「うっ! あぅ!」
ルーをそっと抱き上げる。
何も知らない彼はただ無邪気に笑って、わたくしの若葉色のドレスの胸に顔を埋めている。
わたくしは目尻が熱くなるのを感じながら、ルーの額にそっと口付けた。
「ルー、愛しているわ。……信じてもらえないかもしれないけれど、本当よ」
「信じて……っ、くださいますよ」
「アンナ……」
「……っ、アタシが話して聞かせますから! お分かりいただけるまで、何度でも!!」
涙で濡れた黄緑色の瞳。
けれど、その瞳には強い意思が宿っていた。
ねえ、ルー。わたくしも貴方も果報者ね。
こんなにも優しくて、頼もしい女性に支えられて。
「ありがとう。ルーのこと、お願いね」
「~~っ、はい」
「うっ、……あぅ」
アンナにルーを託す。
彼女は主人であるルーをぎゅっと抱き締めた。
ルーは泣かない。
もしかしたら、彼なりの優しさであるのかもしれない。
どうかそのままで。アンナへの感謝を忘れずに、大切にしてあげてね。
「こんな時ぐらい涙を見せたらどうだ」
投げかけてきたのはクリストフ様だった。
一見すると呆れ顔。
だけど、よくよく見てみると悔しがっている。
頑固ですね。
貴方とわたくしは違う。
いい加減、ご理解いただきたいのですが……。
「まったく……可愛げのない」
「ええ。十年前から変わりなく」
「ああ。まるで進歩がない。君を選ばずにおいて正解だったよ」
これだけ言いたい放題なんですもの、わたくしも少しぐらい……いえ、遠慮は要らないわね。
これが最後なんですもの、最後ぐらいガツンと言わせていただきましょう。
「何を嗤っている」
「いえね。まったく仰る通りだなと思いまして」
言いながら、紺色の巾着袋に手を伸ばす。
取り出したのは白いレースの扇子だ。それを開いて口元を隠す。
目元には、枢機卿仕込みの隙のない笑みを浮かべた。
「……何が言いたい」
「仰る通り、わたくしでは貴方の妻は務まらなかったでしょう。わたくしはシャロン様のように、貴方のことを甘やかしたりはしませんから」
「~~っ、貴様――」
「貴方は勇者です。誰が何と言おうと、貴方自身がいくら否定しようとも、貴方は変わらず、勇者なのです」
アイスブルーの瞳が一層暗く沈む。
十年前、わたくしに深い失望の念を抱いた時のことを思い出している。
『やはり私達は分かり合えない』と、そう思っているのでしょうね。
残念ながらその通りです。
ですが……だからこそ、お送り出来る言葉がある。
「貴方が真に守るべきものはなんですか? どうか見誤らないでください」
アイスブルーの瞳が大きく揺れた。
顎に力を込めている。何かをぐっと堪えているみたい。
それは怒りでしょうか? それとも悲しみ? 喜び?
何かが変わったと信じたい。
願わくばその何かが反抗に――お人形からの脱却に繋がればと。
「生意気な」
「琴線に触れまして?」
「自惚れるな」
「まぁ、怖い」
くすくすと一頻り笑うと、ぱたりと音を立てて扇子を閉じた。
わたくしが出来るのはここまでね。
後はユーリに任せるとしましょう。
「無駄話はこれで終いだ。さっさと行くぞ」
「ええ」
「君も同行しろ。戦傷者のもとまで案内するんだ」
「はっ! 承知致しました」
クリストフ様とコリン様が歩き出す。
振り返ると、アンナがルーを抱えたまま深々と頭を下げていた。
神よ、どうかあの二人に祝福を。
未来を明るくお照らしください。
「……さようなら」
大聖堂を後にする。
王都にはもう二度と戻ることはないのだろう。
そんな確信に近い予感を肌で感じながら。
ルーをそっと抱き上げる。
何も知らない彼はただ無邪気に笑って、わたくしの若葉色のドレスの胸に顔を埋めている。
わたくしは目尻が熱くなるのを感じながら、ルーの額にそっと口付けた。
「ルー、愛しているわ。……信じてもらえないかもしれないけれど、本当よ」
「信じて……っ、くださいますよ」
「アンナ……」
「……っ、アタシが話して聞かせますから! お分かりいただけるまで、何度でも!!」
涙で濡れた黄緑色の瞳。
けれど、その瞳には強い意思が宿っていた。
ねえ、ルー。わたくしも貴方も果報者ね。
こんなにも優しくて、頼もしい女性に支えられて。
「ありがとう。ルーのこと、お願いね」
「~~っ、はい」
「うっ、……あぅ」
アンナにルーを託す。
彼女は主人であるルーをぎゅっと抱き締めた。
ルーは泣かない。
もしかしたら、彼なりの優しさであるのかもしれない。
どうかそのままで。アンナへの感謝を忘れずに、大切にしてあげてね。
「こんな時ぐらい涙を見せたらどうだ」
投げかけてきたのはクリストフ様だった。
一見すると呆れ顔。
だけど、よくよく見てみると悔しがっている。
頑固ですね。
貴方とわたくしは違う。
いい加減、ご理解いただきたいのですが……。
「まったく……可愛げのない」
「ええ。十年前から変わりなく」
「ああ。まるで進歩がない。君を選ばずにおいて正解だったよ」
これだけ言いたい放題なんですもの、わたくしも少しぐらい……いえ、遠慮は要らないわね。
これが最後なんですもの、最後ぐらいガツンと言わせていただきましょう。
「何を嗤っている」
「いえね。まったく仰る通りだなと思いまして」
言いながら、紺色の巾着袋に手を伸ばす。
取り出したのは白いレースの扇子だ。それを開いて口元を隠す。
目元には、枢機卿仕込みの隙のない笑みを浮かべた。
「……何が言いたい」
「仰る通り、わたくしでは貴方の妻は務まらなかったでしょう。わたくしはシャロン様のように、貴方のことを甘やかしたりはしませんから」
「~~っ、貴様――」
「貴方は勇者です。誰が何と言おうと、貴方自身がいくら否定しようとも、貴方は変わらず、勇者なのです」
アイスブルーの瞳が一層暗く沈む。
十年前、わたくしに深い失望の念を抱いた時のことを思い出している。
『やはり私達は分かり合えない』と、そう思っているのでしょうね。
残念ながらその通りです。
ですが……だからこそ、お送り出来る言葉がある。
「貴方が真に守るべきものはなんですか? どうか見誤らないでください」
アイスブルーの瞳が大きく揺れた。
顎に力を込めている。何かをぐっと堪えているみたい。
それは怒りでしょうか? それとも悲しみ? 喜び?
何かが変わったと信じたい。
願わくばその何かが反抗に――お人形からの脱却に繋がればと。
「生意気な」
「琴線に触れまして?」
「自惚れるな」
「まぁ、怖い」
くすくすと一頻り笑うと、ぱたりと音を立てて扇子を閉じた。
わたくしが出来るのはここまでね。
後はユーリに任せるとしましょう。
「無駄話はこれで終いだ。さっさと行くぞ」
「ええ」
「君も同行しろ。戦傷者のもとまで案内するんだ」
「はっ! 承知致しました」
クリストフ様とコリン様が歩き出す。
振り返ると、アンナがルーを抱えたまま深々と頭を下げていた。
神よ、どうかあの二人に祝福を。
未来を明るくお照らしください。
「……さようなら」
大聖堂を後にする。
王都にはもう二度と戻ることはないのだろう。
そんな確信に近い予感を肌で感じながら。
