背丈の三倍はありそうな大きな扉をくぐって、室内に足を踏み入れていく。
玉座の間に入るのは実に十年ぶり。
レイ、ビルと共に出立の挨拶をしに伺って以来だ。
最奥の高壇の上には木製の玉座が。
背もたれは高く、先端は緩やかな尖頭を描いている。
幾人もの王の手に触れ、時に傷つけられてきた木肌は、艶よりも重みを帯びているようだった。
見上げれば、玉座を中心に半円を描くようにシャンデリアが吊り下げられている。
それらに並行するように立っているのが王の臣下の方々。
王国の中枢を担う方々だ。
全部で二十名ほどかしら。
感慨深そうに見つめてくる方、奇異の目で見つめてくる方、その割合は半々といったところね。
胸の痛みには気付かないフリをして、ユーリに続いて礼をする。
「恐れながら、我が婚約者エレノアが十年前と変わらぬ姿でいることに、驚き戸惑われていることと思います」
「っ! ユーリ……」
臣下の方々がどよめき出す。
怒りと呆れの空気が立ち込める中、ユーリは変わらず毅然とした態度で続けていく。
「ですが、どうかご安心ください。エレノアは闇に侵されてなどいません。セオドア様をはじめとした聖教の方々や、ミラ・フォーサイスをはじめとした治癒術師協会の方々からも、お墨付きをいただいておりますので」
ユーリからのその報告を受けて、臣下の方々のお顔に安堵の色が広がっていく。
「貞操紋にも乱れはなかったそうだ」
「それは何より。ウィリアム様、レイモンド様への疑いも晴れるというもの」
「ふっ、あのような与太話を信じているのは最早『先王派』だけだ」
「ほんに哀れよの~」
そう。わたくしの醜聞は晴れていた。
わたくしの処遇に納得のいっていなかったレイやビルが中心となって、公表してくれたのだそうだ。
すべてはクリストフ様とシャロン様の結婚の正当性を高めるため。
天命に生きるあまりクリストフ様の孤独に寄り添うことが出来なかった、その罪滅ぼしであったのだと。
ただ、不貞の事実は変わらず伏せられたままになっている。
『血筋由来の才』を持つお二人には、一人でも多くご子息令嬢を残していただく必要があるからだ。
わたくしとしても異論はない。
むしろ、この程度のフォローしか出来ず申し訳なく思っている。
「私は、これもまた『光の勝利』であると考えています。彼女は何も奪われていない。姿形が変わりないのは、その現れなのではないかと」
なるほど。物は言いようね。
感心しつつ、臣下の方々の絶賛の声に耳を傾けていく。
ユーリの完全勝利。
場を掌握する手腕と度胸には、目を見張るものがあった。
頼もしいわね。でも、やはりどうにも寂しいものがある。
成長した姿ではなく、成長していく姿を見ていたかった……なんてね。
ないもの強請りだわ。どんどん欲張りになっていく。困ったものね。
「『光の勝利』か」
臣下達が一斉に頭を下げた。陛下だ。
ゆったりとした足取りで、玉座横の扉から入室してこられる。
王となられたお姿を拝見するのはこれが初めてだ。
「実に其方らしい。とても良い言葉だな」
「恐れ入ります」
陛下が控えめな音を立てて玉座につく。
頭には黄金の冠。深紅のチュニックに、同系色のマントを合わせている。
先王様とは違って細身で、お腹まわりもスッキリとされている。
マントを縁取る毛皮は白いけど、所々に黒い斑点が付いている。
十年前、先王様がお召しになっていたものとは別のマントであるようね。
フレデリック三世。五十六歳。
白髪まじりのゴールデンブロンドの髪は短く、襟足のあたりできっちりと切り揃えられている。
目尻は垂れ下がっていて、口元には常に笑みを浮かべている。
いつも笑顔なのはお父様も同じ。
だけど、陛下からはお父様にあるような愚直さは感じられず、むしろ強かでやり手な印象を抱く。
それもそうよね。
何せこのお方は王位の簒奪者。
それも無血で成した方ですもの。
畏敬の念を抱いてしまうのも、無理もないわ。
「エレノアよ。よくぞ耐えた。其方の高潔なる精神。余も誇りに思うぞ」
「身に余る光栄でございます」
一頻りお褒めいただいたところで、ユーリが結婚の報告をし始めた。
陛下は一層笑みを深めて、感慨深そうに何度となく頷いてくださる。
「はっはっは! よもや、あの青く美しき物語の続きを目にすることが出来るとはな」
「……恐れ入ります」
「式は一か月後だったな。王妃共々楽しみにしているぞ」
「陛下、恐れながら例の件についてお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまない。頼むよ、ジェイデン」
切り出したのは宰相様だった。
年齢は陛下よりも上……六十歳前後かしら?
