結婚式から約一年後。
わたくしは元気な男の子を産んだ。
顔立ちはわたくしと瓜二つ。
ミルキーブロンドの髪に、薄い唇、睫毛は重く、目尻はくったりと垂れ下がっている。
ユーリとの共通点は瞳の色だけだ。
わたくしと瓜二つの容姿にユーリの瞳がのっている。
その事実に触れるたび、彼との間に命を授かったのだと実感して嬉しくなった。
「レイ、お願い。一度だけでいいから抱いてみてくれない?」
「泣かせるだけですよ」
「大丈夫だよ。似たような髪型してるんだし、上手くやれるって」
「あ゛? ビル、テメェ……またテキトーこきやがって――」
「ほらっ、いいからいいから」
「っ! 止せって」
今ビルの腕の中には、わたくしとユーリの子がいる。
その子は白いチュニックにしっかりとしがみつきながらも、興味津々といった具合にレイのことをじっと見つめていた。
「……師匠、俺からも頼むよ」
「あ? ユーリ、お前まで何言っ――」
レイはユーリと目を合わせるなり、口を噤んだ。
彼が涙目になっていたからだ。
わたくしは知っている。とっても切ないその訳を。
「はい、レイモンドおじちゃんだよ~」
「っ! おい――」
ビルが透かさず赤ちゃんを押し付ける。
逃げ場を失ったレイは、舌打ち一つにその子を抱いた。
「うっ……あう……」
赤ちゃんは泣かなかった。
レイの顎髭に興味があるのか、ぐっぐっと懸命に腕を伸ばしている。
「ふふっ、お髭、触らせてあげたら?」
「勘弁しろよ。ぜってー抜かれんだろうが――」
「何でだよ!!!」
不意にユーリが叫んだ。
驚き、戸惑うレイを他所にユーリが続ける。
「何で、俺だけ……」
「はぁ? まさかお前、自分のガキに嫌われてんのか?」
「っ! ぐっ……」
「へぇ~?」
レイは赤ちゃんを抱えたままユーリのもとへ。
ビルがしたのと同じ要領で赤ちゃんを手渡そうとするけど――。
「うえぇえ!!! うぅ!!! ああぁあああん!!!!」
赤ちゃんは泣き出してしまった。
彼と揃いの瞳が、絶望の色に染まっていく。
「はっはっはっは! すっげぇ嫌われようだな、おい!」
「うっせぇ!!!」
「不思議よねぇ~……」
ユーリは子供からとてもよく好かれる。
引き出しがとても豊富で、どんな子供とも直ぐに仲良くなってしまうのだけれど……我が子に限って、どうしてこうも上手くいかないのかしら?
小首を傾げていると、扉がノックされた。
現れたのは紺のスーツ姿の屈強な男性。ミラの夫のルイス様だ。
赤ちゃんの姿を認めるなり、蕩けるような笑顔を浮かべる。
子供がお好きなのね、なんて微笑ましく思っていたら、ルイス様がとんでもないことを口にし出す。
「それ、たぶん嘘泣きですよ」
「「「「!!?」」」」
わたくしに限らず、部屋に控えていたメイドや執事達までもが驚愕する。
「どうして、そう思うの?」
ビルが代弁してくれた。
ルイス様は微笑みを湛えたまま赤ちゃんに近付いて、そっと顔を覗き込む。
「ほら見て。涙、出てないでしょ」
「あ……ほんとだ……」
ユーリはまだ放心状態にあるみたいだ。
目も口も、お魚みたいにパックリと開いたままになっている。
「好きすぎて素直になれないっていうか……。たぶん、照れているだけだと思うよ」
「……拗らせ過ぎだろ」
「まぁまぁ。焦らずこの子のペースに合わせてあげなよ」
「……そうっすね」
ルイス様とビルの助言を受けて、ユーリが微苦笑を浮かべる。
その困り顔は、何だかとても父親らしく見えた。
婚約者から夫、そして父親へ。
変わりゆく貴方を傍で見守れることに、無上の喜びを感じる。
「そう言えばこの子のお名前は?」
「それがまだなんだ。エラに色々と考えてもらってるんだけど――」
「ふふっ、お待たせしてしまってごめんなさいね。実はね、今朝方漸く決まったの」
「っ! 本当ですか?」
「ええ。お父様からも許可をいただきました」
「でっ、では教えてください。コイツの名前は?」
栗色の瞳が爛々と輝き出す。
こんなにも楽しみにしていてくれていたなんて。
妻冥利、母親冥利に尽きるというものね。
コホンと咳払いをして、少々胸を張って発表する。
「ルーベン」
「……ルーベン?」
