ユーリが小さく息を呑みながら、おずおずと顔を寄せていく。
ブルーグレーの手袋に彼の唇が触れた。
やわらかく、それでいて温かい。
これまで数多の男性達から、何百何千と受けてきた挨拶であるはずなのに、何だか妙にドキドキする。
「とても綺麗です」
「喜んでいただけたようで何よりよ」
「……嬉しいどころの話じゃないですよ」
「まぁ?」
控えめに笑いつつユーリに身を任せる。
胸の内では、先ほどのミラのようにぴょんぴょんと跳ね回っている。
けれど、決して表には出さない。これは一種の意地だ。
わたくしは、この通り見た目と心の年齢が乖離してしまった。
見た目は二十歳、心は三十歳。
どちらか選ぶのなら、わたくしはやはり『心の年齢』に従って生きていきたい。
これまで取ってきたすべての選択に責任を持つために。
ゆっくり一歩一歩と階段を降りていく。
ユーリは完璧だった。
手を握る力も、誘導するペースも。
彼も元はマナーとは無縁の田舎の自警団員(見習い)だった。
さぞ努力されたのでしょうね。
「おはようございます」
階下でビルと顔を合わせる。
彼もまた軍服姿。赤のジャケットに白のパンツといった出で立ちだった。
ユーリの時と同様に挨拶を交わす。
ビルも今年で三十歳。
柔和な雰囲気はそのままに、思わず身を委ねてしまいたくなるような甘やかな色気も漂わせるようになっていた。
まさに、誰しもが認めるような素敵な男性だ。
にもかかわらず、ときめかない。
ユーリにだけ、なのね。
「ユーリのマナー、とても仕上がっているでしょう?」
ビルが得意気な顔で問いかけてくる。
まるで自分事のようね。
わたくしは笑みを零しつつ、頷いて応える。
「ええ。ご指導くださったのは貴方?」
「基礎はルイスと僕が。仕上げは専門の方にお願いをしました」
「それはそれは隙のない布陣ね」
「ユーリはとても熱心でしたよ。『エレノアにふさわしい男になるんだ!』って」
「っ!? 先生!」
「ごめん。でも、エレノア様にはどうしても知っておいていただきたくて。本当に、本当に頑張っていたから」
「……ったく……」
目に浮かんでくるようだわ。
寝る間も惜しんで励むユーリの姿が。
そんな彼を優しく見守る、ビルをはじめとしたお仲間の姿が。
「わたくしも精進致しますわ。貴方にふさわしい女性になれるように」
ユーリの目が点に。
直後、何を言っているんだと言わんばかりに破顔した。
「追うのは俺の役割ですよ。貴方は追われる側だ」
「ダメよ。そんなことでは、貴方に見限られてしまうわ」
「ありえないですよ。そんなこと絶対に」
ユーリは自信たっぷりに一蹴してみせた。
内心で小躍りする一方で、今更ながらに興味が沸いてくる。
貴方はわたくしのどんなところがお好きなの?
折を見て聞いてみたい。
でも、工夫が必要ね。
ユーリは変わらず豪胆だけど、年相応にシャイにもなってしまっているようだから。
「参りましょう」
「ええ」
ユーリと共に再び歩き出す。
エントランスを出て直ぐのところに、馬車が停まっているのが見えた。
周囲には総勢五十名にも及ぶ戦士達の姿がある。
いずれも魔王討伐作戦に参加された精鋭中の精鋭達だ。
攫われた過去があるとはいえ、十年前とは桁違いな待遇に戸惑いを隠せない。
しっかりなさい、エレノア。
貴方は勇者ユーリの妻になるのよ。
これしきのことで怯んでなどいられないわ。
自身を鼓舞して、縮みかけた背をぐんっと伸ばしていく。
すると、車椅子に座った初老の男性が声を掛けてきた。
肩と膝には深緑色の長いブランケットをかけている。
「エレノア様。ご機嫌麗しゅう」
ハーヴィー・フォーサイス様。御年五十五歳。
この城の城主で、辺境伯の地位にあらせられる方だ。
豊かなグレイのオールバック、口と顎に蓄えられた立派な髭が目を引く。
魔物との戦闘で右腕と左脚を失うまでは、勇者としてご活躍をされていた。
戦線から離脱されて十年になるけれど、ハーヴィー様は変わらず国中の戦士達から感謝と尊敬の念を向けられている。
他の貴族達が嫌厭している『一代限りの才』(継承不能な才)への投資に、大変熱心であるからだ。
金銭的な支援は勿論のこと、彼らの声にも真摯に耳を傾けて適切に支援を行う。
そうして数多くの優秀な戦士達を輩出してきた。
その代表格があのユーリ、ビル、ミラの三人というわけだ。
まさに歴史に名を残す偉大なるお方だ。
最大の敬意をもって、感謝の言葉を述べていく。
「お幸せに」
別れ際、ハーヴィー様は祝福くださった。
その声は重たく威厳に満ちていながらも、慈愛にも富んでいて。
このお方が多くの戦士達から慕われるその訳を、改めて実感することが出来た。
皆様に一礼をして馬車に乗り込む。
後からユーリも乗り込んできて、向かい側にどすっと腰掛けた。
この馬車はフォーサイス辺境伯家が所有しているもの。
天井までもが布張りで、安全性と快適性が担保されている。
車内もとても広々としていて、ユーリとわたくしの膝が交わることはなかった。
扉が閉まり、ほどなくして動き出す。
蹄の音が何とも心地いい。
「一つ、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あら? 何かしら?」
「貴方の今後についてです」
向かいに座るユーリは酷く真剣な顔をしていた。
