デッキに出ると思ったより高かった。
おそらく一般的な建物の二階相当。
横幅は、大人が四人並んで立てるぐらいね。
安全のためか、デッキの端から端まで金色の柵が設けられている。
その柵の至るところには白、ピンク、ベージュの秋薔薇が咲き誇っていた。
残念ながらハルジオンはない。
白薔薇がその代わりであるのかもしれない。
「エラ、前へ」
「ええ」
ユーリと共に先頭に立つ。
船でいうところの船首像のようなものは付いていなかった。
フロート車は一階部分を含め長方形に近い形をしている。
装飾が豊かな分、空から見たら一つのケーキのように見えるのかもしれない。
「エレノア様! お辛くなったら直ぐに仰ってくださいね」
「ありがとう、ミラ。頼りにしているわ」
わたくし達の後ろにミラ、ビル、ルイス様が。
更にその後ろに、他のパーティーメンバーの方々が続いた。
メイドのアンナは同乗していない。
彼女は深々と頭を下げて見送ってくれている。
「全部で十五名。こんなに乗って、ちゃんと動くのかしら――あっ……!」
車が動き出した。
操作してくれているのは一階にいらっしゃる方々だ。
驚くべきことに、この車には馬がついていない。
動力は魔力。この車は巨大な魔道具であるのだそうだ。
「凄い! 凄いわ!」
「この車は、新進気鋭の錬金術師マイケル・プレンダーガスト様が開発されたそうですよ」
ユーリがそれとなく解説してくれた。
それなりに詳しそうだ。
マイケル様について少し伺ってみようかしら。
「もしかして、他にも何か素晴らしい発明を?」
「『転移装置』を開発されました」
「まぁ! そんな夢のような道具を?」
「ええ。ウィンドルとラウンドベリーを繋いでいます。お陰で馬車でも一時間程で、王都と『常闇の森』とを行き来出来るようになりました」
移動魔法を扱えるユーリやレイ達なら、もっと早く行き来が出来るということね。
有事の際の対応力UPは勿論のこと、戦士の方々の拘束時間も減り、彼らの生活の質向上にも期待が持てる。
まさに世紀の大発明ね。
「マイケル様の探求心は未だ冷めることがなく、現在は人造人間の研究に没頭されているのだそうですよ」
「叶うことなら、一度お会いしてみたいわ」
「残念ですが、それは難しいと思います。二十年近くパトロンを務めていらっしゃるミシェル様でさえ、数回程度しかお会いしたことがないそうなので」
「まぁ、お兄様ったら……。本当に何にも教えてくださらないのね」
「妹思いなのですよ」
「どうかしら?」
本心から怒っているわけじゃない。
これはちょっとした愚痴だ。
ユーリも真意を汲み取ってくれているようで、苦笑いを浮かべている。
「皆様、間もなく広場に出ます。ご準備ください」
デッキの左右前方に取り付けられた『伝声管』のような器具から指示が飛んできた。
一階の操縦席にいらっしゃる方の声であるらしい。
こちらの声も届くのかしら? 試してみたいけど、今はダメね。
百メートルほど先、金色の門の向こうに観衆が押し寄せているのが見える。
広場だけでも数万人。
ここから先、各通りにも多くの観衆がいらっしゃることを考えると十万……いえ、下手をすると百万人規模の人々の前に立つことになるのかもしれない。
つい臆病風に吹かれてしまいそうになるけれど、これは裏を返せばそれだけの数の人々が『光の勝利』を待ちわびていたということなのよね。
そう思うと自然と力が湧いてくる。励まなければ、と。
「「「ユーリー!!!」」」
「よくやったぞ、ユーリ!!」
「真の魔王もぶっ倒してくれよな!」
「おーーい! ユーリ! またウチの店に来てくれよ!」
「ウチの店にも来いよ! まけとくぜ!」
ユーリの人気は圧倒的だった。
尊敬よりも親しみの念を強く感じる。
言ってしまえば、小さな田舎のヒーローのような。
『庶民派勇者』いえ、『現代的な勇者』と称するべきね。
誇らしく思う反面、どうにも気になるのがクリストフ様の存在だ。
『古典的な勇者』である彼は……いえ、古典的な勇者にならざるを得なかった彼は、この調和を重んじる王国の現状をどうご覧になっているのかしら。
「お似合いね~」
「ええ、素敵だわ~♡」
しばらくして、わたくしとユーリに熱い視線が向けられていることに気付いた。
件の小説や舞台のファンの方々かしら?