「『神の書』の編纂者。聖教の歴史に名を刻む、偉大なるお方の名です」
三大聖教一族カーライルには、命名において明確なしきたりがある。
天使様か、聖教にまつわる偉人の方々から名を拝借すること。
それ以外は決して認められない。
かく言うわたくしもそう。
博愛の天使様からその名を拝借し、その名に恥じぬ生き方をするよう幼い頃から強く言いつけられてきている。
「加えて『その子を見よ。息子を見よ』という由来を持ちます」
この子には聖者の血が流れている。
だけど、必ずしも発現するわけじゃない。
どちらかといえば、発現しない確率の方が高いぐらいだ。
何せ、わたくしの誕生以降――つまりは、三十年経ってもなお次なる聖者・聖女は生まれてきていないのだから。
だから、この名にした。
気休めにしかならないかもしれないけど、少しでもこの子の心を守ることに繋がれば、胸を張るきっかけになればと……そう願って。
「素敵な名前ですね」
ユーリはしっかりと真意を汲み取ってくれたみたいだ。
栗色の瞳に力が籠る。
この子を、ルーベンを守ろうと誓いを立ててくれているのかもしれない。
「ユーリもすっかりお父さんだね」
どうやらルイス様も似たような感想を抱いたようだ。
ユーリはそれを受けて、気恥ずかしそうに頭を掻いている。
「まぁ、前途多難だけどな。なぁ、ルーベン?」
ユーリがルーベンの頬を突くと、彼は瞬時に不満げな声を上げた。
けれど、ユーリがヘコむことはない。ルイス様とビルのお陰ね。
残された時間はあと半年。
起きていられる時間も、日に日に短くなってきた。
望むのはこんなふうな平穏な日常。
家族やお友達と過ごす穏やかな時間だけだった。
だけど、運命は無情だった。
ルーベンが生まれて一か月も経たないうちに、ユーリ達に出陣の命が下る。
『常闇の森』に出現した魔物の軍団を討伐せよ、と。
わたくしは元気な男の子を産んだ。
顔立ちはわたくしと瓜二つ。
ミルキーブロンドの髪に、薄い唇、睫毛は重く、目尻はくったりと垂れ下がっている。
ユーリとの共通点は瞳の色だけだ。
わたくしと瓜二つの容姿にユーリの瞳がのっている。
その事実に触れるたび、彼との間に命を授かったのだと実感して嬉しくなった。
「レイ、お願い。一度だけでいいから抱いてみてくれない?」
「泣かせるだけですよ」
「大丈夫だよ。似たような髪型してるんだし、上手くやれるって」
「あ゛? ビル、テメェ……またテキトーこきやがって――」
「ほらっ、いいからいいから」
「っ! 止せって」
今ビルの腕の中には、わたくしとユーリの子がいる。
その子は白いチュニックにしっかりとしがみつきながらも、興味津々といった具合にレイのことをじっと見つめていた。
「……師匠、俺からも頼むよ」
「あ? ユーリ、お前まで何言っ――」
レイはユーリと目を合わせるなり、口を噤んだ。
彼が涙目になっていたからだ。
わたくしは知っている。とっても切ないその訳を。
「はい、レイモンドおじちゃんだよ~」
「っ! おい――」
ビルが透かさず赤ちゃんを押し付ける。
逃げ場を失ったレイは、舌打ち一つにその子を抱いた。
「うっ……あう……」
赤ちゃんは泣かなかった。
レイの顎髭に興味があるのか、ぐっぐっと懸命に腕を伸ばしている。
「ふふっ、お髭、触らせてあげたら?」
「勘弁しろよ。ぜってー抜かれんだろうが――」
「何でだよ!!!」
不意にユーリが叫んだ。
驚き、戸惑うレイを他所にユーリが続ける。
「何で、俺だけ……」
「はぁ? まさかお前、自分のガキに嫌われてんのか?」
「っ! ぐっ……」
「へぇ~?」
レイは赤ちゃんを抱えたままユーリのもとへ。
ビルがしたのと同じ要領で赤ちゃんを手渡そうとするけど――。
「うえぇえ!!! うぅ!!! ああぁあああん!!!!」
赤ちゃんは泣き出してしまった。
彼と揃いの瞳が、絶望の色に染まっていく。
「はっはっはっは! すっげぇ嫌われようだな、おい!」
「うっせぇ!!!」
「不思議よねぇ~……」
ユーリは子供からとてもよく好かれる。
引き出しがとても豊富で、どんな子供とも直ぐに仲良くなってしまうのだけれど……我が子に限って、どうしてこうも上手くいかないのかしら?
