余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。

早いもので、目覚めてから一週間の時が過ぎようとしていた。
季節は秋。窓の外を見ると、紅く色付いた葉が優雅に舞っているのが見えた。
その先に広がる空も高く澄んでいる。

「絶好の出発日和ね」
「ええ。本当に」

ハウスメイドが笑顔で応えてくれる。
わたくしの身支度をせっせと整えながら。

今日から十日ほどかけて王都に戻る。
この弱った体でこなすのには、やや不安な旅路だ。

けど、道中ではずっとユーリが隣にいてくれることになっているから、出来る限り楽しいものにしたいと思っている。
こうしてオシャレに精を出しているのもそのためだ。

「エレノア様……本当にお美しいです」
「ふふっ、ありがとう」

身に着けているのは、胸元が大きく開いたブルーグレーのドレス。
裾はパニエによってふんわりと。
ウエストはコルセットによって絞られて、『まるで牝牛のよう』と陰口を叩かれ続けてきた胸のラインを露わにしている。

ユーリは嫌がるかしら?
でも、もしかしたら喜んでくれるかもしれないから……、と淡い期待を胸に自分を奮い立たせていく。

「失礼致します」

メイドが仕上げに取り掛かる。
首にはリボンのチョーカーを。
纏め上げたミルキーブロンドの髪の上には、小さなつばの帽子を乗せていく。

いずれのアクセサリーもドレスと同系色でまとめられていて、華美さと上品さの塩梅が絶妙な仕上がりとなっていた。

「素敵ね」

胸が弾む。オシャレにはそれほど興味がない、出来なくてもいいと思っていたけど、たぶんそれは強がりだったのね。
わたくしもやっぱり女の子なのだわ。

「何たる栄誉。身に余る光栄です」

振り返ると、一人の貴婦人の姿があった。
この城の城主フォーサイス辺境伯の妻マチルダ様だ。現在四十八歳。
髪は紺青色で、瞳の色は黒。
吊り上がった目に、高く通った鼻筋と全体的にシャープで隙がない。
同性でも思わず見惚れてしまうような精悍なお顔立ちの女性だ。

そんな彼女のお腹は大きく膨れている。
そう。彼女は妊娠しているのだ。
所謂高齢出産。
だけどそれは、珍しいことじゃない。
血筋由来の才を持つ王族や高位貴族においては、ごく一般的なことだ。

血筋由来の才は、必ずしも子に受け継がれるものではない。
けれど決して、その席を空けてはならない。
次代に最低一人は、才能を開花させた者を遺さなければならないのだ。

それが血筋由来の才を持つ家系の義務であり、威信を保つ絶対条件。
だから、一人でも多く子供を産むことを求められる。
女性は家庭に入らざるを得ないのだ。

「恐れ入ります。妊婦様にご足労いただくなんて」
「ふふっ、待ちきれず馳せ参じたのです。どうぞお気になさらないでください」
「うわぁ! めっちゃ綺麗です~♡♡♡」

夫人に続いてミラも入ってきた。
わたくしの周囲をくるくると回って、余すことなく眺めていく。

今日の彼女もまた深緑色の軍服姿だ。
薄茶色の髪は、以前のようにポニーテールにしている。
昨日まではずっと横結びだった。
気分によって変えているのかしら?

「お義母サマ! アタシもお義母サマのお古が欲しいです!」
「残念だけど、わたくしのコレクションの中には貴方に合うものはないと思うわ」
「きぃ~! あー、はいはい! どーせアタシには品も、背も、ついでに胸もないですよぉ~だぁ!」
「無いものではなく、あるものに目をお向けなさい。貴方には貴方の伸ばすべき長所があるのですから」
「ぶぅ……」
「エレノア様をお送りしたら、直ぐに戻っていらっしゃい」
「またあの話ですか?」
「舞踏会の準備よ。貴方に合うドレスを選んであげます」
「っ!!! お義母サマ……!!!」

ミラが夫人の腕に抱き付く。
かと思えば、そのままぴょんぴょんと跳ね出した。
周囲のメイド達が止めに入るけれど、それでもミラは止まらない。
当の夫人も困り顔だけど、その実満更でもなさそうだった。

そう。ミラは驚くべきことに、三大勇者一族フォーサイスに嫁いでいた。
言わずもがな彼女は平民であり、その才も継承不能な一代限りのものだ。
けれど、彼女は選ばれた。

これはわたくしの勝手な予想だけど、彼女のこの底抜けな明るさと、前向きさが買われたのではないかと思っている。

お相手のルイス様はフォーサイス家の四男。
かなり内向的で、仕事でも社交の場でも苦労が絶えなかった。
そんなお方だからこそ、明るく前向きな女性に魅かれた。
夫妻の需要ともマッチしたのではないかと。

「整いましてございます」
「ありがとう。それでは、参りましょうか」

温度差の激しい嫁姑の会話を背に受けつつ廊下に出る。
大階段の下にはユーリとビルの姿があった。共に軍服姿だ。

あら? 何だかとっても楽しそう。
内容までは聞き取れないけれど、ユーリがビルを笑わせているらしいことは分かった。
師弟というよりは、年の離れた兄弟のように見える。
ふふっ、何とも微笑ましい限りね。

「なっ……!」

目が合うなり、ユーリの呼吸が一拍止まった。
彼の表情は驚きから照れへ。
色白な頬が見るみるうちに赤くなっていく。
遠目からでも、ゴクリと生唾を呑んでいるのが見て取れた。

あまりの嬉しさに頬が緩む。
短所が長所に変わった瞬間だ。
これからは時と場所を弁えつつ、しっかりと活かしていくことにしましょう。

「ユーリのやつ、今ゼッタイ心臓バックバクですよ♡」
「まったく……茶化すものではありませんよ」
「おっ、来た来た♪」

ビルに促されて、ユーリがいそいそと駆け出す。
顔を俯かせて、肩と手にはぐっと力を込めている。
かなり緊張しているみたい。ふふっ、可愛い。

「お待たせしました」

気付けばユーリが横に。足を前に出して身を低くしている。
王国における男性の礼法だ。
わたくしは微笑みを湛えたままカーテシーで応えて、ゆっくりと右手を差し出す。