「じゃあ、被せていきますね」
頭の上に白いヴェールが乗る。
鏡の中には、白いカソックに身を包んだわたくしの姿があった。
――見納めね。
途端に膨らみ出した未練をぐっと握り潰す。
ダメよ、エレノア。趣旨を見失わないで。
貴方は『光の勝利』をより確かなものにするために、ここにいるのだから。
「へへっ、喜んでますね。カソックもヴェールも」
不思議な物言いをする彼女の名はアンナ。
真っ黒な髪と、黄緑色の猫目が印象的な十七歳の少女。
お母様からの猛プッシュを受けて、この度わたくしの専属メイドに就任した。
そんな彼女の右手にはとある特徴がある。
端的に言えば人差し指がないのだ。
パッと見は分からない。
彼女は常に、詰め物入りの白い手袋をしているから。
だけど、隠すつもりが逆に目立ってしまっているというのが現状だ。
この国のメイドは手袋をしないから。
指を失った原因は彼女の元同業――先輩お針子達による嫉妬だ。
弱冠十四歳にして侯爵夫人であるお母様の専属お針子となった、そんなアンナを彼女達はどうしても許すことが出来なかったのだ。
責任を感じたお母様が彼女を雇い入れて……今年で三年。
ハンデを抱えながらも、こうしてとても熱心に働いてくれている。
「んしょ……んしょ……」
この子には、ミラとはまた違った可愛らしさがある。
例えるのならそう小さな黒猫のような。
内気で何ともいじらしく、彼女を見ていると胸の奥が擽ったくなる。
「変わらず、針を握っているそうですね」
アンナを傷付けたり、同情する意図はまったくない。
むしろその逆。仲良くなりたくてこの話題を選んだ。
勝算はある。彼女の上役のサリーがこう言っていたのだ。
『今は趣味の形で裁縫を楽しんでいる』と。
鼻息荒く返事を待つ。
するとアンナが、照れ臭そうに笑いながら頷いてくれた。
「はい。あくまで……趣味で。前みたいに早くもないし、綺麗でもないですけど……でも、やっぱり好きだから……」
「趣味か~、羨ましいわ」
「えっ? あっ……もしかして……趣味……ないんですか?」
「仕事一筋でしたから」
「あ……すみません……」
「ねえ、折を見てご指南をいただけないかしら?」
「えっ? ……えっ!? ア、アタシがですか……?」
ふふっ、本当に猫みたい。
綺麗な黒髪を逆立たせて。
「ごっ、ごめんなさい。自信、ないです。アタシ……話すの……下手だから。イライラさせたり……きっと嫌な思いを――」
「あら? ふふっ、こう見えて忍耐力には自信があるのよ」
「あ……そう……ですよね。……エレノア様なら……えと……頑張ります……」
「楽しみにしているわ」
その後、サリーからの厳しいチェックを受けて身支度は完了した。
「ありがとう。さぁ、参りましょうか」
アンナと一緒にパレードの出発点である王城に向かう。
ユーリは急用が入ってしまって、現地で合流することになっていた。
間に合うといいけど。少々気を揉みながら馬車を降りる。
「っ! エレノア様! うわぁ~……超綺麗……!」
フロート車の前には、ミラ、ビル、ルイス様をはじめとしたユーリのお仲間の姿があった。
剣聖であるビルとルイス様は深紅の、治癒術師であるミラは深緑色の軍服姿だ。
今日のミラもポニーテールだ。
思えば、フォーサイスの居城を出て以降ずっとそうね。
もしかしたら気遣ってくれているのかもしれない。
取り残されてしまったわたくしのために、何か変わりないものを一つでも、と。
「とてもお綺麗です」
ミラに便乗する形で、彼女の夫のルイス様も褒めてくださる。
おっ、大きい……。
わたくしはお礼の言葉も忘れて、思わず見上げてしまった。
身長は少なく見積もっても二メートル以上。
肩幅も広く、全身が分厚い筋肉で覆われている。
まさに屈強の一言……なのだけれど、そのお体とは裏腹に非常に気弱な印象を抱く。
猫背で、眉も目も口も下がり調子。
栗色のやわらかい髪色に、外はねのセンター分けが似合う点もまた『お坊ちゃま感』というか、繊細さを際立たせているような気がした。
このお方が、魔王との決戦で先陣を切られたあの重騎士様だなんて。
少々……いえ、大変失礼だけれど信じられない。
もしかしたら、いざという時――例えば、ミラやユーリをはじめとした大切なお仲間を守りたいと思った時に、本領を発揮されるタイプのお方なのかもしれない。
ふふっ、まさに愛の力。素敵ね。
「そうだ! エレノア様、これ忘れないうちに」
ミラの手には見覚えのある白いハンカチがあった。
Eのアルファベットと、柊の刺繍が施されている。
これは十年前、わたくしの旅の無事を祈ってお母様がプレゼントしてくれたもの。
ミラに貸したまま、預けるような形になってしまっていたものだ。
「遅くなっちゃってごめんなさい。本当にありがとうございました」
爽やかに笑うミラ。
一方で、その隣に立つルイス様は暗い表情を浮かべていた。
物言いたげで、とてもお辛そうな顔をしている。
このハンカチを手放してほしくない。
それだけこのハンカチは、今のミラにとって必要不可欠なものであるということですね。
今の彼女は……王国一の治癒術師であり、三大勇者一族フォーサイス辺境伯家の四男ルイス様の妻でもある。
なるほど。合点がいきましたわ。
このハンカチは、治癒術師ミラを守る盾なのですね。
ご安心ください、ルイス様。わたくしも同じ思いですから。
だけど、その前に本人の意思を確認させてくださいね。
変わらず目を伏せたままのルイス様を一瞥しつつ、無邪気に首を傾げるミラに向き直る。