「ユーリ! エレノア様! サービス、サービス!」
「~~っ、何言ってるんですか――」
「ミラ、教えて。わたくしは何をしたらいいの?」
「っ!? エラ――」
「ユーリの肩にこてん♡と頭を」
「いい加減に――っ!?」
ミラに指示されるまま、ユーリの肩に頭を乗せる。すると――。
「「「きゃーーーー!!!」」」
女性を中心に歓声が巻き起こった。
まさに割れんばかりの歓声だ。
こんなにも喜んでいただけるなんて。もっとサービスするべきかしら?
「エラ、徒に刺激しない方が――」
「チュー! チュー!」
「っ!!?」
「「「チュー! チュー!」」」
ミラのコールに皆が続く。
直後、ユーリが大きく舌打ちをした。
貴方は頑として応じないつもりね。
正直、わたくしも……出来ることなら避けたい。でも――。
「無視しましょう。応える必要は――っ!」
ユーリの白い頬を包んで、ゆっくりと顔を寄せていく。
ユーリは目を逸らしてNOを示したけど――最後にはぎゅっと目を瞑って応えてくれた。
「「「きゃーーーーーー!!!!」」」
唇が触れ合う。
温かくてやわらかな感触がした。
不思議なことに、大衆の中にあってもチュッと唇を吸い合う音は聞こえて。
「~~っ」
わたくしは堪らず、ユーリの肩に顔を埋めた。
歓声は鳴り止みそうにない。
「……エラ」
「……何?」
「ご協力には感謝します。でも、やっぱり俺はこんな形じゃなくて、もっと……大切にしたかった」
「ごめんなさいね。だけど、細やかでも恩返しがしたかったの。わたくし達がこうして結ばれたのは、応援くださった皆様のお陰だから」
「それは……ズルいです」
「ふふっ、ご納得いただけたようで何よりよ」
気を取り直して正面へ。
ユーリの腕を抱いて手を振っていく。
そうしているうちに、ゴールの城門が見えてきた。
「あっという間ね」
「もう一周しちゃいます~?」
「いいえ。その代わり、しかと胸に刻みます」
そっと瞼を閉じる。
この目で見た光景、感じた思いを心に刻み込むように。
後方で門が閉まる音がした。
パレードの終わりを知らせる合図だ。
けれど、歓声は止まない。人々はその場に留まり続けている。
わたくしは切に願う。
皆様、どうかこれからも『光の勝利』を信じてユーリを、勇敢なる戦士の方々をお支えください、と。
「レイ、やっぱり来てたね」
「「「!!?」」」
ビルがさらりと呟いた。
驚き固まるわたくしに代わって、ユーリが問いかける。
「っ!? まっ、マジ!? どこに?」
「ほら、この前……レイと三人で炉豚の美味しいお店に行ったでしょ? あそこの二階。ちょうどユーリ達がキスした辺りだね」
「~~っ、なんつータイミングだよ」
「まぁまぁ。どうせ式の時には、大勢の人の前でするんだし――っ!」
「ぐおおおぉおお!!!」
ユーリがビルに襲い掛かる。
彼のややズレたフォローがトドメになって、羞恥心が爆発してしまったのでしょうね。
体格差も相まって、猫と犬がじゃれついているように見える。
微笑ましいこと。
出来ればもう少し眺めていたいけど、そろそろお屋敷に戻らないと。
「エレノア様」
メイドのアンナが声を掛けてくれた。
彼女に応えつつ、フロート車の階段を降りていく。
さぁ、次は舞踏会だ。
国王夫妻は勿論のこと、多くの貴族や、ユーリを支援する平民の方々もいらっしゃる。
もしかしたら、クリストフ様とシャロン様もいらっしゃるかもしれない。
そんな期待と不安を抱きつつ、アンナと共に歩いていく。
『光の勝利』に沸く歓声を、背に受けながら。
おそらく一般的な建物の二階相当。
横幅は、大人が四人並んで立てるぐらいね。
安全のためか、デッキの端から端まで金色の柵が設けられている。
その柵の至るところには白、ピンク、ベージュの秋薔薇が咲き誇っていた。
残念ながらハルジオンはない。
白薔薇がその代わりであるのかもしれない。
「エラ、前へ」
