真っ白な扉が開かれていく。
遥か遠くには青い薔薇窓。
その下には荘厳な造りの木製の主祭壇があり、そこにはユーリと司婚者であるセオお兄様、それからその助手であるアルお兄様の姿があった。
主祭壇までの距離は目測で百メートル以上。
そこに至るまでには、十人掛けのベンチが左右にずらりと並んでいる。
いずれも満席。となると、参列者の数は二千名ほど。
身の引き締まる思いね。
お父様に導かれるままゆっくりと歩いていく。
すると、頭の後ろのヴェールが小さく揺れ始めた。
子供達もかなり緊張しているみたい。
ふふっ、一緒に頑張りましょうね。
「つっ、ついた……」
「しっ! しずかに」
半ば永遠とも思えるほどの長い時間をかけて主祭壇の前に立つ。
元の調子を取り戻しつつあるブノワとイザベルを愛おしく思っていると、ユーリがわたくしの手を取った。
ヴェール越しに見た彼は穏やかだけど、どこか切なげな表情を浮かべていた。
「とても綺麗です」
「ふふっ、貴方もとっても素敵よ」
ユーリは純白のタキシードに身を包んでいた。
着丈の長いフロックコートに白いベスト、首にはミルキーブロンドのネクタイを締めている。
やはり貴方には白が似合う。
黒も捨てがたかったけど、試着の段階で散々堪能出来たからもう未練はないわ。
着せ替え人形にされてヘロヘロになっていた、そんなユーリの姿を思い返してふっと笑みを零す。
「人は皆、迷い、悩み、時に過ちを犯します。それでもなお、共に歩む相手を選ぶ自由を、神はお与えになった」
セオお兄様が神の教えを述べていく。
今日のお兄様はカズラと呼ばれるポンチョに似た貫頭衣と、コープと呼ばれるマントを身に纏っている。
仕立ては勿論、施されている刺繍も見事だ。
胸元から裾にかけて金糸で流れるように刺繍された蔦文様。
それらは絡まり、時に離れながらも伸びていって、背中にある一つの円環へと収束していく。
いずれも聖教のシンボルだ。
蔦は縁や継承を。円環は永続を意味している。
「リングボーイをここへ」
セオお兄様が促すと、左手前方の扉が開いた。
その先には覚束ない足取りで立つ男児の姿がある。
わたくしの姉ホリーの次男ジャンだ。
ダークブラウンの髪に濃紺の瞳。
上下白のスーツ姿で、手には白い籠を持っている。
言わずもがな中身は結婚指輪だ。
「ジャン! こっちよ! こっち!」
「ゆっくりでいいぞ。落ち着いて」
姉夫妻が最前列で懸命に呼び掛けている。
だけど――。
「「えっ……?」」
ジャンはアウト・オブ・眼中と言わんばかりに両親の前を素通りして、ユーリの前に立った。
小さなジャンの背後で、夫妻が哀愁を滲ませている。
「……ふっ、これでいいのよ。ユーリにだけ意識を向けさせることが出来たんですもの」
「そうさ。俺達はよくやったよ」
項垂れる姉夫妻の肩を、お父様が優しく抱く。
周囲からも生温かい視線が投げかけられている。
厚意を受けた夫妻はもはや涙目だ。お労しや……。
「よく頑張ったな。後でいっぱい遊んでやるからな」
気付けばユーリが籠を手にしていた。
これでジャンはしっかりと役目を果たしたことになる……のだけれど。
「うっ、……あぅ……あっ……」
ジャンは戻ろうとしない。
それどころか、ユーリに向かって手を伸ばしている。
何かをおねだりするような、そんな仕草だ。
「はぁ……分かった、分かった」
ユーリはアルお兄様に籠を手渡すと、ジャンを勢いよく抱っこしにかかった。
「きゃっははっ!!!」
「ほらほらほらっ、おぉ~! 高い高い~っ」
動きに合わせてお道化始める。
羞恥心は欠片もなく、かなり手慣れた様子だ。
わたくしにはそれが心底意外だった。
彼は一人っ子で、どこに行っても最年少。
世話を焼く側というよりは、焼かれる側のイメージの方が強かったのだけれど。
「驚きだわ。貴方にこんな才能があったなんて」
「俺はただ両親や、先生達がしてくれたことを真似しているだけですよ」
「「「まぁ♡」」」
「いやはや、これは何とも……」
会場中がしっとりじんわりとした雰囲気に包まれていく。
ユーリの亡き両親の思い、育ての親であるレイとビルの愛情深さに触れてのことだろう。
彼の言う『先生』であるビルは、お仲間や周囲の参列者の方々から絶賛されて擽ったそうにしている。
レイもユーリを抱っこしたり、遊んであげたりしていたのかしら?
