―――――石川五右衛門とその一党は、京極高次の居城である八幡山城を襲撃したものの失敗し捕縛された―――――
これが、一般に公表された内容だった。
当然、罪状はこれだけではなく、数多の強盗、略奪、襲撃である。当然のように、市中引き回しの上で死罪となった。通常であれば打ち首となるところであるが、見せしめの意味を込めて六条河原で釜茹での刑に処されることが決定する。
刑が執行される当日、市中を引き回された五右衛門は後ろ手で縛られた状態で六条河原に連行された。通常、極悪人は市井の人々から罵倒され、幾度となく投石される。そのため、処刑場まで辿り着いた時には血塗れになっているものだ。
しかし、五右衛門は全くの無傷だった。別に誰かのためにやったことではなかった。気紛れに銭を撒き、米を分け与えた。善意ではない。義賊などではないのだ。それでも、河原に姿を現した五右衛門に向かい、両手を合わせている者までいる。
ああ、そうかよ。もし生まれ変わることがあったら、次は―――――
人一人が十分に入ることができる釜を前にしても、五右衛門の心は凪いでいた。
もう、やり残したことはないのだ。
「少し時間を貰っても良いだろうか」
五右衛門の背後、少し離れた位置から男性の声が聞こえた。
その人物は自らを、万里小路 充房と名乗った。すると、即座に責任者の男は五右衛門との会話を許可した。万里小路充房は従二位権大納言、つまり上位の公卿である。いくら武士と言えど、一介の役人では上位の公卿に逆らうことなどできない。
「礼を申しに参りました」
充房は五右衛門の隣に立つと、正面を向いたまま口を開いた。万里小路という公家の名前は知っているものの、これまでの人生において五右衛門は関わった記憶が無かった。
「その節は大変ありがとうございまいした」
充房の向こう側から、幼い男児が顔を覗かせた。
その顔を目にした五右衛門が目を見開く。それは、摩亜と一緒に捕らわれていた「孝房」と名乗った男児だったからだ。
「公家にも色々と政争がございまして・・・それで、五右衛門殿、私に何かできることがございましょうか?」
充房に訊ねられ、五右衛門は心残りであったことを思い出した。それを託して良いものかどうかは分からなかったが、それでも、頼まずにはいられなかった。
「もし、摩亜姫が秀吉に捨てられるようなことがあれば、天下が揺れるような時がくれば、できる範囲で構わねえから、護ってやってはもらえねえだろうか」
「確かに、承りました」
短くそう答えると、万里小路の二人は五右衛門の元を去った。
同時刻、摩亜は伏見城の一室で外に向かって座っていた。
摩亜は側室としては異例の扱いで、伏見城の一画を与えられていた。側室の序列でいえば淀殿の次、二番目として扱われている。当初の目的は果たしたと言える。本来であれば喜ぶべきことであるにも関わらず、摩亜は外を見詰めたまま表情を消していた。
その視線の先には六条河原がある。今日そこで
五右衛門が処刑されることも知っている。
思い出さないように努力する。
助け出された夜のこと。
一緒に食べた団子のこと。
助けに来てくれた時のこと。
強く抱き締められたこと。
白昼夢のような打ち上げ花火。
真っ赤に燃える紅葉の海。
取り押さえられる姿。
最後に見せた優しい笑顔。
嫌味な言い回しも、意地悪な態度も、時折見せるはにかんだ笑顔も、何かも全てを、私は、私は―――――
「気分が優れないので、皆、部屋から出なさい。呼ぶまで、決して入らないように」
この涙は誰にも見られてはいけない。
罪人のために泣いてはいけない。
薄情だと罵られようが、恩知らずと蔑まされようが、私は、この場所に座っていなければならない。
それでも、紅葉よ。
あの日、全てを真っ赤に染めた紅葉よ。
もし私の願いを聞き届けてくれるのであれば、ほんの一瞬で構わない。
その身に、この世の注目を集めて欲しい。
「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」
五右衛門の辞世の句である。
浜辺の砂が全て無くなる事があったとしても、この世から泥棒がいなくなる事は決してないだろう、と。
この句は、本歌取りではないかと言われている。つまり、有名・古風な和歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れた二次創作ではないかと。その元になっている歌はこうである。
「わが恋は よむとも尽きじ荒磯海の 浜の真砂はよみ尽くすとも」
荒磯海の砂をすべて数え尽くすことができたとしても、私のあなたへの恋心は決して数え尽くせず、尽きることがない。
