それから、五右衛門は三日に一度の割合で摩亜の元を訪れるようになった。その懐には市井の土産を、背中には摩亜の名声を背負って。
最初の内は何も問題は起きなかった。五右衛門が真っ当な方法で稼いだ銭で流行物を買い、暗闇で悪党を討って摩亜の評判を上げた。しかし、狙われる側も最初の頃のようには簡単に討たれなくなっていく。少人数の盗賊団を討ち果たすと、次は小規模な盗賊団。それが終わると中規模の。今はもう、数十人規模の大盗賊団が残るのみとなっていた。
この人数になると、さずがに不意を突いたくらいではどうする事もできない。
とはいえ、元々戦う必要はないのだ。
五右衛門が自分の都合で潰しているだけなのだ。
ここで止めたからといって、誰からも責められる事はない。
だが、そうする訳にはいかない。
都で最大の盗賊団を潰せば、市井での摩亜人気は不動のものになるだろう。
そうすれば、摩亜の願いが叶うのだ。
今夜も一人、五右衛門は事前に調べていた盗賊団の塒へと向かった。
そこは、いつかのような山中の廃寺だった。
今夜はもう、騙し討ちのような急襲はしない。正々堂々と真正面から乗り込む。人数差を考えると、逆に不意打ちを躱されてで囲まれる可能性があるからだ。一人の五右衛門にとっては、その方がよほど厄介なのだ。
三日月が照らす薄暗い石段を上り、だだっ広い境内へと辿り着く。すると、その場には既に三十人程の盗賊が待ち構えていた。五右衛門は伊賀の里から出奔する時に拝借した短刀を抜き、逆手に構える。
「オメエら、やっちまえ!!」
中央の奥に陣取る男が声を上げると、抜刀した盗賊共が五右衛門一人に殺到する。
一瞬で片が付く―――盗賊団の頭はそう思っていたに違いない。しかし現実は全く違っていた。
五右衛門は疾風のように境内を駆け抜け、擦れ違い様に数人の首を切り裂いた。鮮血が飛び散る中、呆気に取られて動きを止めた数人を更に斬り付ける。開始の号令と同時に、七人の盗賊が地面に倒れ伏した。五右衛門はそのまま動きを止めず、鉛玉を指弾によって数人の目を潰す。呻き声を上げる盗賊の間をすり抜け、そこにいた男の着衣を握って石段の下へと投げ飛ばした。
圧倒的な力の差。それを目の当たりにした盗賊達は、我先にと逃亡を図る。盗賊には忠誠心など無い。弱者から搾取し、強者には媚びへつらう。そうなると、五右衛門にとって後は簡単な作業に過ぎなかった。戦意を失っている者など、背中を蹴り飛ばせば良いだけだ。
ほんの半刻足らずで部下を失った盗賊の頭は、床几に座ったままで腰を抜かしていた。
「さて、と・・・後はオメエをとっ捕まえれば仕舞えだなあ」
頭に向かってゆっくりと歩を進める五右衛門の元に、廃寺の中から若い女が駆け寄って来た。
おそらく、この盗賊団に攫われてきたのだろう。その身形を見ると乱暴をされた様子はなく、五右衛門は安堵して息を吐く。
寄り縋ってきた若い女を受け止めた瞬間だった。
ズンという衝撃と共に、腹部に鈍痛が響いた。
反射的に女の手を掴み、その場に叩き伏せる。
女は僅かな空間で反転して受身を取った。
五右衛門の目が見開かれる。
「まさか、くノ一か・・・」
五右衛門が腹部に刺さった短刀を拭き、女忍者に投げ付ける。
女忍者は素早く後方に飛んで躱わし、着地するとその場で片膝をついて頭を垂れた。
「五右衛門よ、久しいのう」
女忍者の背後から白髪の老人が姿を現した。
五右衛門は、その老人をよく知っていた。百地 三太夫。五右衛門に忍術を教え込んだ師匠であると共に、伊賀の里を出奔する理由になった人物である。
「ようやく見付けたのだ。今日こそは妻の敵討ちをさせてもらおうかのう」
百地は手にしている錫杖を五右衛門に突き付けた。
「それはオレが悪いんじゃねえだろ。何で何度言っても分かろうとしねえんだよ!!」
左の脇腹を押さえたまま、五右衛門が叫ぶ。
若き日の五右衛門が、師匠である百地の妻と密通。そして、挙げ句の果てに殺して逃げたと言われている。
だが、実情は全く違う。酒を飲んでは暴力を振るう百地に耐え切れず、妻が五右衛門の元に助けを求めに来た。それを目にした百地が、妻と密通していると勘違いして五右衛門に斬り掛かった。百地の凶刃から身を挺して守った妻が、五右衛門の代わりに生命を落とした。これが真相だ。百地が事実を認めようとしないため、五右衛門は仕方なく伊賀の里を出奔することになったのである。
老いた百地目にし、五右衛門が溜め息を吐く。