強面な彼が幼いユーリを溺愛する、そんな姿を想像してつい笑ってしまった。
「ずるいぞ!」
「おかあさま、あたくしもユーリとあそびたい~!!」
ジャンを羨んでか、子供達が駄々を捏ね始める。
カーライルの親族だけかと思いきや、他貴族や平民の子供達までもが一様に不満を零していた。
大人気ね。この分だと、生まれてくる子に貴方を取られてしまうかも。
大人げなく嫉妬する自分の存在に気付いて、やれやれと首を左右に振る。
「はい、おしまい」
「あぅ! あぅ!」
「続きはまた後で。もっともっと。だから、なっ?」
「もっ……う、……ふぅ~~……んっ!」
納得してくれたようだ。
ジャンは深く頷くと、覚束ない足取りで姉夫妻の元へと向かって行く。
「すみません。お待たせしました」
司婚役のセオお兄様は呆れるでも怒るでもなく、ただ微笑みを湛えたまま頷き返した。
慈愛に満ちている。だけど、その一方でどこか無機質な……人間離れした輝きも放っている。
人々が求めて止まない『神の愛し子』のお姿だ。
だけど、やっぱりわたくしはありのままのお兄様の方が好き。
ガサツだけど涙脆くて正直な……そんなお兄様の方が。
「あぅ!?」
不意にジャンの体が傾いた。
パタパタと短い手を動かすけど、バランスを取り戻すのには至らなくて。
「危ない――っ」
ユーリが慌てて駆け出す。
その瞬間――ジャンの体が宙に浮いた。
シャボン玉のようにぷかぷかと。
「ああ! ジャン! 怪我はない???」
姉夫妻が駆け寄って、ジャンの無事を確認する。
今のは風魔法よね? お姉様もお義兄様も扱えなかったはず。
では、ユーリが?
……いいえ。あれは明らかに体で受け止めようとしていたわ。
「一体誰が?」
「へへっ」
ユーリははにかむと、それとなく指さした。
吹き抜け横の二階部分、柱の辺りを指しているようだ。
そこには誰の姿もない。
「そう。今日はあそこから見守ってくれているのね」
姿は見せずとも、ちゃんと参列してくれていたようだ。
ありがとうね、レイ。
「新郎ユーリ。新婦エレノアのヴェールを上げてください」
ユーリの白い手がヴェールに触れる。
その手の動きは少々硬かった。
緊張しているのね。わたくしと同じように。
頬が緩む。つられるようにしてユーリの頬も。
ヴェールが上がると、お兄様はユーリ、わたくしの順で問いかけていった。
永久の愛を誓うか否か。
ユーリはやや前のめりに、わたくしは間を置いてしっかりと答えた。
「では、指輪の交換を」
互いの薬指にプラチナの指輪がはまる。
装飾は何も施されていない。
色々考えてはみたものの、飾らないシンプルなものの方がわたくし達にふさわしいような気がしてこの形を選んだ。
後悔はしていない。たぶんこれから先もずっと。
「未来永劫、貴方だけを愛します」
誓いの言葉と共に口付けられる。
降り積もる雪のようにそっと静かに。
「いいぞ! ユーリ!!」
「素敵ね」
「お幸せにー!!!」
歓声が広がっていく。
その波はマナーを重んじる貴族の方々にまで及んでいった。
まさに割れんばかりだ。
わたくしはユーリの肩に頭を預けながら、この瞬間を胸に刻み込んでいった。
深く深く。決して薄れることのないように。
残された寿命は一年と半年。
その時は、ゆっくりとだけど確実に近付きつつあった。
遥か遠くには青い薔薇窓。
その下には荘厳な造りの木製の主祭壇があり、そこにはユーリと司婚者であるセオお兄様、それからその助手であるアルお兄様の姿があった。
主祭壇までの距離は目測で百メートル以上。
そこに至るまでには、十人掛けのベンチが左右にずらりと並んでいる。
いずれも満席。となると、参列者の数は二千名ほど。
身の引き締まる思いね。
お父様に導かれるままゆっくりと歩いていく。
すると、頭の後ろのヴェールが小さく揺れ始めた。
