。
その中にはミラの姿もある。
「ねえ、アンタ! エレノア様のこと、もっともっと好きになっちゃったんじゃなーい?」
ミラがにたにたと笑いながらユーリに迫っていく。
それを受けて、彼の顔がぼっと赤くなった。
ちらりとわたくしの方を見て――ばっと目を逸らす。
「そっ、そんなわけ! ……ある……」
「きゃーー♡♡♡」
「ちょっ……なっ、何の話だい?」
「ユーリってば、エレノア様にプロポーズしたんですよ!」
「「はぁ!!???」」
「んで、OKもらっちゃったりなんだりしてー!」
「ばっ、バカ! 言うなよ!!」
ご両親は口をぽかーんと開けたまま固まっている。
ご存じなかったみたいだ。
はっと我に返り、「バカ!」だの「身の程知らず!」だのと言って、ユーリに撤回を求め出す。
「~~っ、うっせえ!! オレはエレノアと結婚するんだ!!!」
ユーリは高らかに宣言した。
まるでそう曇天の空を切り裂くように。
ダメね。つい期待してしまう。
貴方ならもしかしたら、って。懲りないわね。
この旅が終わったら、わたくしは誰かの妻になる。
貴方を待つ時間なんてないのに。
「ほっほっほ! 何とも微笑ましい限りですな」
賑やかな声がぴたりと止んだ。
とてつもない違和感を覚えたから。
そのお方は、リビングの中央に立っていた。
ついさっきまで誰もいなかったその場所に。
十人の戦士の目を掻い潜って。
騎士達が一斉に剣を構える。
レイは右手に紫電を走らせ、ビルはわたくしを守るように前に立つ。
「テメェ……何者だ?」
「申し遅れました。わたくし、この村の領主を務めております、オスカー・ペンバートンと申します」
行方不明になっていた領主様……?
ふくよかなその男性は人好きのいい笑顔を浮かべている。
一見すると、とても悪人には見えない。
けれど、それがまた一層不気味で。
「聖女エレノア・カーライル様、恐れ入りますが……少々ご足労願えますでしょうか?」
「えっ……?」
不協和音が鳴り響く。
なぜ? 様々な仮説が思い浮かんでは消えていく。
何にせよ嫌な予感しかしない。
あまりの恐ろしさに堪らず息を呑んだ。
「くらああぁあああ!!!」
若手の騎士サンチェスが斬り掛かる。
直後何かがぶつかり、ぐちゃりと潰れたような音がした。
酷く生々しい。思わず目を閉じかけて――見開く。
「あっ……」
伯爵が……やった。背中から何かを生やしている。
サンチェスはその何かに腹部を貫かれていた。
あれは……何? 黒い。木の幹?
よく見ると肉感があり、腕のようにも見える。
ドスッ……ドスッ……。
また同じ音がした。
今度は二つ。一体誰が。
「とう……ちゃん……? かあ……ちゃん……?」
貫かれたのはユーリのご両親だった。
お母様の手がユーリに伸びる。
その手は助けを求めているというよりは、別れを惜しむようで。
「あっ……、あっ……ああああああ!!!」
ユーリの全身が輝き出す。わたくしと同じ虹色に。
だけど、その輝きはわたくしのものよりもずっと鋭利で、力強くて。
「……勇者……」
まさか……ユーリが……?
「くっくっく……漸く目覚めたか、紅髪の勇者ユーリよ」
伯爵もまたオーラを纏っていく。
紫色。あれは魔物固有のものだ。
信じられない。でも、間違いない。
伯爵は魔物に乗っ取られている。
そして、その魔物の目的はわたくしとユーリだ。