「そろそろ、幕を引かねえとダメかあ」
そして、短刀を握り締めて身を屈めた。
最初の内は何も問題は起きなかった。五右衛門が真っ当な方法で稼いだ銭で流行物を買い、暗闇で悪党を討って摩亜の評判を上げた。しかし、狙われる側も最初の頃のようには簡単に討たれなくなっていく。少人数の盗賊団を討ち果たすと、次は小規模な盗賊団。それが終わると中規模の。今はもう、数十人規模の大盗賊団が残るのみとなっていた。
この人数になると、さずがに不意を突いたくらいではどうする事もできない。
とはいえ、元々戦う必要はないのだ。
五右衛門が自分の都合で潰しているだけなのだ。
ここで止めたからといって、誰からも責められる事はない。
だが、そうする訳にはいかない。
都で最大の盗賊団を潰せば、市井での摩亜人気は不動のものになるだろう。
そうすれば、摩亜の願いが叶うのだ。
今夜も一人、五右衛門は事前に調べていた盗賊団の塒へと向かった。
そこは、いつかのような山中の廃寺だった。
今夜はもう、騙し討ちのような急襲はしない。正々堂々と真正面から乗り込む。人数差を考えると、逆に不意打ちを躱されてで囲まれる可能性があるからだ。一人の五右衛門にとっては、その方がよほど厄介なのだ。
三日月が照らす薄暗い石段を上り、だだっ広い境内へと辿り着く。すると、その場には既に三十人程の盗賊が待ち構えていた。五右衛門は伊賀の里から出奔する時に拝借した短刀を抜き、逆手に構える。
「オメエら、やっちまえ!!」
中央の奥に陣取る男が声を上げると、抜刀した盗賊共が五右衛門一人に殺到する。
一瞬で片が付く―――盗賊団の頭はそう思っていたに違いない。しかし現実は全く違っていた。
五右衛門は疾風のように境内を駆け抜け、擦れ違い様に数人の首を切り裂いた。鮮血が飛び散る中、呆気に取られて動きを止めた数人を更に斬り付ける。開始の号令と同時に、七人の盗賊が地面に倒れ伏した。五右衛門はそのまま動きを止めず、鉛玉を指弾によって数人の目を潰す。呻き声を上げる盗賊の間をすり抜け、そこにいた男の着衣を握って石段の下へと投げ飛ばした。
圧倒的な力の差。それを目の当たりにした盗賊達は、我先にと逃亡を図る。盗賊には忠誠心など無い。弱者から搾取し、強者には媚びへつらう。そうなると、五右衛門にとって後は簡単な作業に過ぎなかった。戦意を失っている者など、背中を蹴り飛ばせば良いだけだ。
ほんの半刻足らずで部下を失った盗賊の頭は、床几に座ったままで腰を抜かしていた。
「さて、と・・・後はオメエをとっ捕まえれば仕舞えだなあ」
頭に向かってゆっくりと歩を進める五右衛門の元に、廃寺の中から若い女が駆け寄って来た。
おそらく、この盗賊団に攫われてきたのだろう。その身形を見ると乱暴をされた様子はなく、五右衛門は安堵して息を吐く。
寄り縋ってきた若い女を受け止めた瞬間だった。
ズンという衝撃と共に、腹部に鈍痛が響いた。
反射的に女の手を掴み、その場に叩き伏せる。
女は僅かな空間で反転して受身を取った。
五右衛門の目が見開かれる。
「まさか、くノ一か・・・」
五右衛門が腹部に刺さった短刀を拭き、女忍者に投げ付ける。
女忍者は素早く後方に飛んで躱わし、着地するとその場で片膝をついて頭を垂れた。
「五右衛門よ、久しいのう」
女忍者の背後から白髪の老人が姿を現した。
五右衛門は、その老人をよく知っていた。百地 三太夫。五右衛門に忍術を教え込んだ師匠であると共に、伊賀の里を出奔する理由になった人物である。
「ようやく見付けたのだ。今日こそは妻の敵討ちをさせてもらおうかのう」
百地は手にしている錫杖を五右衛門に突き付けた。
「それはオレが悪いんじゃねえだろ。何で何度言っても分かろうとしねえんだよ!!」
左の脇腹を押さえたまま、五右衛門が叫ぶ。
若き日の五右衛門が、師匠である百地の妻と密通。そして、挙げ句の果てに殺して逃げたと言われている。
だが、実情は全く違う。酒を飲んでは暴力を振るう百地に耐え切れず、妻が五右衛門の元に助けを求めに来た。それを目にした百地が、妻と密通していると勘違いして五右衛門に斬り掛かった。百地の凶刃から身を挺して守った妻が、五右衛門の代わりに生命を落とした。これが真相だ。百地が事実を認めようとしないため、五右衛門は仕方なく伊賀の里を出奔することになったのである。
老いた百地目にし、五右衛門が溜め息を吐く。
「そろそろ、幕を引かねえとダメかあ」
そして、短刀を握り締めて身を屈めた。



