悪虐非道な盗賊は、燃える紅葉の海で一度だけ姫を抱き締めた。

 五右衛門はその日の内に八幡山城に到着した。現在、八幡山城は京極(キョウゴク) 高次(タカツグ)の居城ということになってはいる。しかし、京極高次は実質的には秀次の幕臣であり、都を追放された秀次は清洲城には帰らず、密かに八幡山城に隠遁していた。この場所の方が都に近いからだ。

 夜陰に紛れて八幡山城を見上げる五右衛門の表情は険しい。この城は秀吉が近江の要として建設した山城だ。たかが盗賊一人でどうにかなるものではない。石垣を登ったところで侵入可能な場所は無い。正面から立ち向かったところで鉄砲の一斉射撃を食らうだけだ。もし、この城に侵入できる可能性があるとすれば―――――背後に気配を感じた五右衛門が身構えて振り返る。

「あっしでさあ、頭」
 五右衛門の前に現れたのは、五右衛門が頭を張っていた盗賊団の配下の者だった。更に、その背後から十人余りの人影が現れる。
「いやね、頭が八幡山城を狙うんじゃねえかって噂を小耳に挟みやして。金も使い果たして一文無しですし、ちょっと手伝おうかと」
 五右衛門は元配下だった者達を見渡して冷淡に告げる。
「オメエら、死ぬぞ?」
 元配下のひとりが口を開く。
「家族ができた三人は置いてきやした」
 その隣からも声が聞こえる。更に、各々が次々と思いを言葉にしていった。
「散々悪さしてきやしたし、どの面下げて生きていけばいいのか分かんねえですし」
「こんなワシらが幸せになるってえのも、おかしな話だとも思う訳ですわ」
「あの三人がオレらの分も生きてくれるでしょうしね」
「ワシらの置いてきた銭を博打に突っ込んでたら、みんなで化けて出ようなあ」
 そこに集った元配下達が揃って笑う。そして、ひとしきり笑った後で唐突に静まり返った。

「死に場所を決めてきたんですわ」

 その言葉を五右衛門は素直に受け取った。
 その気持ちが五右衛門には痛いほど分かったからだ。

「あの世での酒代は、全部オレ様が持つからな。テメエら、下手あ打つんじゃねえぞ!!」
「「「「「へい!!」」」」」


 表門から十人余りが派手に襲撃し、その隙に五右衛門を含めた三人が(カラメ)手門(裏門)から侵入を試みる手はずとなった。
「頭、これを持って行ってくだせい」
 打ち合わせが終わった瞬間を見計らい、一人の男が五右衛門に声を掛けてきた。男が手にしていたのは、様々な大きさの球体だった。
「打ち上げ花火を、都の鍵屋から少々拝借してきやした。二寸玉が五発と五寸玉が一発です。ワシらは表門を二寸玉で撹乱するので、頭は五寸玉を持って行ってくだせえ。で、無事に成功したら、天守閣のてっぺんから派手に打ち上げてくだせえ」
「おう!!」
 五右衛門は五尺玉を受け取ると、無造作に懐に放り込んだ。


 それから半刻後、ついに元石川五右衛門の盗賊団が、八幡山城から摩亜を盗み出す作戦を決行した。
 夜陰に紛れて表門の正面に現れた男達は、一斉に城に向かって花火を打ち込んだ。二尺玉といっても空に向かって打てば五重塔よりも高くまで上がり、城全体を覆い尽くす程の火花を撒き散らすのである。それを同時に打ち込まれては、さすがの堅城といえど守備は揺らぐ。その隙に男達は城壁に取り付き、乗り越えて暴れ回るという寸法だ。

 ヒュルヒュルという甲高い音が地面と水平に飛んで行き、表門にぶつかって爆発を起こす。
 眩い閃光が辺りを包み込み、一瞬にして昼夜と見紛うほどの明るさになった。
 数人の花火係を残し、残りの者達は火花が飛び散る中を表門に向かって駆け出した。
 続け様に炸裂する花火。
 辺りに煤けた火薬の臭いが立ち込める。
 城の中が俄かに慌しくなり、次々と城内の灯りが点灯する。
 破裂音と赤や青の光の中を男達は駆けた。

 五右衛門達三人は、搦手門のすぐ近くに身を潜め、花火の音が響く時を待っていた。表門の方から爆発音が聞こえると同時に、三人は搦手門を乗り越え、内部に侵入する手はずになっているのだ。暫くすると、突然表門の方が昼間のように明るくなり、地面を揺るがすような爆音が鳴り響いた。
「ヤツラ、おっ始めやがったな。オレたちも行くとしようか」
 先陣を切って進もうとする五右衛門に対し、隣にいた元配下の男が口を開く。
「ワシが先に行きますけえ、頭は後から来てくだせえ。摩亜姫に会う前に討ち取られちゃあ笑えねえんで」
「オレ様がそんな―――――」
「お願げえしやす」
 五右衛門は口を噤み、それ以上は何も言わず男に従った。

 突如、騒がしくなる城内。
 それは五右衛門から見ても明らかな変化だった。戦でもしていない限り、夜襲に備える警備などはしていない。その状態で表門から襲撃されたのだ。周囲が闇に包まれているため、敵の人数も全く分からないだろう。まさか、十人余りでこの堅城を攻めているとは夢にも思うまい。
 先頭を走る男は搦手門に張り付くと、紐が突い鉤爪を城壁に放り投げる。それがしっかりと絡み付いたことを確認すると、スルスルと序壁を登って行く。それから数秒後には内部から城門を開いて見せた。

「お待たせ致しやした。さあ、先に進みましょう」
 元部下の男は嬉しそうな笑顔を湛え、五右衛門に対して先を促した。