頭の上に白いヴェールが乗る。
鏡の中には、白いカソックに身を包んだわたくしの姿があった。
――見納めね。
途端に膨らみ出した未練をぐっと握り潰す。
ダメよ、エレノア。趣旨を見失わないで。
貴方は『光の勝利』をより確かなものにするために、ここにいるのだから。
「へへっ、喜んでますね。カソックもヴェールも」
不思議な物言いをする彼女の名はアンナ。
真っ黒な髪と、黄緑色の猫目が印象的な十七歳の少女。
お母様からの猛プッシュを受けて、この度わたくしの専属メイドに就任した。
そんな彼女の右手にはとある特徴がある。
端的に言えば人差し指がないのだ。
パッと見は分からない。
彼女は常に、詰め物入りの白い手袋をしているから。
だけど、隠すつもりが逆に目立ってしまっているというのが現状だ。
この国のメイドは手袋をしないから。
指を失った原因は彼女の元同業――先輩お針子達による嫉妬だ。
弱冠十四歳にして侯爵夫人であるお母様の専属お針子となった、そんなアンナを彼女達はどうしても許すことが出来なかったのだ。
責任を感じたお母様が彼女を雇い入れて……今年で三年。
ハンデを抱えながらも、こうしてとても熱心に働いてくれている。
「んしょ……んしょ……」
この子には、ミラとはまた違った可愛らしさがある。
例えるのならそう小さな黒猫のような。
内気で何ともいじらしく、彼女を見ていると胸の奥が擽ったくなる。
「変わらず、針を握っているそうですね」
アンナを傷付けたり、同情する意図はまったくない。
むしろその逆。仲良くなりたくてこの話題を選んだ。
勝算はある。彼女の上役のサリーがこう言っていたのだ。
『今は趣味の形で裁縫を楽しんでいる』と。
鼻息荒く返事を待つ。
するとアンナが、照れ臭そうに笑いながら頷いてくれた。
「はい。あくまで……趣味で。前みたいに早くもないし、綺麗でもないですけど……でも、やっぱり好きだから……」
「趣味か~、羨ましいわ」
「えっ? あっ……もしかして……趣味……ないんですか?」
「仕事一筋でしたから」
「あ……すみません……」
「ねえ、折を見てご指南をいただけないかしら?」
「えっ? ……えっ!? ア、アタシがですか……?」
ふふっ、本当に猫みたい。
綺麗な黒髪を逆立たせて。
「ごっ、ごめんなさい。自信、ないです。アタシ……話すの……下手だから。イライラさせたり……きっと嫌な思いを――」
「あら? ふふっ、こう見えて忍耐力には自信があるのよ」
「あ……そう……ですよね。……エレノア様なら……えと……頑張ります……」
「楽しみにしているわ」
その後、サリーからの厳しいチェックを受けて身支度は完了した。
「ありがとう。さぁ、参りましょうか」
アンナと一緒にパレードの出発点である王城に向かう。
ユーリは急用が入ってしまって、現地で合流することになっていた。
間に合うといいけど。少々気を揉みながら馬車を降りる。
「っ! エレノア様! うわぁ~……超綺麗……!」
フロート車の前には、ミラ、ビル、ルイス様をはじめとしたユーリのお仲間の姿があった。
剣聖であるビルとルイス様は深紅の、治癒術師であるミラは深緑色の軍服姿だ。
今日のミラもポニーテールだ。
思えば、フォーサイスの居城を出て以降ずっとそうね。
もしかしたら気遣ってくれているのかもしれない。
取り残されてしまったわたくしのために、何か変わりないものを一つでも、と。
「とてもお綺麗です」
ミラに便乗する形で、彼女の夫のルイス様も褒めてくださる。
おっ、大きい……。
わたくしはお礼の言葉も忘れて、思わず見上げてしまった。
身長は少なく見積もっても二メートル以上。
肩幅も広く、全身が分厚い筋肉で覆われている。
まさに屈強の一言……なのだけれど、そのお体とは裏腹に非常に気弱な印象を抱く。
猫背で、眉も目も口も下がり調子。
栗色のやわらかい髪色に、外はねのセンター分けが似合う点もまた『お坊ちゃま感』というか、繊細さを際立たせているような気がした。
このお方が、魔王との決戦で先陣を切られたあの重騎士様だなんて。
少々……いえ、大変失礼だけれど信じられない。
もしかしたら、いざという時――例えば、ミラやユーリをはじめとした大切なお仲間を守りたいと思った時に、本領を発揮されるタイプのお方なのかもしれない。
ふふっ、まさに愛の力。素敵ね。
「そうだ! エレノア様、これ忘れないうちに」
ミラの手には見覚えのある白いハンカチがあった。
Eのアルファベットと、柊の刺繍が施されている。
これは十年前、わたくしの旅の無事を祈ってお母様がプレゼントしてくれたもの。
ミラに貸したまま、預けるような形になってしまっていたものだ。
「遅くなっちゃってごめんなさい。本当にありがとうございました」
爽やかに笑うミラ。
一方で、その隣に立つルイス様は暗い表情を浮かべていた。
物言いたげで、とてもお辛そうな顔をしている。
このハンカチを手放してほしくない。
それだけこのハンカチは、今のミラにとって必要不可欠なものであるということですね。
今の彼女は……王国一の治癒術師であり、三大勇者一族フォーサイス辺境伯家の四男ルイス様の妻でもある。
なるほど。合点がいきましたわ。
このハンカチは、治癒術師ミラを守る盾なのですね。
ご安心ください、ルイス様。わたくしも同じ思いですから。
だけど、その前に本人の意思を確認させてくださいね。
変わらず目を伏せたままのルイス様を一瞥しつつ、無邪気に首を傾げるミラに向き直る。
