「此度の慰問は、お前達にとってみれば謂わば禊。精々励むがよい」
「格別なるお慈悲、心より感謝申し上げます。このエレノアを始め、ウィリアム、レイモンド共々、誠心誠意励んで参ります」
「結構。下がってよいぞ」
わたくしは白いカソックの裾を摘まんで、カーテシーをした。
玉座に座る陛下は、あくびを堪えてか太い唇を波打たせている。
お召しになっているのは深紅のチュニックに同系色のマント、腰には細いベルトを巻いて、その上には丸いお腹を乗せていた。
マントを縁取る毛皮は、雷魔法を得意とする白狐『サンダールナール』のもの。
『神獣』と称されるほどの大物だ。
……クリストフ様。
あの毛皮を献上されたお方のことを思うと胸が苦しくなる。
今更悔いたところで仕方がないのだけれど。
小さく息をつきながら、供の二人の間を通り抜けていく。
暫く歩いたところで中庭に出た。
左右には噴水が置かれ、その周囲には赤い薔薇が整然と植えられている。
見事ね。芝生や薔薇の花が淡い日の光を受けて輝いている。
白い蝶がひらひらと舞う姿を目で追ううちに、少しずつ心が和んでいくのを感じた。
「やぁ、エレノア。聞いたよ。明日にでも王都を発つそうだね」
通路の先には金髪の男性と、白いカソック姿の女性が。
お二人は周囲の目などまるで気にすることなく、仲睦まじく身を寄せ合っていた。
金髪の男性の名はクリストフ・リリェバリ様。
三大勇者一族リリェバリ公爵家の嫡子で現在二十二歳。
勇者の証である上下白の軍服をきっちりと着こなしつつも、ブロンドの前髪を少し崩すことで、上質な紅茶を思わせるような色香も漂わせていた。
そんなクリストフ様の傍らにいらっしゃるのが、シャロン・レイス様。
青い巻き髪に、濃紺の瞳を持つ侯爵令嬢。
清らかでありながら、儚げな印象でまさに『深窓の令嬢』といったところ。
けれど、その瞳には冷たい炎を滾らせている。
それはきっと、怒りであり、憎悪であり、嘲りでもあって。
「……っ」
わたくしは堪らず目を逸らした。
ダメね。ちゃんと受け止めなければならないのに。
「……明日、王都を出ます。本日は陛下に、出立のご挨拶を申し上げに参りました」
「禊の旅……ね。君はともかく、後ろの二人はどうかな? 彼らが反省し、言動を改めるとは……とても思えないのだが」
促されて背後に目をやる。
褐色肌に黒髪坊主頭の男性レイは、クリストフ様を真向から睨み付け、白肌に茶髪の青年ビルは、顔を俯けていた。
レイからは嫌悪、ビルからは軽蔑がひしひしと伝わってくる。
「レイ、ビル。慎みなさい」
「……申し訳ございませんでした」
「…………」
謝罪の言葉を口にしたのはビルだけだった。
レイは大きく舌打ちをして、謝る気などさらさらないと言わんばかりにそっぽを向いてしまう。
吠えなかっただけ大分マシというか、レイとしてはかなり譲歩した形になるのだけれど、それでクリストフ様がご納得されはずもなく。
「まったく君という人は……」
クリストフ様の端麗なお顔がみるみるうちに歪んでいく。
一触即発の事態。
ここは互いのためにも、退散するのが賢明ね。
「それでは、我々は先を急ぎますので」
つい、ほっとしてしまった。
そんなこと決して赦されないのに。
だから、罰があたったのでしょうね。
「お二人とも、どうぞお幸せに」
「……何ですって?」
シャロン様の逆鱗に触れてしまった。
彼女の薄く形のいい唇が、鋭利な刃物のように映る。
「何それ? 嫌味のつもり?」
「いえ、そんなつもりは――」
「生意気ね。貴方っていつもそう。自分は正しいと言わんばかり」
「ああ。君を選ばずにおいて正解だった。心からそう思うよ」
お二人の言葉が……特にクリストフ様の言葉が、わたくしの胸を抉った。
