余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。

高い塀に囲まれた城の中。
その中庭には多数の戦傷者の方々が横たわっていた。
その数はざっと百人は下らない。

いずれも顔面蒼白で息も絶え絶え。
患部や吐き出される息からは紫色の靄が見て取れる。
個人差はあれど、全体的にかなり深刻な状態ね。
一刻も早く処置しなければ。

「状況は?」

クリストフ様が中年の騎士と話をし始めた。
お相手は現場の指揮官であるようだ。
テキパキと戦況や、追加で運ばれてくる予定の患者様の数などを確認していく。

「なら、問題ないな」
「……と、仰いますと?」
「君。至急王都に戻って教皇様に連絡を。シャロンをここに連れてきてくれ」

クリストフ様が命じたそのお相手は、わたくし達をこの地まで導いてくれた青年騎士コリン様だった。

「よっ、よろしいのですか? まだ戦闘は続いているとのことですが」
「討伐は済んだとお伝えしろ」
「うっ、嘘の報告をしろと!?」
「嘘ではない。直に済む」

アイスブルーの瞳に光が宿った。
加勢されるおつもりなのね!
わたくしはあまりの嬉しさに、控えめにガッツポーズをした。

そんなわたくしを見て、クリストフ様はふんっと子供のように鼻を鳴らす。
ズルい人。どうにも憎めないのよね。

「っ! しょっ、承知致しました。ご武運を」

コリン様もクリストフ様の覚悟を汲み取ったようだ。
一礼の上、勢いよく駆け出す。

転移装置を駆使すれば王都までは一時間程度。
諸々スムーズに運べば、二~三時間ほどでシャロン様をお連れすることが出来るだろう。

「安堵致しました。これで余すことなく患者様をお救いすることが出来そうです」
「…………」

クリストフ様は無言のまま向きを変えた。
その先には『常闇の森』へと続く大門がある。
いよいよお別れですね。

「…………………………感謝する」
「えっ?」

直後、クリストフ様のお姿が消えた。
高速魔法の颯を使ったのだろう。

思わず笑ってしまうぐらい一方的で、素っ気のないお別れ。
何ともまぁ、わたくし達らしい最後ですね。
くすくすと笑いつつ、クリストフ様が走り去ったであろう方角に向かって礼をする。

「ありがとうございました。どうかお元気で」
「大丈夫よ。『聖光』なんてなくたって、アタシが何とかするから」
「なりません! 奥様、どうかお戻りください!」

聞き馴染みのある声。
もしやと思い、声の出所を探ると……案の定そこにはミラの姿があった。

深緑色の軍服姿。
薄茶色の長い髪は、変わらずポニーテールにしている。
笑顔を振りまきながら患者様の治療にあたっているけれど、その顔は酷くやつれていて無理をしているのは明白だった。

「ミラ、ありがとう。もう結構です」
「っ! エレノア様……?」

驚くミラに笑顔で応える。
一方のミラは激しく動揺し出して。

「どう、して……?」
「これがわたくしの務めですから」
「~~っ、誰よ!? 誰がエレノア様をこんなところ、に――」
「奥様!!」

ミラはしゃがみ込んでしまった。
口元を強く押さえている。悪阻だ。
聞いていた通りかなり悪いみたい。

「お体に障ります。どなたかミラをベッドへ」
「ダメです。ダメ……っ、そんな体で魔法なんて使ったりしたら」
「見届けるのだ、ミラ」

車椅子に乗った初老の男性が声を掛けてくる。
フォーサイス辺境伯家のご当主ハーヴィー様だ。

「お前は語り部となるのだ。後世に……ユーリに、ルーベンに伝えてあげなさい。聖女エレノアの生き様を」
「……っ」

ミラが固く手を握り締める。
何か言いかけたけど、ぐっと呑み込んで――最後には大きく頷いてくれた。
ごめんなさいね、ミラ。ありがとう。

「……ハーヴィー様、恐れながら一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「何でも言ってくれ」
「もしもわたくしが倒れるようなことがあったら、その時は皆様に『大事ない』とお伝えいただけますか? その上でお部屋に運んでいただけると、大変ありがたいのですが」
「心得た」