子供達もかなり緊張しているみたい。
ふふっ、一緒に頑張りましょうね。
「つっ、ついた……」
「しっ! しずかに」
半ば永遠とも思えるほどの長い時間をかけて主祭壇の前に立つ。
元の調子を取り戻しつつあるブノワとイザベルを愛おしく思っていると、ユーリがわたくしの手を取った。
ヴェール越しに見た彼は穏やかだけど、どこか切なげな表情を浮かべていた。
「とても綺麗です」
「ふふっ、貴方もとっても素敵よ」
ユーリは純白のタキシードに身を包んでいた。
着丈の長いフロックコートに白いベスト、首にはミルキーブロンドのネクタイを締めている。
やはり貴方には白が似合う。
黒も捨てがたかったけど、試着の段階で散々堪能出来たからもう未練はないわ。
着せ替え人形にされてヘロヘロになっていた、そんなユーリの姿を思い返してふっと笑みを零す。
「人は皆、迷い、悩み、時に過ちを犯します。それでもなお、共に歩む相手を選ぶ自由を、神はお与えになった」
セオお兄様が神の教えを述べていく。
今日のお兄様はカズラと呼ばれるポンチョに似た貫頭衣と、コープと呼ばれるマントを身に纏っている。
仕立ては勿論、施されている刺繍も見事だ。
胸元から裾にかけて金糸で流れるように刺繍された蔦文様。
それらは絡まり、時に離れながらも伸びていって、背中にある一つの円環へと収束していく。
いずれも聖教のシンボルだ。
蔦は縁や継承を。円環は永続を意味している。
「リングボーイをここへ」
セオお兄様が促すと、左手前方の扉が開いた。
その先には覚束ない足取りで立つ男児の姿がある。
わたくしの姉ホリーの次男ジャンだ。
ダークブラウンの髪に濃紺の瞳。
上下白のスーツ姿で、手には白い籠を持っている。
言わずもがな中身は結婚指輪だ。
「ジャン! こっちよ! こっち!」
「ゆっくりでいいぞ。落ち着いて」
姉夫妻が最前列で懸命に呼び掛けている。
だけど――。
「「えっ……?」」
ジャンはアウト・オブ・眼中と言わんばかりに両親の前を素通りして、ユーリの前に立った。
小さなジャンの背後で、夫妻が哀愁を滲ませている。
「……ふっ、これでいいのよ。ユーリにだけ意識を向けさせることが出来たんですもの」
「そうさ。俺達はよくやったよ」
項垂れる姉夫妻の肩を、お父様が優しく抱く。
周囲からも生温かい視線が投げかけられている。
厚意を受けた夫妻はもはや涙目だ。お労しや……。
「よく頑張ったな。後でいっぱい遊んでやるからな」
気付けばユーリが籠を手にしていた。
これでジャンはしっかりと役目を果たしたことになる……のだけれど。
「うっ、……あぅ……あっ……」
ジャンは戻ろうとしない。
それどころか、ユーリに向かって手を伸ばしている。
何かをおねだりするような、そんな仕草だ。
「はぁ……分かった、分かった」
ユーリはアルお兄様に籠を手渡すと、ジャンを勢いよく抱っこしにかかった。
「きゃっははっ!!!」
「ほらほらほらっ、おぉ~! 高い高い~っ」
動きに合わせてお道化始める。
羞恥心は欠片もなく、かなり手慣れた様子だ。
わたくしにはそれが心底意外だった。
彼は一人っ子で、どこに行っても最年少。
世話を焼く側というよりは、焼かれる側のイメージの方が強かったのだけれど。
「驚きだわ。貴方にこんな才能があったなんて」
「俺はただ両親や、先生達がしてくれたことを真似しているだけですよ」
「「「まぁ♡」」」
「いやはや、これは何とも……」
会場中がしっとりじんわりとした雰囲気に包まれていく。
ユーリの亡き両親の思い、育ての親であるレイとビルの愛情深さに触れてのことだろう。
彼の言う『先生』であるビルは、お仲間や周囲の参列者の方々から絶賛されて擽ったそうにしている。
レイもユーリを抱っこしたり、遊んであげたりしていたのかしら?