負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、この痛みは未練に端を発したものじゃない。
罪悪感からくるものだ。
わたくしはクリストフ様の婚約者だった。
それも最低最悪の。
彼が抱える孤独や重圧を僅かも理解することなく、寄り添うどころか一層追い詰めてしまったのだ。
くださったお言葉のその一つ一つを、都合よく盲目的に解釈していった。
クリストフ様は仕事に生きている。
わたくしにも、仕事に生きるよう求めてくださっているのだと。
最低よね。
クリストフ様が抱かれたであろう落胆やお寂しさは計り知れない。
「申し訳ございませんでした」
わたくしは再度深く頭を下げて、レイ、ビルと共にその場を後にする。
去り際、クリストフ様が忌々しげに呟いた。
「本当に可愛げのない」と。
その物言いは、何だか妙に幼く聞こえた。
助けてくださるおつもりだったのでしょうね。
わたくしがたった一言、弱音さえ口にすれば。
けれど、わたくしはそれを拒んだ。
厚意を無下にされたのだから、怒って当然よね。
「……聖女様」
回廊の手前でビルが声をかけてきた。
わたくしは振り返らず、前を見据えたまま応える。
「ふふっ、今日ここに来て改めて痛感しました。わたくし達は、文字通りの『どん底』ですね」
「……ええ。誠に不本意ではありますが――」
「ですから、後は登るのみです。めげることなく共に励みましょう!」
「「…………」」
カラ元気。
そう取られてしまったのかもしれない。
レイもビルも、わたくしの呼びかけに応えることはなかった。
しっかりなさい、エレノア。
自分で選んだ道でしょう。
「……よし」
背筋を伸ばして、シャンデリアが光り輝く回廊を進んでいく。
『ふしだらな聖女』、『背教者』そんな数多ある嘲笑と侮蔑の声を、一身に受けながら。
「格別なるお慈悲、心より感謝申し上げます。このエレノアを始め、ウィリアム、レイモンド共々、誠心誠意励んで参ります」
「結構。下がってよいぞ」
わたくしは白いカソックの裾を摘まんで、カーテシーをした。
玉座に座る陛下は、あくびを堪えてか太い唇を波打たせている。
お召しになっているのは深紅のチュニックに同系色のマント、腰には細いベルトを巻いて、その上には丸いお腹を乗せていた。
マントを縁取る毛皮は、雷魔法を得意とする白狐『サンダールナール』のもの。
『神獣』と称されるほどの大物だ。
……クリストフ様。
あの毛皮を献上されたお方のことを思うと胸が苦しくなる。
今更悔いたところで仕方がないのだけれど。
小さく息をつきながら、供の二人の間を通り抜けていく。
暫く歩いたところで中庭に出た。
左右には噴水が置かれ、その周囲には赤い薔薇が整然と植えられている。
見事ね。芝生や薔薇の花が淡い日の光を受けて輝いている。
白い蝶がひらひらと舞う姿を目で追ううちに、少しずつ心が和んでいくのを感じた。
「やぁ、エレノア。聞いたよ。明日にでも王都を発つそうだね」
通路の先には金髪の男性と、白いカソック姿の女性が。
お二人は周囲の目などまるで気にすることなく、仲睦まじく身を寄せ合っていた。
金髪の男性の名はクリストフ・リリェバリ様。
三大勇者一族リリェバリ公爵家の嫡子で現在二十二歳。
勇者の証である上下白の軍服をきっちりと着こなしつつも、ブロンドの前髪を少し崩すことで、上質な紅茶を思わせるような色香も漂わせていた。
そんなクリストフ様の傍らにいらっしゃるのが、シャロン・レイス様。
青い巻き髪に、濃紺の瞳を持つ侯爵令嬢。
清らかでありながら、儚げな印象でまさに『深窓の令嬢』といったところ。
けれど、その瞳には冷たい炎を滾らせている。