ハーヴィー様は返事をするなり、自身の背後に立つ従者の男性に目配せをした。
男性はハーヴィー様に一礼した後に、周囲にいる治癒術師の方々にこっそりと指示を出していく。

これで一安心ね。
仮にこの場で命を落としたとしても誤魔化すことが出来る。
その後の細かな調整については……まぁ、ミシェルお兄様が上手くやってくれるでしょう。

ふっと小さく息をついて、中庭の中央へ。
次第に負傷した戦士の方々が、わたくしの存在に気付き始める。

「あの方は聖女エレノア様では……?」
「何と! こいつはありがたい!」
「助かった。~~っ、助かるぞ、みんな!!」

患者様の瞳に希望の光が灯っていく。
各々が帰りたい場所や、愛する人達の姿を思い浮かべているのだろう。

「ユーリ、ルー……」

はっと我に返り、直ぐに首を左右に振った。
浮かびかけたエゴを笑顔で覆い隠す。

「お待たせしました。治療を開始致します」

歓声が鳴り響く中、そっと目を閉じた。
意識を集中させて、上空に霧がかった虹色の魔法陣を展開させていく。

「……っ」

命を焚べていく。
一日、二日、一カ月、二か月……。
寿命がみるみるうちに削られていくのが分かる。
けれど、構わず続けていく。
一人でも多く患者様をお救いするために。

「きれい……」

誰かが呟いた。
見上げれば、彩雲のような小さな雲から白い光の粒が舞い落ちてきている。
ふんわり、ゆったりと。宛ら粉雪のようだ。

「ああ……っ」
「おぉ!」

それらの光を受けるなり、患者様の体に変化が現れ始める。
紫色の靄は薄れて、息遣いも穏やかに。
顔色も良くなり、笑顔も見られるようになった。

「……良かった」

ほっと息をつく。
それと同時に膝に力が入らなくなった。体がぐらりと傾く。

「聖女様、お気を確かに」

石畳が眼下に。体は半分宙に浮いたような状態になっている。
そう。抱き留めてくださったのね。

顔を上向けると、黒髪短髪の深緑色の軍服姿の女性の姿があった。
『ありがとう』と伝えたくて口を開くけど、声が――出なかった。
終わりが近い。

周囲がどよめき出す。
だけど、手筈通りに事が進んだお陰で大きな騒ぎにはならずに済んだ。
感謝してもしきれない。

「治療は……もう結構です」

ベッドに寝かせていただいて間もなく、わたくしはそうお伝えした。
治癒術師の方々はかなり困惑した様子で、それぞれ顔を見合わせている。

「しかし――」
「どうかお早く患者様のもとへ。まだ治療を必要とされているはずです」
「聖女様……」
「それと……あと二~三時間ほどで王都から聖女シャロン様がいらっしゃいます。重ねてお手数をおかけしますが、サポートをしてあげてください」

返事はなく、皆一様に押し黙ってしまった。
膠着状態が続く――かのように思われたけれど、先陣を切るようにして一人の男性が。
それに続いて、残りの治癒術師の方々も部屋を後にしていった。

フォーサイスの従者の方々にも、「少し休みたいから」と伝えて一人にしてもらう。

「ふぅ……これで一安心ね……」

深く息をつく。巾着袋は……良かった。ちゃんとあるわね。
中から一枚のハンカチを取り出して、そっと胸に抱く。

アンナに作ってもらったブライダルハンカチだ。
右端には『Y』と刺繍され、その周囲はハルジオンの花で囲われている。
揃いの『E』の刺繍が入ったハンカチは、ユーリが持っている。
今もきっと。肌身離さずに。

「……?」

不意に温もりを感じた。
誰かがわたくしの手を握っている……?
重たい瞼を持ち上げる。
するとそこには、ミラの姿があった。