白いレースのカーテンから、淡い陽ざしが差し込んでくる。
心地のいい朝ね。
小鳥達の楽し気な囀りにも心癒される。
わたくしは今、白い天蓋付きのベッドで眠っている。
傍らには馴染みの白い軍服姿のユーリが。
わたくしの手を握り、そっと微笑みかけてくれている。
「ご出発前に見ていただきたいものがあるの」
「何でしょう?」
「一番上の引き出しを開けてみて」
ユーリは促されるまま白いチェストの引き出しを開けた。
中には木製のプレートが。
その上には、一枚のハンカチが置かれていた。
真っ白なリネンで織られたそのハンカチには、イニシャルの『R』とハルジオンの花の刺繍が施されている。
「Rってことはルーの?」
「妬かないで」
「別に? 妬いてませんけど?」
ユーリはわざとっぽく唇をすぼませた。
その顔があまりにもおかしくて、吹き出すようにして笑う。
「感想は?」
「そうですね……。手作り感があっていいと思います」
「ふふっ、正直ね」
ユーリのぎこちない笑顔が意味する通り、お世辞にも出来は良くなかった。
ガタガタな上にグラデーションもない、酷く単調な仕上がりだ。
師であるアンナの刺繍にあるような精巧さもなければ、瑞々しさも感じられない。
「ルーは嫌がるかしら?」
「拒否するなら、親子の縁を切ります」
「まぁ? 乱暴ね」
「分かったな、ルー。大切にしろよ」
ユーリはそう言って、ベビーベッドにいる『ルー』ことルーベンの胸元にハンカチを置いた。
でも、ルーはハンカチを手に取らない。
ちらりと一瞥しただけで、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「あらあら、早くも絶縁の危機かしら?」
「にゃろ……」
怒りに身を震わせるユーリを愛でつつ、どこまでもマイペースなルーにそっと語りかける。
「ねえ、ルー。チェストの上にお鉢があるでしょう。そこにはね、その刺繍のお花が植わっているの。お父様がわたくしにくださったお花の子供の……そのまた子供の種が」
「春の花だから……咲くのは二、三か月後ぐらいか」
「楽しみね。一緒に見られると良いのだけれど」
難しいかもしれない。きっと皆がそう思っているのでしょうね。
だけど、何も言わずにおいてくれている。皆の優しさが身に染みるわ。
「そろそろ行きます」
「気を付けて。ご武運をお祈りしています」
ユーリは静かに頷くと、重たい瞬きをするルーの頬をぷにっと突いた。
「俺が留守の間、母様のことはお前に任せたからな」
「うヴッ!」
「おう。いい返事だ」
ユーリは歯を出して笑うと、そのままルーの額にキスを。
流れるようにわたくしの唇にもキスを落とした。
「それじゃ」
「ええ」
「…………」
去り際、ユーリは一度振り返ったけど、結局何も言わずに部屋を後にした。
名残惜しかったのね。わたくしも同じ思いですよ、ユーリ。
深く息をついて白い天蓋を見上げる。
ユーリが向かったのは『常闇の森』。
その目的は、突如として現れた魔物の軍団の討伐だ。
「何でまた……よりにもよってユーリ様に……」
堪らずといった具合にアンナが零した。
わたくしはそんな彼女の気遣いに感謝しつつ、首を左右に振る。
「仕方がないわ。今、出陣可能な勇者は彼だけなんですもの」
「障碍をお持ちのハーヴィー様はともかく、クリストフ様はその……仮病じゃないですか」
「言葉が過ぎますよ、アンナ」
「……申し訳ございません」
これはわたくしの勝手な予想だけど……クリストフ様は今、板挟みになっているのではないかと思っている。
彼もまた優秀な戦士。長きに渡り戦線に立ち続けてきたお方だ。
故にもう悟られているはず。
魔族殲滅の観点から見れば、現国王派の選択は正しい。
