ユートピアに、珈琲を添えて


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 サンゴがアパートに戻ると、ひかるの要望通り、カラスの仲間たちが集まっていた。屋上の縁に五羽、その上を旋回しながら鳴き続ける八羽は、未練解消案内烏として採用されたばかりの新入りだろう。足につけられているタグがまだ新しく、どいつも番号も三桁だ。

 サンゴは、屋上の縁に留まって退屈そうにしている一羽のカラスの隣で、羽根を休めた。

「戻った」

「そんなの見りゃわかるわよ」

 ちらりとねめつけるような視線をサンゴに向けた雌カラスは、はぁ、とため息をつく。

 思わず居住まいを正した。機嫌を損ねると、気が済むまでぐちぐちと毒を吐き続ける面倒な雌なのだ。

 しかし、この世界は上下関係が絶対だ。サンゴよりも若い「29」という数字が彼女に振られている以上、圧力で抑えつけることはできない。たとえ口喧嘩が始まったとしても、決着は最初から見えているのだから、最近は対抗する気すら起きない。

「ずいぶんと長ったらしい未練解消ね。時間には間に合うのかしら」

「ギリギリといったところだな」

 これから遠山珈琲店に訪れる未練解消相手は二人。死後二十四時間以内に未練解消を終わらせ、冥界へと導かなければならない。時間的には問題ないだろう。本当に、あと二人であれば。

「遠山ひかる、無事に成仏できるのかしらね」

「……どういうことだ」

「あんたが上に提出した未練解消相手のリストを見させてもらったわ」

 勝手なことを――と思ったが、口には出さなかった。小悪魔のように、ふふふっと挑発するような態度を横目に、サンゴは日が落ち始めている空に焦点を合わす。

「あんなふざけたもの、よく提出できたわね。何のためにわたしたちがいるとお思いで? 職務怠慢にもほどがあるわ」

「おろそかにしているわけじゃない。俺は、自分で気づいてほしいだけだ」

「毎回、なんとなーくうまくいっちゃってるだけで、あんたがやってることはほぼギャンブルよ」

 彼女の言っていることは正しい。これには、サンゴも返すこと言葉はなかった。

 ただ、何もかも助言してしまうのは、未練解消の本質ではないような気がするのだ。そもそも、自分の未練は何なのか。まずはそこから、自分自身で考えることが重要だと思っている。

 29号の首が回り、サンゴのほうを向いた。あまり目を合わせたくない相手だが、無視を貫いたところで、また口うるさく言われると思うと気が滅入る。

 少し首を動かし、視線を合わせた。
 29号の目は、想像していた以上に角が丸い。咎めるような鋭いものではなく、憐れみのようなその瞳に、サンゴの心は余計に抉られた。

「未練解消をできなかった人間がどんな末路をたどるのか、わたしたちはよく知ってるでしょ」

 諭すような言い草だった。

 お互いの事情は把握している。衝突することも多いが、サンゴにとって29号は、信頼できる数少ない未練解消案内烏でもある。

 このままでは自分の信条が曲げられてしまいそうだ。サンゴは堪らず空へと翼を広げた。「ちょっと!」と呼び止める29号の声が聞こえたが、それは聞こえないふりで上空の群れに合流する。「お疲れ様です」という労いの言葉さえも流し、サンゴは誰よりも大きな声で鳴き続けた。

 どうしても、ひかるにあの子を重ね合わせてしまう。二十四歳と言う若さで命を落としたことにも、憐情を抱かざるを得ない。

 ――誰か。誰か早く、ひかるを見つけてやってくれ。

 そんな願いを込めて、もう一度強く鳴く。そんな先輩の姿に感化されたのか、他のカラスたちの鳴き声も、より一層大きくなっていた。