「ええ」
ユーリと共に先頭に立つ。
船でいうところの船首像のようなものは付いていなかった。
フロート車は一階部分を含め長方形に近い形をしている。
装飾が豊かな分、空から見たら一つのケーキのように見えるのかもしれない。
「エレノア様! お辛くなったら直ぐに仰ってくださいね」
「ありがとう、ミラ。頼りにしているわ」
わたくし達の後ろにミラ、ビル、ルイス様が。
更にその後ろに、他のパーティーメンバーの方々が続いた。
メイドのアンナは同乗していない。
彼女は深々と頭を下げて見送ってくれている。
「全部で十五名。こんなに乗って、ちゃんと動くのかしら――あっ……!」
車が動き出した。
操作してくれているのは一階にいらっしゃる方々だ。
驚くべきことに、この車には馬がついていない。
動力は魔力。この車は巨大な魔道具であるのだそうだ。
「凄い! 凄いわ!」
「この車は、新進気鋭の錬金術師マイケル・プレンダーガスト様が開発されたそうですよ」
ユーリがそれとなく解説してくれた。
それなりに詳しそうだ。
マイケル様について少し伺ってみようかしら。
「もしかして、他にも何か素晴らしい発明を?」
「『転移装置』を開発されました」
「まぁ! そんな夢のような道具を?」
「ええ。ウィンドルとラウンドベリーを繋いでいます。お陰で馬車でも一時間程で、王都と『常闇の森』とを行き来出来るようになりました」
移動魔法を扱えるユーリやレイ達なら、もっと早く行き来が出来るということね。
有事の際の対応力UPは勿論のこと、戦士の方々の拘束時間も減り、彼らの生活の質向上にも期待が持てる。
まさに世紀の大発明ね。
「マイケル様の探求心は未だ冷めることがなく、現在は人造人間の研究に没頭されているのだそうですよ」
「叶うことなら、一度お会いしてみたいわ」
「残念ですが、それは難しいと思います。二十年近くパトロンを務めていらっしゃるミシェル様でさえ、数回程度しかお会いしたことがないそうなので」
「まぁ、お兄様ったら……。本当に何にも教えてくださらないのね」
「妹思いなのですよ」
「どうかしら?」
本心から怒っているわけじゃない。
これはちょっとした愚痴だ。
ユーリも真意を汲み取ってくれているようで、苦笑いを浮かべている。
「皆様、間もなく広場に出ます。ご準備ください」
デッキの左右前方に取り付けられた『伝声管』のような器具から指示が飛んできた。
一階の操縦席にいらっしゃる方の声であるらしい。
こちらの声も届くのかしら? 試してみたいけど、今はダメね。
百メートルほど先、金色の門の向こうに観衆が押し寄せているのが見える。
広場だけでも数万人。
ここから先、各通りにも多くの観衆がいらっしゃることを考えると十万……いえ、下手をすると百万人規模の人々の前に立つことになるのかもしれない。
つい臆病風に吹かれてしまいそうになるけれど、これは裏を返せばそれだけの数の人々が『光の勝利』を待ちわびていたということなのよね。
そう思うと自然と力が湧いてくる。励まなければ、と。
「「「ユーリー!!!」」」
「よくやったぞ、ユーリ!!」
「真の魔王もぶっ倒してくれよな!」
「おーーい! ユーリ! またウチの店に来てくれよ!」
「ウチの店にも来いよ! まけとくぜ!」
ユーリの人気は圧倒的だった。
尊敬よりも親しみの念を強く感じる。
言ってしまえば、小さな田舎のヒーローのような。
『庶民派勇者』いえ、『現代的な勇者』と称するべきね。
誇らしく思う反面、どうにも気になるのがクリストフ様の存在だ。
『古典的な勇者』である彼は……いえ、古典的な勇者にならざるを得なかった彼は、この調和を重んじる王国の現状をどうご覧になっているのかしら。
「お似合いね~」
「ええ、素敵だわ~♡」
しばらくして、わたくしとユーリに熱い視線が向けられていることに気付いた。
件の小説や舞台のファンの方々かしら?