今こそ身分の垣根を越えて、一致団結すべきなのだと。
けれど、クリストフ様は身内の方々には逆らえない。
言葉を選ばずに評するのなら『傀儡』。
これまでずっと、彼らに命じられるまま『古典的な勇者』を演じてきた。
唯一の反抗と言えば、シャロン様との婚約を強行したぐらいのもの。
もしかしたら、あの一件でますます頭が上がらなくなってしまったのかもしれない。
『本当にそれでいいのですか?』『一生操り人形のままでいるおつもりですか?』などと、問い詰めたいところではあるけれど、あの分だともう……会ってはくださらないでしょうね。
申し訳ないけど、この件もユーリに託すとしましょう。
「お嬢様、私からも一つよろしいでしょうか?」
ベテランメイドのサリーだ。彼女はとても寡黙で、こうして話題を振ってくること自体かなり珍しいことだった。
何かしら……? と、少々緊張しつつも先を促す。
「治癒術師ミラ様に代わってパーティーに加わる方々の力量は、正直なところ如何ほどのものなのでございましょうか?」
「えっ!? ミラ様、ご一緒じゃないんですか!?」
「そうなの。つい先日、妊娠していることが分かってね」
「おっ、おめでた!」
「ええ。けど、初産なのもあってか悪阻が酷いらしくて。今回の作戦への参加は、見送りとなってしまったの」
「そっ、それは仕方ないですね。母体とお子様優先なのは当然ですし! でも……」
「大丈夫よ。いずれも王国屈指の実力者揃いだそうだから」
「……左様でございますか」
「おっ、おぉ! そっ、それなら大丈夫……ですかね?」
「ええ。ですが、念のため祈るとしましょう。皆の無事を祈って」
アンナやサリー、他の従者の皆と共に祈りを捧げる。
残された時間は残り三か月。
神よ。どうか一日も早くユーリを、皆をお返しください。
焦りと後悔ばかりが募っていく。
そんなわたくしを他所に、窓の外の小鳥達は変わらず楽し気な声で囀っていた。
心地のいい朝ね。
小鳥達の楽し気な囀りにも心癒される。
わたくしは今、白い天蓋付きのベッドで眠っている。
傍らには馴染みの白い軍服姿のユーリが。
わたくしの手を握り、そっと微笑みかけてくれている。
「ご出発前に見ていただきたいものがあるの」
「何でしょう?」
「一番上の引き出しを開けてみて」
ユーリは促されるまま白いチェストの引き出しを開けた。
中には木製のプレートが。
その上には、一枚のハンカチが置かれていた。
真っ白なリネンで織られたそのハンカチには、イニシャルの『R』とハルジオンの花の刺繍が施されている。
「Rってことはルーの?」
「妬かないで」
「別に? 妬いてませんけど?」
ユーリはわざとっぽく唇をすぼませた。
その顔があまりにもおかしくて、吹き出すようにして笑う。
「感想は?」
「そうですね……。手作り感があっていいと思います」
「ふふっ、正直ね」
ユーリのぎこちない笑顔が意味する通り、お世辞にも出来は良くなかった。
ガタガタな上にグラデーションもない、酷く単調な仕上がりだ。
師であるアンナの刺繍にあるような精巧さもなければ、瑞々しさも感じられない。
「ルーは嫌がるかしら?」
「拒否するなら、親子の縁を切ります」
「まぁ? 乱暴ね」
「分かったな、ルー。大切にしろよ」
ユーリはそう言って、ベビーベッドにいる『ルー』ことルーベンの胸元にハンカチを置いた。
でも、ルーはハンカチを手に取らない。
ちらりと一瞥しただけで、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「あらあら、早くも絶縁の危機かしら?」
「にゃろ……」
怒りに身を震わせるユーリを愛でつつ、どこまでもマイペースなルーにそっと語りかける。