茶化すことはせずに先を促す。
ブルーグレーの手袋に彼の唇が触れた。
やわらかく、それでいて温かい。
これまで数多の男性達から、何百何千と受けてきた挨拶であるはずなのに、何だか妙にドキドキする。
「とても綺麗です」
「喜んでいただけたようで何よりよ」
「……嬉しいどころの話じゃないですよ」
「まぁ?」
控えめに笑いつつユーリに身を任せる。
胸の内では、先ほどのミラのようにぴょんぴょんと跳ね回っている。
けれど、決して表には出さない。これは一種の意地だ。
わたくしは、この通り見た目と心の年齢が乖離してしまった。
見た目は二十歳、心は三十歳。
どちらか選ぶのなら、わたくしはやはり『心の年齢』に従って生きていきたい。
これまで取ってきたすべての選択に責任を持つために。
ゆっくり一歩一歩と階段を降りていく。
ユーリは完璧だった。
手を握る力も、誘導するペースも。
彼も元はマナーとは無縁の田舎の自警団員(見習い)だった。
さぞ努力されたのでしょうね。
「おはようございます」
階下でビルと顔を合わせる。
彼もまた軍服姿。赤のジャケットに白のパンツといった出で立ちだった。
ユーリの時と同様に挨拶を交わす。
ビルも今年で三十歳。
柔和な雰囲気はそのままに、思わず身を委ねてしまいたくなるような甘やかな色気も漂わせるようになっていた。
まさに、誰しもが認めるような素敵な男性だ。
にもかかわらず、ときめかない。
ユーリにだけ、なのね。
「ユーリのマナー、とても仕上がっているでしょう?」
ビルが得意気な顔で問いかけてくる。
まるで自分事のようね。
わたくしは笑みを零しつつ、頷いて応える。
「ええ。ご指導くださったのは貴方?」
「基礎はルイスと僕が。仕上げは専門の方にお願いをしました」
「それはそれは隙のない布陣ね」
「ユーリはとても熱心でしたよ。『エレノアにふさわしい男になるんだ!』って」
「っ!? 先生!」
「ごめん。でも、エレノア様にはどうしても知っておいていただきたくて。本当に、本当に頑張っていたから」
「……ったく……」
目に浮かんでくるようだわ。
寝る間も惜しんで励むユーリの姿が。
そんな彼を優しく見守る、ビルをはじめとしたお仲間の姿が。
「わたくしも精進致しますわ。貴方にふさわしい女性になれるように」
ユーリの目が点に。
直後、何を言っているんだと言わんばかりに破顔した。
「追うのは俺の役割ですよ。貴方は追われる側だ」
「ダメよ。そんなことでは、貴方に見限られてしまうわ」
「ありえないですよ。そんなこと絶対に」
ユーリは自信たっぷりに一蹴してみせた。
内心で小躍りする一方で、今更ながらに興味が沸いてくる。
貴方はわたくしのどんなところがお好きなの?
折を見て聞いてみたい。
でも、工夫が必要ね。
ユーリは変わらず豪胆だけど、年相応にシャイにもなってしまっているようだから。
「参りましょう」
「ええ」
ユーリと共に再び歩き出す。
エントランスを出て直ぐのところに、馬車が停まっているのが見えた。
周囲には総勢五十名にも及ぶ戦士達の姿がある。
いずれも魔王討伐作戦に参加された精鋭中の精鋭達だ。
攫われた過去があるとはいえ、十年前とは桁違いな待遇に戸惑いを隠せない。
しっかりなさい、エレノア。
貴方は勇者ユーリの妻になるのよ。
これしきのことで怯んでなどいられないわ。
自身を鼓舞して、縮みかけた背をぐんっと伸ばしていく。
すると、車椅子に座った初老の男性が声を掛けてきた。
肩と膝には深緑色の長いブランケットをかけている。
「エレノア様。ご機嫌麗しゅう」
ハーヴィー・フォーサイス様。御年五十五歳。
この城の城主で、辺境伯の地位にあらせられる方だ。
豊かなグレイのオールバック、口と顎に蓄えられた立派な髭が目を引く。
魔物との戦闘で右腕と左脚を失うまでは、勇者としてご活躍をされていた。
戦線から離脱されて十年になるけれど、ハーヴィー様は変わらず国中の戦士達から感謝と尊敬の念を向けられている。
他の貴族達が嫌厭している『一代限りの才』(継承不能な才)への投資に、大変熱心であるからだ。
金銭的な支援は勿論のこと、彼らの声にも真摯に耳を傾けて適切に支援を行う。
そうして数多くの優秀な戦士達を輩出してきた。
その代表格があのユーリ、ビル、ミラの三人というわけだ。
まさに歴史に名を残す偉大なるお方だ。
最大の敬意をもって、感謝の言葉を述べていく。
「お幸せに」
別れ際、ハーヴィー様は祝福くださった。
その声は重たく威厳に満ちていながらも、慈愛にも富んでいて。
このお方が多くの戦士達から慕われるその訳を、改めて実感することが出来た。
皆様に一礼をして馬車に乗り込む。
後からユーリも乗り込んできて、向かい側にどすっと腰掛けた。
この馬車はフォーサイス辺境伯家が所有しているもの。
天井までもが布張りで、安全性と快適性が担保されている。
車内もとても広々としていて、ユーリとわたくしの膝が交わることはなかった。
扉が閉まり、ほどなくして動き出す。
蹄の音が何とも心地いい。
「一つ、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あら? 何かしら?」
「貴方の今後についてです」
向かいに座るユーリは酷く真剣な顔をしていた。
茶化すことはせずに先を促す。
