悪虐非道な盗賊は、燃える紅葉の海で一度だけ姫を抱き締めた。

 五右衛門は廃寺の中に足を踏み入れると、周囲に控えている面々を見渡した。
「オメエら無事か?」
「へい、三人ほど浅く斬られた程度で全員無事ですぜ」
 五右衛門は片方の口角を上げて腕を組んだ。
「よし、で、成果はどうだ?」
 その言葉に反応し、数人の男が奥から千両箱を十個ほど運び出して五右衛門の前に並べた。
「予想通り、ところでしょうか?・・・あと、これが」

 千両箱に続いて姿を見せたのは、目隠しをして布を咬まされた若い女性と男児だった。その身なりから、二人ともどこか高位の子女に間違いない。おそらく、明智の残党が利用するために(サラ)ってきたのだろう。
「売りますかい?それとも、身代金を―――――」
 そう言い掛けたところで、五右衛門が部下の男を蹴り飛ばした。
「オレたちは盗賊団だ。人身売買や誘拐には手は出さねえ」
「すいやせんでした!!」
 慌てて土下座をする部下を一瞥し、五右衛門は全員に聞こえるように声を上げた。

「この金はここにいるオメエらで山分けしろ。
 それで、この盗賊団は解散だ。
 もう十分に稼いだだろう。後は、どこかの大名に仕官するも良し、これを元手に商売を始めるも良し、好きな女と添い遂げて家族を作るも良し。好きなようにに生きろ。ただ、忘れるな。オメエたちが本気で困った時はオレを頼れ。オレに話しに来い。ぜってえ、オレが何とかしてやる」

 こうして、都を恐怖に陥れていた盗賊団は、この日を境に噂話すら聞かなくなる。そして、盗賊団であった者たちは、一般庶民に紛れて姿を消した。


「さて、と。オメエたちをどうにかしねえとな。言っとくが、オレは助けた人間だ。間違っても叫んだりするなよ。その時は物理的に黙らせるぜ」
 そう言うと、2人は了解の意思を示すように頷いた。五右衛門は二人の口に咬ましてあった布を取り除く。承諾した通り、二人は叫ぶことも騒ぐこともしなかった。
「お嬢さんには悪いが、坊主の方が先だ。
 坊主、オメエさんは・・・武士じゃねえな。公家か?下の名前だけでも教えてくれるか?」
 男児は家を不穏な事柄に巻き込みたくはなかったのだろう。下の名前だけを告げた。
「・・・孝房(タカフサ)
 その名前と風貌、年齢に不似合いな思慮深さから、すぐに五右衛門は当たりを付けた。
「よし、それじゃあ、行くか」
 五右衛門は右肩に女性、左肩に孝房を担ぐと立ち上がった。そして、廃寺を後にすると暗闇の中を都の中心部に向かって進み始めた。

 動く影すら見当たらない都の通りを、五右衛門は孝房が住んでいるであろう屋敷に向かってひた走る。公卿が攫われた息子を探している可能性は十分にある。そんな場面に出くわしてしまった場合、どんな言い訳も信じてもらえないだろう。一刻でも早く返さなければならない。
 五右衛門が予想している公卿の屋敷前に到着すると、孝房を降ろして目隠しを外す。孝房は目を開くと、門構えと屋敷の屋根を見上げて頷いた。
「ありがとうございました。人相書きで見たことがあります。石川五右衛門様ですね。このご恩は、生害忘れません」
 孝房は深々と頭を下げると背を向け、拾った石を手にして表門の勝手口を叩いた。

「さて、次はお嬢さんだな」
 そう告げると、五右衛門は女性の目隠しを外した。女性は担がれている状態で五右衛門の顔を覗き込むと、ハッキリとした口調で意見をした。
「助けて頂いた方に申し上げるのはいかがなものかと思いますが、武家屋敷の辺りで降ろして下さい。後は自分の足で戻りますので。我が一族は武家でも武闘派で知られています。五右衛門様がお強いことは重々承知していますが、万一が見付かるようなことがあれば問答無用で襲ってくる可能性が高いです。特に都に詰めている者たちは一騎当千の猛者ばかりですので」
「ふん、明智の残党如きに出し抜かれるようじゃあ、大したこたあないんじゃねえのか?」
 自分を小物扱いされたことが面白くなかったのか、明らかに挑発的な言葉を口にする。それを耳にした女性は、申し訳なさそうに謝罪を口にした。
「そういうつもりではないのですが、万一お怪我でもしていしまう―――あ、ここで降ろして頂けると助かります」
 話している途中で言葉を切ると、本当に武家屋敷が立ち並ぶ入口付近で降ろしてくれるように告げた。

 五右衛門は言われた通りに立ち止まると、そこで担いでいた女性を降ろした。
 女性は五右衛門に対して頭を下げる。
「五右衛門様、本当にありがとうございました。私が明智の残党に利用されていた場合、日の本が大変なことになるところでした。このご恩は必ずお返し致します」
 女性はそう言うと、名前を告げることを忘れて歩き始めた。
 五右衛門も見返りを求めての行いではなかったため、名前を訊ねることはしなかった。

 女性の後姿が武家屋敷の方向に消えて行ったことを確認すると、五右衛門は踵を返して暗闇に溶けていった。