それはきっと、怒りであり、憎悪であり、嘲りでもあって。
「……っ」
わたくしは堪らず目を逸らした。
ダメね。ちゃんと受け止めなければならないのに。
「……明日、王都を出ます。本日は陛下に、出立のご挨拶を申し上げに参りました」
「禊の旅……ね。君はともかく、後ろの二人はどうかな? 彼らが反省し、言動を改めるとは……とても思えないのだが」
促されて背後に目をやる。
褐色肌に黒髪坊主頭の男性レイは、クリストフ様を真向から睨み付け、白肌に茶髪の青年ビルは、顔を俯けていた。
レイからは嫌悪、ビルからは軽蔑がひしひしと伝わってくる。
「レイ、ビル。慎みなさい」
「……申し訳ございませんでした」
「…………」
謝罪の言葉を口にしたのはビルだけだった。
レイは大きく舌打ちをして、謝る気などさらさらないと言わんばかりにそっぽを向いてしまう。
吠えなかっただけ大分マシというか、レイとしてはかなり譲歩した形になるのだけれど、それでクリストフ様がご納得されはずもなく。
「まったく君という人は……」
クリストフ様の端麗なお顔がみるみるうちに歪んでいく。
一触即発の事態。
ここは互いのためにも、退散するのが賢明ね。
「それでは、我々は先を急ぎますので」
つい、ほっとしてしまった。
そんなこと決して赦されないのに。
だから、罰があたったのでしょうね。
「お二人とも、どうぞお幸せに」
「……何ですって?」
シャロン様の逆鱗に触れてしまった。
彼女の薄く形のいい唇が、鋭利な刃物のように映る。
「何それ? 嫌味のつもり?」
「いえ、そんなつもりは――」
「生意気ね。貴方っていつもそう。自分は正しいと言わんばかり」
「ああ。君を選ばずにおいて正解だった。心からそう思うよ」
お二人の言葉が……特にクリストフ様の言葉が、わたくしの胸を抉った。
負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、この痛みは未練に端を発したものじゃない。
罪悪感からくるものだ。
わたくしはクリストフ様の婚約者だった。
それも最低最悪の。
彼が抱える孤独や重圧を僅かも理解することなく、寄り添うどころか一層追い詰めてしまったのだ。
くださったお言葉のその一つ一つを、都合よく盲目的に解釈していった。
クリストフ様は仕事に生きている。
わたくしにも、仕事に生きるよう求めてくださっているのだと。
最低よね。
クリストフ様が抱かれたであろう落胆やお寂しさは計り知れない。
「申し訳ございませんでした」
わたくしは再度深く頭を下げて、レイ、ビルと共にその場を後にする。
去り際、クリストフ様が忌々しげに呟いた。
「本当に可愛げのない」と。
その物言いは、何だか妙に幼く聞こえた。
助けてくださるおつもりだったのでしょうね。
わたくしがたった一言、弱音さえ口にすれば。
けれど、わたくしはそれを拒んだ。
厚意を無下にされたのだから、怒って当然よね。
「……聖女様」
回廊の手前でビルが声をかけてきた。
わたくしは振り返らず、前を見据えたまま応える。
「ふふっ、今日ここに来て改めて痛感しました。わたくし達は、文字通りの『どん底』ですね」
「……ええ。誠に不本意ではありますが――」
「ですから、後は登るのみです。めげることなく共に励みましょう!」
「「…………」」
カラ元気。
そう取られてしまったのかもしれない。
レイもビルも、わたくしの呼びかけに応えることはなかった。
しっかりなさい、エレノア。
自分で選んだ道でしょう。
「……よし」
背筋を伸ばして、シャンデリアが光り輝く回廊を進んでいく。
『ふしだらな聖女』、『背教者』そんな数多ある嘲笑と侮蔑の声を、一身に受けながら。