「ねえ、ルー。チェストの上にお鉢があるでしょう。そこにはね、その刺繍のお花が植わっているの。お父様がわたくしにくださったお花の子供の……そのまた子供の種が」
「春の花だから……咲くのは二、三か月後ぐらいか」
「楽しみね。一緒に見られると良いのだけれど」
難しいかもしれない。きっと皆がそう思っているのでしょうね。
だけど、何も言わずにおいてくれている。皆の優しさが身に染みるわ。
「そろそろ行きます」
「気を付けて。ご武運をお祈りしています」
ユーリは静かに頷くと、重たい瞬きをするルーの頬をぷにっと突いた。
「俺が留守の間、母様のことはお前に任せたからな」
「うヴッ!」
「おう。いい返事だ」
ユーリは歯を出して笑うと、そのままルーの額にキスを。
流れるようにわたくしの唇にもキスを落とした。
「それじゃ」
「ええ」
「…………」
去り際、ユーリは一度振り返ったけど、結局何も言わずに部屋を後にした。
名残惜しかったのね。わたくしも同じ思いですよ、ユーリ。
深く息をついて白い天蓋を見上げる。
ユーリが向かったのは『常闇の森』。
その目的は、突如として現れた魔物の軍団の討伐だ。
「何でまた……よりにもよってユーリ様に……」
堪らずといった具合にアンナが零した。
わたくしはそんな彼女の気遣いに感謝しつつ、首を左右に振る。
「仕方がないわ。今、出陣可能な勇者は彼だけなんですもの」
「障碍をお持ちのハーヴィー様はともかく、クリストフ様はその……仮病じゃないですか」
「言葉が過ぎますよ、アンナ」
「……申し訳ございません」
これはわたくしの勝手な予想だけど……クリストフ様は今、板挟みになっているのではないかと思っている。
彼もまた優秀な戦士。長きに渡り戦線に立ち続けてきたお方だ。
故にもう悟られているはず。
魔族殲滅の観点から見れば、現国王派の選択は正しい。
今こそ身分の垣根を越えて、一致団結すべきなのだと。
けれど、クリストフ様は身内の方々には逆らえない。
言葉を選ばずに評するのなら『傀儡』。
これまでずっと、彼らに命じられるまま『古典的な勇者』を演じてきた。
唯一の反抗と言えば、シャロン様との婚約を強行したぐらいのもの。
もしかしたら、あの一件でますます頭が上がらなくなってしまったのかもしれない。
『本当にそれでいいのですか?』『一生操り人形のままでいるおつもりですか?』などと、問い詰めたいところではあるけれど、あの分だともう……会ってはくださらないでしょうね。
申し訳ないけど、この件もユーリに託すとしましょう。
「お嬢様、私からも一つよろしいでしょうか?」
ベテランメイドのサリーだ。彼女はとても寡黙で、こうして話題を振ってくること自体かなり珍しいことだった。
何かしら……? と、少々緊張しつつも先を促す。
「治癒術師ミラ様に代わってパーティーに加わる方々の力量は、正直なところ如何ほどのものなのでございましょうか?」
「えっ!? ミラ様、ご一緒じゃないんですか!?」
「そうなの。つい先日、妊娠していることが分かってね」
「おっ、おめでた!」
「ええ。けど、初産なのもあってか悪阻が酷いらしくて。今回の作戦への参加は、見送りとなってしまったの」
「そっ、それは仕方ないですね。母体とお子様優先なのは当然ですし! でも……」
「大丈夫よ。いずれも王国屈指の実力者揃いだそうだから」
「……左様でございますか」
「おっ、おぉ! そっ、それなら大丈夫……ですかね?」
「ええ。ですが、念のため祈るとしましょう。皆の無事を祈って」
アンナやサリー、他の従者の皆と共に祈りを捧げる。
残された時間は残り三か月。
神よ。どうか一日も早くユーリを、皆をお返しください。
焦りと後悔ばかりが募っていく。
そんなわたくしを他所に、窓の外の小鳥達は変わらず楽し気な声で囀っていた。
