悪虐非道な盗賊は、燃える紅葉の海で一度だけ姫を抱き締めた。

 ダ―――――ン、という聞き慣れない音、花火の爆発音に紛れて聞こえた。
 その瞬間、門を開けた男の口元が朱に染まる。
 男は一瞬よろけたものの踏み止まり、勢い良く振り返った。
 五右衛門よりも早く男は駆け出した。
 先程と同じ音が二度響き男は膝が折れて前のめりに倒れる。
 しかし、そのまま地面で一回転すると再び走り出した。
 鉄砲を構えた城兵が三人。
 次の瞬間、男の短刀が右側から順に城兵の首を切り裂いた。

 まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちる男は、五右衛門の手によって支えられた。
「へ・・・へへ・・・天守閣は、あ、あっちでさ・・・早く、行ってくだせえ」
「分かった」
「か、頭・・・ワシは、信州の地酒を・・・浴びるほど、の、飲んでみてえなあ・・・」
 スッと重くなった男をその場に寝かせると、五右衛門はすぐに立ち上がった。犬死だけは絶対にさせる訳にはいかないのだ。



 その頃、表門でも元配下の者達、いや仲間達が必死に時間を稼いでいた。
 初手は完璧だったと言える。見事なまでに奇襲は成功し、表門を開けて内部に侵入することに成功した。しかし、問題はその先だった。城門の中に、更に門があったのだ。表門よりは低いものの堅固な造りとなっており、門に連なる壁には多くの狭間(鉄砲を撃つ穴)が用意されていた。築城の名手と言われる秀吉が建てたのだ。当然の備えとも言える。

 表門の陰に隠れながら思案していたまとめ役の男が、最後の花火を打つように指示をする。このまま手をこまねいていても、ジリ貧になることは目に見えていた。そもそも、自分達の役割は陽動なのである。

 二尺玉が内部の門を目掛けて放たれる。
 もはやこの距離では瞬間的に爆ぜる。
 轟音が響き周囲が一瞬にして白に染まる。 
 その中を男達は既に駆けていた。
 もう鼓膜は必用ない。
 手に短刀を握り締め一気に駆け抜ける。
 一人が塀を駆け上がり向こう側に姿を消す。
 更に一人、もう一人。
 門が開け放たれた。

 笑っている。
 笑いながら腹部を貫いている槍を見下ろす。
「あっしは、灘の酒が一番だと思うんですがねえ・・・」

 鉄砲を奪い取った男が遠くに放り投げる。
 口元を朱に染めて仰向けに倒れた。
「ワシは、やはり、伊丹かのう・・・」

 多勢に無勢。
 十倍以上の敵を相手にし、鉄砲を目の前にし、男達は一歩も引かない。
 一人も背中を見せることもなく半刻以上戦い続けた。
 それでも、一人、また一人と倒れていく。

 弓兵に取り囲まれた男が天守閣を見上げる。
 次の瞬間、全身に十本以上の矢が刺さった。
「ああ・・・花火はやはり、空に向かって上げるものだなあ・・・」

 最後の一人が目にしたのは、夜空に大輪の華を咲かせる五寸玉だった。



 五右衛門は屍の上を進んで行く。
 天守閣に足を踏み入れると、抵抗は更に激しくなった。狭い場所であることが幸いし、取り囲まれることもなく敵を叩き伏せていく。それでも、無傷という訳にはいかない。既に着物は散々に切り刻まれ、黒い着物は色が濃くなっている。最上階を目の前にし、階段に続く襖を開け放つと十名以上の武士が待ち構えていた。身に纏う殺気からして、これまでの雑兵とは全く違う。しかし、だからといって引き返す訳にはいかない。五右衛門はだだっ広い部屋に足を踏み入れると刀を構え直した。

 五右衛門は百地三太夫を打ち倒した実力者である。その五右衛門を以ってしても、待ち伏せをしてい武士は厳しい相手だった。個々の腕前が高いこともあったが、最奥に腰を下ろしている中心人物を思われる男の指示が的確だったからだ。五右衛門はその男目掛けて棒手裏剣を投げ放った。男はそれを刀の柄で払い除け、高らかに笑った。
「お主、石川五右衛門であろう」
 男が立ち上がると、五右衛門達に襲い掛かっていた武士が左右に分かれて道を作った。
「我が名は赤尾(アカオ) 伊豆(イズ)。盗賊ながらに猛者という噂を耳にしたことがある」

 刹那、赤尾が一気に間合いを詰め、五右衛門に対し上段から刀を振り下ろした。五右衛門は予測していたのか、半歩下がって剣先を躱す。更に翻って迫る刀身を手にしていた刀で弾き、鉛玉の指弾を至近距離から放つ。反撃されることを想定していなかった赤尾は、右肩に鉛玉を食らって刀を落とした。
 それを目にした五右衛門は、赤尾に構うことなく上階に向かう階段に走る。武士が赤尾のため左右に避けていたため、階段への道が見えていたのだ。それを見た武士達は当然のように行く手を阻む。それを左右へと不調和な足運びで残像を残しながら避ける。最後の相手を跳んだと見せかけて股の下を通り抜けてやり過ごし、ついに階段に辿り着いた。

 階段に手が届いたことで油断した五右衛門の背中に、一本の真っ赤な線が入る。五右衛門が肩越しに振り返ると、刀を左手に持ち替えた赤尾が立っていた。後悔する時間は無い。既に赤尾は剣先を五右衛門に向けている。間合い的には急所を避ける以外に方法は見当たらず、致命傷にならないように身体を捻った。
 しかし、赤尾の刀が五右衛門に届くことはなかった。
 二人の間に、もう一人の仲間が自らの身体を挿し込んだからだ。
「早く、階段をあがってくだせえ」
 腹部から滴る血が、瞬く間に足下を染めていく。
 赤尾は刀を抜こうとするが、渾身の力を込める男の腹部からは一向に抜ける気配がない。そして次の瞬間、赤尾の刀は刺さった状態のまま、半ばから男の手によってへし折られた。目を見開く赤尾。

「オメエの好きな酒は何だ?」
 五右衛門の問いに男は短く答えた。
「永禄二歳です」
「分かった」
 五右衛門は背を向けて返事をすると、振り返ることなく階段を上がって行った。

 それを確認した男は、最後の力を振り絞って目の前の階段を蹴り壊した。
 そして、全身から刀を生やした状態で満面の笑みを浮かべた。

「楽しみだなあ・・・」