黒い礼服に身を包んだ、モノクルがとてもよくお似合いになる聡明で優し気な紳士だ。
宰相様は高壇の下で陛下に一礼をすると、改めてわたくしとユーリに向き直る。
「エレノア様に、折り入ってお頼みしたい儀がございまして」
「わたくしに?」
「ええ。一週間後に予定されている『凱旋パレード』に、演者としてご参加をいただきたいのです。勇者ユーリの婚約者として、聖女エレノアとして」
ユーリと顔を見合わせる。
彼もかなり驚いている。どうやら初耳のようね。
戸惑いがないと言えば嘘になる。
現役の頃は大聖堂で教えを説くこともあったけれど、それとは規模がまるで違う。
一万……いえ、十万人以上の人々の前に立つことになるのでしょうから。
けれど、そのパレードは間違いなく『光の勝利』をより確かなものにする。
臆している場合ではないわね。
これは勇者ユーリの婚約者、ひいては妻となる女性の義務よ。
「謹んでお引き受け致します」
絶対に成功させてみせる。
勇敢なる戦士達が齎してくれた勝利を、決して曇らせたりしない。
玉座の間に入るのは実に十年ぶり。
レイ、ビルと共に出立の挨拶をしに伺って以来だ。
最奥の高壇の上には木製の玉座が。
背もたれは高く、先端は緩やかな尖頭を描いている。
幾人もの王の手に触れ、時に傷つけられてきた木肌は、艶よりも重みを帯びているようだった。
見上げれば、玉座を中心に半円を描くようにシャンデリアが吊り下げられている。
それらに並行するように立っているのが王の臣下の方々。
王国の中枢を担う方々だ。
全部で二十名ほどかしら。
感慨深そうに見つめてくる方、奇異の目で見つめてくる方、その割合は半々といったところね。
胸の痛みには気付かないフリをして、ユーリに続いて礼をする。
「恐れながら、我が婚約者エレノアが十年前と変わらぬ姿でいることに、驚き戸惑われていることと思います」
「っ! ユーリ……」
臣下の方々がどよめき出す。
怒りと呆れの空気が立ち込める中、ユーリは変わらず毅然とした態度で続けていく。
「ですが、どうかご安心ください。エレノアは闇に侵されてなどいません。セオドア様をはじめとした聖教の方々や、ミラ・フォーサイスをはじめとした治癒術師協会の方々からも、お墨付きをいただいておりますので」
ユーリからのその報告を受けて、臣下の方々のお顔に安堵の色が広がっていく。
「貞操紋にも乱れはなかったそうだ」
「それは何より。ウィリアム様、レイモンド様への疑いも晴れるというもの」
「ふっ、あのような与太話を信じているのは最早『先王派』だけだ」
「ほんに哀れよの~」
そう。わたくしの醜聞は晴れていた。
わたくしの処遇に納得のいっていなかったレイやビルが中心となって、公表してくれたのだそうだ。
すべてはクリストフ様とシャロン様の結婚の正当性を高めるため。
天命に生きるあまりクリストフ様の孤独に寄り添うことが出来なかった、その罪滅ぼしであったのだと。
ただ、不貞の事実は変わらず伏せられたままになっている。
『血筋由来の才』を持つお二人には、一人でも多くご子息令嬢を残していただく必要があるからだ。
わたくしとしても異論はない。
むしろ、この程度のフォローしか出来ず申し訳なく思っている。
「私は、これもまた『光の勝利』であると考えています。彼女は何も奪われていない。姿形が変わりないのは、その現れなのではないかと」
