余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。

「んっ……」

何かに顔が埋まった。
血と灰のにおい。硬く、それでいて温かい。
ドクドクと脈打つ音がする。
これは……鼓動ね。

見上げれば、栗色の瞳と目が合う。
あら? よく見たら少し金色がかってる。
成長して、瞳の色が変わったのね。
力強くもなめらかで……心地のいい色。

「その花……」
「っ、……ええ。貴方からいただいたものです」

逸る鼓動に悩まされながらも辛々返事をした。
緊張の一瞬だ。この問いである程度は分かってしまう。
失恋か。得恋か。

「……そうですか」

苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ユーリにとって、あの日の出来事は【 恥 】になってしまったようだ。
これは紛うことなき失恋ね。

あまりにも無様で思わず笑ってしまった。
悲しいけれど、一方でほっとしている。
わたくしにはもう時間がないから。

「すみません。気が利かなくて。横になりましょうか」

支えてもらいながら横になる。
石造りの床は硬く、それでいて埃っぽい。
ヴェールを被っているから幾らかマシだけど。

「何か敷くもの……。これじゃ流石にマズいか――」 
「エレノア様!!!」

甲冑姿の女性が駆け寄ってくる。
横結びにされた淡い茶色の髪に、大きな濃緑の瞳……見れば見るほど似ている。

「あちらの女性はミラ……なのよね?」
「ええ。今や王国一の治癒術師です」
「まぁ!」

一度は挫折して道を諦めた彼女が。
一体どれだけの努力を……。
素晴らしい。素晴らしいわ、ミラ。

力いっぱい抱き締めて褒めてあげたい。
けれど、彼女も今や二十七歳の立派な大人だ。
いくらなんでも失礼よね。自重しましょう。

「ちょっ!? ユーリ! 何やってんの! 上着! さっさと脱いで枕にしてっ!」
「いや……これめっちゃ汚いですよ? 血とか汗とか――」
「ないよかマシでしょ!!」
「~~っ、分かりましたよ。もう……」

ユーリは半ばミラに押し切られるような形で上着を脱ぎ始める。
その傍で、わたくしは大いに戸惑っていた。

勇者は『正義の象徴』とされ、古来より身分を問わず畏れ敬われてきた。
常に皆の中心にありながら、孤高であることを求められる。
わたくしの元婚約者であるクリストフ様は、そのせいで悩み苦しんでいたのだけれど。

「なぁ、ルイ。やっぱ臭いよな……?」
「えっ? あ、いや……」
「先生の上着貸してくれよ! あ、師匠のでもいいや――」
「「「さっさと」しろ」しなさい!!」

レイとミラに叱られて、ユーリはますます小さくなった。
そんなユーリを皆がおかしそうに笑う。

なるほど。
皆に愛され、支えられる。
これが貴方が成した新しい勇者の形なのね。

「ふふっ」

安心したのか、わたくしの口からも笑みが零れる。

「ははっ! エレノア様からも笑われてやんの~」
「……エレノア様、失礼致します。お嫌でしたら、遠慮せずに仰ってくださいね」
「……様……」

ユーリは畳んだ上着をわたくしの頭の下に敷いた。
不意の密着よりも、様付けで呼ばれたことの方がずっと衝撃で。
ああ、もう……。しばらくは引きずりそうね。

勇ましい香りに包まれながら、案じてくれている方々に目を向ける。
先ほどの重騎士の青年をはじめ、何人か見覚えのある顔が並んでいた。
貴族家出身の戦士……なのでしょうね。
でも、お名前は……思い出せない。
ああ、ダメ。頭がまるで働かないわ。

「では、治療を開始します」

緑色の光がわたくしの体を包み込んでいく。治癒術だ。
ミラ自身も手を動かしつつ、他の治癒術師の方々にも指示を出している。
本当に立派になって……あらっ?

緑色のオーラに混じって、霧がかった虹色のオーラが降り注ぐ。
これは『祈り』だ。その光はユーリの手から湧き出ている。

なぜ……? 貴方は勇者でしょう?

勇者は所謂『攻め手』だ。
その魔力は非常に鋭利で、人に作用するような魔法――祈り、治癒術、付与魔法は扱えないはず……なのだけれど。
疑問は尽きない。折を見て訊ねたら、教えてもらえるかしら。

「…………」

何だか眠くなってきた。
入眠の魔法をかけられたのかもしれない。
まだろくにお礼も言えていないけれど、ここはご厚意に甘えることにしましょう。

そうして、まどろみながら身の振り方を考えていく。
残された時間は二年。
生き延びるために焚べた命は、もう元には戻らない。

限られた時間の中でわたくしが成すべきことは、この勝利に影を落とさぬようきちんと後始末をすること。
それから……そうね。子をなさなければ。

相手はユーリではない。
だけど、文句なんて言っていられない。
わたくしの中には、先祖代々受け継がれてきた聖者・聖女の血が流れているのだから。

わたくしが把握している限り、現存している聖者・聖女は五名。
その内、現役であるのはクリストフ様の現婚約者であるシャロン様、わたくしの兄セオドア、そしてわたくしの三名のみ。

王都の守護者として、救命の最後の砦として、聖者・聖女は欠かすことの出来ない存在だ。
しかしながら、継承率は非常に低く、生まれてくる子供が必ずしも聖者・聖女の才を開花させるわけではない。
だからこそ、一人でも多く子供を産まなければならない。
ですよね? お父様。

小さく息をついて新しい生活に思いを馳せる。
この胸の痛みを忘れさせてくれるものになると信じて。