強面な彼が幼いユーリを溺愛する、そんな姿を想像してつい笑ってしまった。
「ずるいぞ!」
「おかあさま、あたくしもユーリとあそびたい~!!」
ジャンを羨んでか、子供達が駄々を捏ね始める。
カーライルの親族だけかと思いきや、他貴族や平民の子供達までもが一様に不満を零していた。
大人気ね。この分だと、生まれてくる子に貴方を取られてしまうかも。
大人げなく嫉妬する自分の存在に気付いて、やれやれと首を左右に振る。
「はい、おしまい」
「あぅ! あぅ!」
「続きはまた後で。もっともっと。だから、なっ?」
「もっ……う、……ふぅ~~……んっ!」
納得してくれたようだ。
ジャンは深く頷くと、覚束ない足取りで姉夫妻の元へと向かって行く。
「すみません。お待たせしました」
司婚役のセオお兄様は呆れるでも怒るでもなく、ただ微笑みを湛えたまま頷き返した。
慈愛に満ちている。だけど、その一方でどこか無機質な……人間離れした輝きも放っている。
人々が求めて止まない『神の愛し子』のお姿だ。
だけど、やっぱりわたくしはありのままのお兄様の方が好き。
ガサツだけど涙脆くて正直な……そんなお兄様の方が。
「あぅ!?」
不意にジャンの体が傾いた。
パタパタと短い手を動かすけど、バランスを取り戻すのには至らなくて。
「危ない――っ」
ユーリが慌てて駆け出す。
その瞬間――ジャンの体が宙に浮いた。
シャボン玉のようにぷかぷかと。
「ああ! ジャン! 怪我はない???」
姉夫妻が駆け寄って、ジャンの無事を確認する。
今のは風魔法よね? お姉様もお義兄様も扱えなかったはず。
では、ユーリが?
……いいえ。あれは明らかに体で受け止めようとしていたわ。
「一体誰が?」
「へへっ」
ユーリははにかむと、それとなく指さした。
吹き抜け横の二階部分、柱の辺りを指しているようだ。
そこには誰の姿もない。
「そう。今日はあそこから見守ってくれているのね」
姿は見せずとも、ちゃんと参列してくれていたようだ。
ありがとうね、レイ。
「新郎ユーリ。新婦エレノアのヴェールを上げてください」
ユーリの白い手がヴェールに触れる。
その手の動きは少々硬かった。
緊張しているのね。わたくしと同じように。
頬が緩む。つられるようにしてユーリの頬も。
ヴェールが上がると、お兄様はユーリ、わたくしの順で問いかけていった。
永久の愛を誓うか否か。
ユーリはやや前のめりに、わたくしは間を置いてしっかりと答えた。
「では、指輪の交換を」
互いの薬指にプラチナの指輪がはまる。
装飾は何も施されていない。
色々考えてはみたものの、飾らないシンプルなものの方がわたくし達にふさわしいような気がしてこの形を選んだ。
後悔はしていない。たぶんこれから先もずっと。
「未来永劫、貴方だけを愛します」
誓いの言葉と共に口付けられる。
降り積もる雪のようにそっと静かに。
「いいぞ! ユーリ!!」
「素敵ね」
「お幸せにー!!!」
歓声が広がっていく。
その波はマナーを重んじる貴族の方々にまで及んでいった。
まさに割れんばかりだ。
わたくしはユーリの肩に頭を預けながら、この瞬間を胸に刻み込んでいった。
深く深く。決して薄れることのないように。
残された寿命は一年と半年。
その時は、ゆっくりとだけど確実に近付きつつあった。