~ fin ~
これが、一般に公表された内容だった。
当然、罪状はこれだけではなく、数多の強盗、略奪、襲撃である。当然のように、市中引き回しの上で死罪となった。通常であれば打ち首となるところであるが、見せしめの意味を込めて六条河原で釜茹での刑に処されることが決定する。
刑が執行される当日、市中を引き回された五右衛門は後ろ手で縛られた状態で六条河原に連行された。通常、極悪人は市井の人々から罵倒され、幾度となく投石される。そのため、処刑場まで辿り着いた時には血塗れになっているものだ。
しかし、五右衛門は全くの無傷だった。別に誰かのためにやったことではなかった。気紛れに銭を撒き、米を分け与えた。善意ではない。義賊などではないのだ。それでも、河原に姿を現した五右衛門に向かい、両手を合わせている者までいる。
ああ、そうかよ。もし生まれ変わることがあったら、次は―――――
人一人が十分に入ることができる釜を前にしても、五右衛門の心は凪いでいた。
もう、やり残したことはないのだ。
「少し時間を貰っても良いだろうか」
五右衛門の背後、少し離れた位置から男性の声が聞こえた。
その人物は自らを、万里小路 充房と名乗った。すると、即座に責任者の男は五右衛門との会話を許可した。万里小路充房は従二位権大納言、つまり上位の公卿である。いくら武士と言えど、一介の役人では上位の公卿に逆らうことなどできない。
「礼を申しに参りました」
充房は五右衛門の隣に立つと、正面を向いたまま口を開いた。万里小路という公家の名前は知っているものの、これまでの人生において五右衛門は関わった記憶が無かった。
「その節は大変ありがとうございまいした」
充房の向こう側から、幼い男児が顔を覗かせた。
その顔を目にした五右衛門が目を見開く。それは、摩亜と一緒に捕らわれていた「孝房」と名乗った男児だったからだ。
「公家にも色々と政争がございまして・・・それで、五右衛門殿、私に何かできることがございましょうか?」
充房に訊ねられ、五右衛門は心残りであったことを思い出した。それを託して良いものかどうかは分からなかったが、それでも、頼まずにはいられなかった。
「もし、摩亜姫が秀吉に捨てられるようなことがあれば、天下が揺れるような時がくれば、できる範囲で構わねえから、護ってやってはもらえねえだろうか」
「確かに、承りました」
短くそう答えると、万里小路の二人は五右衛門の元を去った。
同時刻、摩亜は伏見城の一室で外に向かって座っていた。
摩亜は側室としては異例の扱いで、伏見城の一画を与えられていた。側室の序列でいえば淀殿の次、二番目として扱われている。当初の目的は果たしたと言える。本来であれば喜ぶべきことであるにも関わらず、摩亜は外を見詰めたまま表情を消していた。
その視線の先には六条河原がある。今日そこで
五右衛門が処刑されることも知っている。
思い出さないように努力する。
助け出された夜のこと。
一緒に食べた団子のこと。
助けに来てくれた時のこと。
強く抱き締められたこと。
白昼夢のような打ち上げ花火。
真っ赤に燃える紅葉の海。
取り押さえられる姿。
最後に見せた優しい笑顔。
嫌味な言い回しも、意地悪な態度も、時折見せるはにかんだ笑顔も、何かも全てを、私は、私は―――――
「気分が優れないので、皆、部屋から出なさい。呼ぶまで、決して入らないように」
この涙は誰にも見られてはいけない。
罪人のために泣いてはいけない。
薄情だと罵られようが、恩知らずと蔑まされようが、私は、この場所に座っていなければならない。
それでも、紅葉よ。
あの日、全てを真っ赤に染めた紅葉よ。
もし私の願いを聞き届けてくれるのであれば、ほんの一瞬で構わない。
その身に、この世の注目を集めて欲しい。
「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」
五右衛門の辞世の句である。
浜辺の砂が全て無くなる事があったとしても、この世から泥棒がいなくなる事は決してないだろう、と。
この句は、本歌取りではないかと言われている。つまり、有名・古風な和歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れた二次創作ではないかと。その元になっている歌はこうである。
「わが恋は よむとも尽きじ荒磯海の 浜の真砂はよみ尽くすとも」
荒磯海の砂をすべて数え尽くすことができたとしても、私のあなたへの恋心は決して数え尽くせず、尽きることがない。
~ fin ~



