悪虐非道な盗賊は、燃える紅葉の海で一度だけ姫を抱き締めた。

 一週間ぶりに姿を現した五右衛門に、摩亜は机上にあった書状を手渡した。
「どうして一週間も姿を見せなかったのですか?」
 摩亜の表情には「私はご立腹です」と書かれている。五右衛門は腹部の怪我で動けなかったのであるが、それを摩亜に説明する訳にはいかない。
「まあ、それなりに活躍はしてきたから、それで勘弁しても貰わねえと―――」
 書状を目にした五右衛門の言葉が途中で止まった。
「こりゃあ・・・」

 摩亜が五右衛門に手渡した書状は、秀吉からのものであった。
 これまでは「摩亜殿」という書き出しであったものの、今回のものは「加賀殿」となっている。加賀は前田家の領地である。領地の名称を摩亜の愛称として使用したのだ。これは、摩亜に対する親愛の情と、前田家に対する信頼を表すために秀吉が意図的に呼としたのだろう。この変化からも、摩亜が秀吉の側室として上位になったことが分かる。そして、その書状には更に驚くべきことが書かれていた。

「今年に秋に完成する伏見城に、私の部屋を用意すると書かれています」
 伏見城は都における秀吉の居城である。その城に部屋を与えられるなど普通では考えられない。おそらく、摩亜一人だけであろう。それほどまでに、摩亜は秀吉に必要とされているということだ。そこに愛情の有無が関係が無い。役に立つがどうかだけだ。そういう意味では、五右衛門の目論見が達成されたということである。

「めでえじゃねえか。日の本のためにも、お家のためにも、最上の結果だな」
「・・・はい」

 本来であれば喜ばしいことなのであるが、逆に摩亜の心は沈んでいた。父利家がら託された使命を果たしたのであるが、なぜか想像していた達成感や高揚感は湧いてこなかった。ただ、胸に開いた小さな穴が、ジクジクとした痛みを伴って広がっていく。そんな気がして、思わず胸を押さえた。

 書状を読み終えた五右衛門が、摩亜に消しながら問う。
「それで、いつ伏見城に家移りするんでい?」
「秋口に太閤様から御迎えがあるようですね。詳細は不明ですが、あと二月いったところでしょうか」
「二月・・・か」
 そう呟いて、五右衛門が黙り込む。
 伏見城は前田屋敷とは警備が雲泥の差だ。前田屋敷の吉備がいくら厳重といっても、所詮は街中の屋敷でしかない。実際に、五右衛門は苦も無く出入りできている。しかし、伏見城はそうはいかない。秀吉自らが都の要として設計し、築城を直接指示をしたのだ。五右衛門が一人で侵入できるはずがない。

 つまり、二人の沈黙はそういうことなのだ。



 ―――――その頃、秀吉の周辺でも大きな変化が起きていた。

 養子である豊臣(トヨトミ) 秀次(ヒデツグ)が秀吉の後継者として有力視されていたが、待望の嫡男である秀頼(ヒデヨリ)が誕生したため状況が大きく変化し始めていたのだ。秀吉はようやくできた嫡男を溺愛し、当然のように後継者秀次から秀頼に変更した。秀次はそれを素直に受け入れ、自らは秀頼の補佐する立場になることを承諾する。しかし、不安が解消されない秀吉は権力の中枢から秀次を排除し、居城である清洲城に追いやってしまった。
 このような状況に陥っても、二人の関係性は何も変わってはいない。しかし、それはあくまでも表面上の話である。ずっと秀次は次期秀吉の後継者として関白も引き継ぎ、その業務にも携わってきたのだ。当然、秀次は内心では全く納得していなかった。

 追放されたあの日から、反逆の芽を育てながら秀次は復讐のチャンスを虎視眈々と狙っている。