「ユーリ! エレノア様! サービス、サービス!」
「~~っ、何言ってるんですか――」
「ミラ、教えて。わたくしは何をしたらいいの?」
「っ!? エラ――」
「ユーリの肩にこてん♡と頭を」
「いい加減に――っ!?」
ミラに指示されるまま、ユーリの肩に頭を乗せる。すると――。
「「「きゃーーーー!!!」」」
女性を中心に歓声が巻き起こった。
まさに割れんばかりの歓声だ。
こんなにも喜んでいただけるなんて。もっとサービスするべきかしら?
「エラ、徒に刺激しない方が――」
「チュー! チュー!」
「っ!!?」
「「「チュー! チュー!」」」
ミラのコールに皆が続く。
直後、ユーリが大きく舌打ちをした。
貴方は頑として応じないつもりね。
正直、わたくしも……出来ることなら避けたい。でも――。
「無視しましょう。応える必要は――っ!」
ユーリの白い頬を包んで、ゆっくりと顔を寄せていく。
ユーリは目を逸らしてNOを示したけど――最後にはぎゅっと目を瞑って応えてくれた。
「「「きゃーーーーーー!!!!」」」
唇が触れ合う。
温かくてやわらかな感触がした。
不思議なことに、大衆の中にあってもチュッと唇を吸い合う音は聞こえて。
「~~っ」
わたくしは堪らず、ユーリの肩に顔を埋めた。
歓声は鳴り止みそうにない。
「……エラ」
「……何?」
「ご協力には感謝します。でも、やっぱり俺はこんな形じゃなくて、もっと……大切にしたかった」
「ごめんなさいね。だけど、細やかでも恩返しがしたかったの。わたくし達がこうして結ばれたのは、応援くださった皆様のお陰だから」
「それは……ズルいです」
「ふふっ、ご納得いただけたようで何よりよ」
気を取り直して正面へ。
ユーリの腕を抱いて手を振っていく。
そうしているうちに、ゴールの城門が見えてきた。
「あっという間ね」
「もう一周しちゃいます~?」
「いいえ。その代わり、しかと胸に刻みます」
そっと瞼を閉じる。
この目で見た光景、感じた思いを心に刻み込むように。
後方で門が閉まる音がした。
パレードの終わりを知らせる合図だ。
けれど、歓声は止まない。人々はその場に留まり続けている。
わたくしは切に願う。
皆様、どうかこれからも『光の勝利』を信じてユーリを、勇敢なる戦士の方々をお支えください、と。
「レイ、やっぱり来てたね」
「「「!!?」」」
ビルがさらりと呟いた。
驚き固まるわたくしに代わって、ユーリが問いかける。
「っ!? まっ、マジ!? どこに?」
「ほら、この前……レイと三人で炉豚の美味しいお店に行ったでしょ? あそこの二階。ちょうどユーリ達がキスした辺りだね」
「~~っ、なんつータイミングだよ」
「まぁまぁ。どうせ式の時には、大勢の人の前でするんだし――っ!」
「ぐおおおぉおお!!!」
ユーリがビルに襲い掛かる。
彼のややズレたフォローがトドメになって、羞恥心が爆発してしまったのでしょうね。
体格差も相まって、猫と犬がじゃれついているように見える。
微笑ましいこと。
出来ればもう少し眺めていたいけど、そろそろお屋敷に戻らないと。
「エレノア様」
メイドのアンナが声を掛けてくれた。
彼女に応えつつ、フロート車の階段を降りていく。
さぁ、次は舞踏会だ。
国王夫妻は勿論のこと、多くの貴族や、ユーリを支援する平民の方々もいらっしゃる。
もしかしたら、クリストフ様とシャロン様もいらっしゃるかもしれない。
そんな期待と不安を抱きつつ、アンナと共に歩いていく。
『光の勝利』に沸く歓声を、背に受けながら。