小首を傾げていると、扉がノックされた。
現れたのは紺のスーツ姿の屈強な男性。ミラの夫のルイス様だ。
赤ちゃんの姿を認めるなり、蕩けるような笑顔を浮かべる。
子供がお好きなのね、なんて微笑ましく思っていたら、ルイス様がとんでもないことを口にし出す。
「それ、たぶん嘘泣きですよ」
「「「「!!?」」」」
わたくしに限らず、部屋に控えていたメイドや執事達までもが驚愕する。
「どうして、そう思うの?」
ビルが代弁してくれた。
ルイス様は微笑みを湛えたまま赤ちゃんに近付いて、そっと顔を覗き込む。
「ほら見て。涙、出てないでしょ」
「あ……ほんとだ……」
ユーリはまだ放心状態にあるみたいだ。
目も口も、お魚みたいにパックリと開いたままになっている。
「好きすぎて素直になれないっていうか……。たぶん、照れているだけだと思うよ」
「……拗らせ過ぎだろ」
「まぁまぁ。焦らずこの子のペースに合わせてあげなよ」
「……そうっすね」
ルイス様とビルの助言を受けて、ユーリが微苦笑を浮かべる。
その困り顔は、何だかとても父親らしく見えた。
婚約者から夫、そして父親へ。
変わりゆく貴方を傍で見守れることに、無上の喜びを感じる。
「そう言えばこの子のお名前は?」
「それがまだなんだ。エラに色々と考えてもらってるんだけど――」
「ふふっ、お待たせしてしまってごめんなさいね。実はね、今朝方漸く決まったの」
「っ! 本当ですか?」
「ええ。お父様からも許可をいただきました」
「でっ、では教えてください。コイツの名前は?」
栗色の瞳が爛々と輝き出す。
こんなにも楽しみにしていてくれていたなんて。
妻冥利、母親冥利に尽きるというものね。
コホンと咳払いをして、少々胸を張って発表する。
「ルーベン」
「……ルーベン?」
「『神の書』の編纂者。聖教の歴史に名を刻む、偉大なるお方の名です」
三大聖教一族カーライルには、命名において明確なしきたりがある。
天使様か、聖教にまつわる偉人の方々から名を拝借すること。
それ以外は決して認められない。
かく言うわたくしもそう。
博愛の天使様からその名を拝借し、その名に恥じぬ生き方をするよう幼い頃から強く言いつけられてきている。
「加えて『その子を見よ。息子を見よ』という由来を持ちます」
この子には聖者の血が流れている。
だけど、必ずしも発現するわけじゃない。
どちらかといえば、発現しない確率の方が高いぐらいだ。
何せ、わたくしの誕生以降――つまりは、三十年経ってもなお次なる聖者・聖女は生まれてきていないのだから。
だから、この名にした。
気休めにしかならないかもしれないけど、少しでもこの子の心を守ることに繋がれば、胸を張るきっかけになればと……そう願って。
「素敵な名前ですね」
ユーリはしっかりと真意を汲み取ってくれたみたいだ。
栗色の瞳に力が籠る。
この子を、ルーベンを守ろうと誓いを立ててくれているのかもしれない。
「ユーリもすっかりお父さんだね」
どうやらルイス様も似たような感想を抱いたようだ。
ユーリはそれを受けて、気恥ずかしそうに頭を掻いている。
「まぁ、前途多難だけどな。なぁ、ルーベン?」
ユーリがルーベンの頬を突くと、彼は瞬時に不満げな声を上げた。
けれど、ユーリがヘコむことはない。ルイス様とビルのお陰ね。
残された時間はあと半年。
起きていられる時間も、日に日に短くなってきた。
望むのはこんなふうな平穏な日常。
家族やお友達と過ごす穏やかな時間だけだった。
だけど、運命は無情だった。
ルーベンが生まれて一か月も経たないうちに、ユーリ達に出陣の命が下る。
『常闇の森』に出現した魔物の軍団を討伐せよ、と。
