悪虐非道な盗賊は、燃える紅葉の海で一度だけ姫を抱き締めた。

 翌日、五右衛門は都の通りを歩いていた。どこから見ても無頼漢ではあるが、以前のような刺々しさは鳴りを潜めている。
 そんな五右衛門の視線が甘味屋で止まった。摩阿が欲しているものの一つはハッキリしていたが、それはすぐに手に入るものではない。しかし、もう一つは簡単に持ち運ぶことができる。五右衛門は甘味屋の店頭に並ぶ団子に狙いを定めると、ゆっくりと近付いて行く。そして、売子の隙を見計らって―――手を止めた。

 盗んだ物を摩阿に渡す訳にはいかない。
 汚れた銭で買った物も駄目だ。
 誰に対しても負い目が無い物でなければ、持って行くことはできない。

 真っ当な仕事を探すしかない。
 自分の風貌を見下ろした五右衛門は苦笑いをする。こんな身形で、道理に合った仕事があるのだろうかと。
 「ふう」と溜め息を吐き、五右衛門が甘味屋から離れようとする。その時だった。通りの向こう側から叫び声が聞こえた。
「その、その男を、捕まえて下さい!!」
 五右衛門が声が聞こえてきた方向を見ると、自分と同じような風体の怪しい男が走って来た。その手には、明らかに男の所持品ではない紫紺の巾着が握られている。
 五右衛門の横を駆け抜けようとした刹那、擦れ違い様にその男の足を引っ掛けて重心を崩し―――そして、前のめりになる男の背中を蹴り飛ばして、背後から馬乗りになって巾着を握り締めていた手を捻り上げた。

「あ、ありがとうございます!!」
 追い付いた商人らしき男は五右衛門を目にした瞬間は驚いたが、組み伏せられている男を見て安堵の表情を見せた。
「ほれ、銭が入った巾着は腰紐に括り付けておくとか、用心しとかなきゃいけねえぜ」
 どちらが犯人が分からない容貌であるが、五右衛門は奪い返した巾着を手渡す。そして、押さえ込んでいたいた男を解放する。最初から番所に引き立てようと思っていた訳ではない。盗まれた方も、そんな面倒な手続きをするつもりもなさそうだったからだ。

「あの―――」
 立ち去ろうとした五右衛門を商人らしき男が呼び止める。怪訝そうに振り返る五右衛門に対し、一分銀を差し出した。
「これは少ないですが謝礼です。是非、お受け取り下さい。この巾着には当面の仕入資金が入っていたのです。これがなければ店が潰れてしまうところでした。本当にありがとうございました」
 何度も頭を下げて去って行く商人を見送った五右衛門の手には、謝礼という真っ当な銭が残っていた。


 その夜、摩阿が自室で書をしたためていると、天井上からコンコンという音が聞こえてきた。鼠が走ったのかと思って聞き流していると、再びコンコンと同じ音が響いた。そこでようやく、摩阿は筆を置いて天井を見上げた。

「簡単に忍び込めるのですね。屋敷の警備は一体どうなっているのでしょうか」
 わざとらしく嘆息する摩阿の前に、ふりと五右衛門が降りてきた。
「そこは、オレが凄腕だと褒めるところだと思うがね」
 そう言って、五右衛門が懐から紙の包みを取り出した。
「これは、一体何ですか?」
 訝しげに眺める摩阿の前で、五右衛門が包みを開ける。すると、そこから二本の団子が姿を現した。それは、五右衛門が甘味屋で眺めていた団子であった。摩阿の視線が団子と五右衛門を交互に移動し、最後に五右衛門の目を見詰めて止まった。

 五右衛門は堂々と腕を組むと、片方の口角を上げて笑う。
「大丈夫だ。お天道様にも誓える真っ当な銭で買った物だ。それに、オレが摩阿姫に、後ろめたい物を持って来ると思うのか?」
 その言葉を聞いた摩阿は肩の力を抜いた。その様子を見て、五右衛門が説明を加える。
「巷で名高い、玉乃屋の団子だ」
 その瞬間、摩阿の目が大きくなった。
 現在、都でよく耳にする甘味はいくつかあるが、摩阿はそのどれも食したことがない。序列が低くても秀吉の側室なのである。気軽に屋敷から出ることはできないし、様々な制約から他所の食べ物を口にすることができないのだ。それでも、まだ若い摩阿は当然のように甘味には興味があった。

「どうぞ。それが、今日の献上品だ。毒なんぞ入ってねえから、一気にぱくっといてくれ」
 と言われても、人前で大きな口を開ける訳にはいかない。摩阿は団子の串を掴むと五右衛門に背を向ける。そして、都一番と名高い玉乃屋のみたらし団子を初めて頬張った。何度か咀嚼した後、思わず声を漏らした。

「―――――美味しい」

 摩阿から見えない位置で、五右衛門が満足そうに満面の笑みを浮かべた。