なるほど。物は言いようね。
感心しつつ、臣下の方々の絶賛の声に耳を傾けていく。
ユーリの完全勝利。
場を掌握する手腕と度胸には、目を見張るものがあった。
頼もしいわね。でも、やはりどうにも寂しいものがある。
成長した姿ではなく、成長していく姿を見ていたかった……なんてね。
ないもの強請りだわ。どんどん欲張りになっていく。困ったものね。
「『光の勝利』か」
臣下達が一斉に頭を下げた。陛下だ。
ゆったりとした足取りで、玉座横の扉から入室してこられる。
王となられたお姿を拝見するのはこれが初めてだ。
「実に其方らしい。とても良い言葉だな」
「恐れ入ります」
陛下が控えめな音を立てて玉座につく。
頭には黄金の冠。深紅のチュニックに、同系色のマントを合わせている。
先王様とは違って細身で、お腹まわりもスッキリとされている。
マントを縁取る毛皮は白いけど、所々に黒い斑点が付いている。
十年前、先王様がお召しになっていたものとは別のマントであるようね。
フレデリック三世。五十六歳。
白髪まじりのゴールデンブロンドの髪は短く、襟足のあたりできっちりと切り揃えられている。
目尻は垂れ下がっていて、口元には常に笑みを浮かべている。
いつも笑顔なのはお父様も同じ。
だけど、陛下からはお父様にあるような愚直さは感じられず、むしろ強かでやり手な印象を抱く。
それもそうよね。
何せこのお方は王位の簒奪者。
それも無血で成した方ですもの。
畏敬の念を抱いてしまうのも、無理もないわ。
「エレノアよ。よくぞ耐えた。其方の高潔なる精神。余も誇りに思うぞ」
「身に余る光栄でございます」
一頻りお褒めいただいたところで、ユーリが結婚の報告をし始めた。
陛下は一層笑みを深めて、感慨深そうに何度となく頷いてくださる。
「はっはっは! よもや、あの青く美しき物語の続きを目にすることが出来るとはな」
「……恐れ入ります」
「式は一か月後だったな。王妃共々楽しみにしているぞ」
「陛下、恐れながら例の件についてお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまない。頼むよ、ジェイデン」
切り出したのは宰相様だった。
年齢は陛下よりも上……六十歳前後かしら?
黒い礼服に身を包んだ、モノクルがとてもよくお似合いになる聡明で優し気な紳士だ。
宰相様は高壇の下で陛下に一礼をすると、改めてわたくしとユーリに向き直る。
「エレノア様に、折り入ってお頼みしたい儀がございまして」
「わたくしに?」
「ええ。一週間後に予定されている『凱旋パレード』に、演者としてご参加をいただきたいのです。勇者ユーリの婚約者として、聖女エレノアとして」
ユーリと顔を見合わせる。
彼もかなり驚いている。どうやら初耳のようね。
戸惑いがないと言えば嘘になる。
現役の頃は大聖堂で教えを説くこともあったけれど、それとは規模がまるで違う。
一万……いえ、十万人以上の人々の前に立つことになるのでしょうから。
けれど、そのパレードは間違いなく『光の勝利』をより確かなものにする。
臆している場合ではないわね。
これは勇者ユーリの婚約者、ひいては妻となる女性の義務よ。
「謹んでお引き受け致します」
絶対に成功させてみせる。
勇敢なる戦士達が齎してくれた勝利を、決して曇らせたりしない。
