五右衛門は秀吉からの書状を目にして以降も、五右衛門は三日に一度の割合で摩亜の元を訪れた。本来であれば、危険を犯してまで摩亜の元へと足を運ぶ必用はない。当初、五右衛門が提示した二つの約束は果たされているのだ。市井の流行物は五右衛門の手によってもたらされ、既に庶民よりも詳しくなっている。最大の目的であった豊臣と前田との楔役も「加賀殿」と呼ばれ、伏見城に部屋を割り振られた時点で成し遂げたと言える。
そんなことが理解できないほど、五右衛門も摩亜も愚かではない。
そんなことが理解できていても、摩亜も五右衛門も愚かだった。
終わりの刻限が見えていても、手を放すことができなかった。
それでも、五右衛門が去った後には夜が明けて、何度か月が顔を出すと五右衛門が訪れた。
突然、二人の時間は終わりを迎える。
摩亜の元に秀吉から書状が届いたのだ。
いつものように訪れた五右衛門に、摩亜は秀吉からの書状を差し出す。
いつもであればすぐに受け取る五右衛門であったが、この時ばかりは手が伸ばせなかった。この書状を読んでしまえば、この時間が終わることを知っていたからだ。それでも、書状を持つ手が震えていることに気付いて、五右衛門は片方の口角を上げて受け取った。
「あと二日か。秀吉は気が気が短けえなあ」
いつものように悪態を吐く五右衛門に対し、摩亜がいつもとは違う注意をする。
「その呼び方は不敬ですよ。オサル様とお呼びしませんと」
摩亜の言葉を耳にした五右衛門は大きく目を見開いた後、声を殺してクツクツと笑う。その様子を目にした摩亜も、着物の袖で口元を隠して肩を揺らした。
「摩亜姫を外に連れ出せなかった事が、オレ様の心残りだなあ」
摩亜は五右衛門の言葉を聞き、無意識に俯いた。五右衛門は摩亜の様子を見て見ぬ素振りで話しを続ける。
「だが、まあ、それっぽいことができねえ訳じゃあねえか」
ゆっくりと摩亜が顔を上げる。それを確認した五右衛門が、極悪非道と呼ばれた盗賊であることを忘れるような笑顔を見せた。
「よし、それじゃあ、しっかり目を閉じて、頭の中でオレの言葉を思い浮かべてくれないか」
摩亜は目を閉じると、こくりと頷いた。
「都の道は碁盤の目のように真っ直ぐだ。まず、この場所、武家屋敷が立ち並ぶ場所の傍には、大納言だの中納言だのの偉い公家達が屋敷を建てている。この辺りは人通りが少なくて、武家や公家の奉公人以外は歩いていない。庶民達が賑やかにやっているのは川を渡った南側だな。市井を見て回るには、この前田屋敷を出て南に向かう必要がある。
南に向かって暫く歩くと、目の前にやや大きい橋が見えてくる。その橋を渡ると、前面に大小様々な店が見えてくる。橋のすぐ目の前にあるのは、庶民のためではないお高い着物を売っている店だ。そこに顔を出して賑やかしてもいいが、その一つ隣の店には流行の装飾品が並んでいる。若い娘さんは、間違いなくそっちに向かうだろうな。朱や黄といった派手な物から、薄紫や白といった大人しい物まで様々だ。そこで気に入った物を髪にあてたり、帯に挿し込んだりして楽しむだけでも問題ない。
そこで時間を費やしていると丁度良い頃合いになる。そこから更に南に歩いて行くと、甘味屋が見えてくる。都で評判の団子屋である玉乃屋もこの地区にあるな。美味いみたらし団子を求めて玉乃屋に行くも良し、甘いぜんざいを食いに八乃屋に向かうも良しだ。もちろん、両方行くっていう手もあるがな。ただ、気を付けねえといけねえのは、みたらし団子を食うと、どうしても甘いタレが口の周りに着いちまう。ざんぜいを食っても、口の周りが黒くなるがな。口元に気を付ければ、まあ大丈夫だが。
腹ごなしをして少し休んで、もっと南に向かう。すると、目の前に大きな川に辿り着く。その川の土手には見える範囲ずっと桜の木が植えてあってな、春になると見渡す限りが桜色に染まる。満開の桜の下に座り、走り回る子供達や、この時ばかりは羽を伸ばす庶民。一番良い場所にはお偉い武家や公家までもが酒を飲んでいる。
摩亜姫はその土手に座り、桜の花びらが舞う中で風景に溶け込んでいる。今、この場所だけでは、地位も身分も関係ない。全ての人達が等しく桜を眺めて酔いしれる―――――」
摩亜は五右衛門の説明を聞いていく内に、まだ見たことがない都の景色が目の前に広がった。そして、その中を五右衛門と一緒に歩く自分を思い浮かべ胸が温かくなった。今、この時だけは、この気持ちに素直になっても良いのではないかと思いながら、話の続きを待つ。
しかし、いつまで待っても五右衛門の声が聞こえてこない。
待ち切れなくなった摩亜は、目を開けて五右衛門の様子を窺った。
「・・・五右衛門様?」
そこに五右衛門の姿は無く、そのまま姿を見せることはなかった。
そんなことが理解できないほど、五右衛門も摩亜も愚かではない。
そんなことが理解できていても、摩亜も五右衛門も愚かだった。
終わりの刻限が見えていても、手を放すことができなかった。
それでも、五右衛門が去った後には夜が明けて、何度か月が顔を出すと五右衛門が訪れた。
突然、二人の時間は終わりを迎える。
摩亜の元に秀吉から書状が届いたのだ。
いつものように訪れた五右衛門に、摩亜は秀吉からの書状を差し出す。
いつもであればすぐに受け取る五右衛門であったが、この時ばかりは手が伸ばせなかった。この書状を読んでしまえば、この時間が終わることを知っていたからだ。それでも、書状を持つ手が震えていることに気付いて、五右衛門は片方の口角を上げて受け取った。
「あと二日か。秀吉は気が気が短けえなあ」
いつものように悪態を吐く五右衛門に対し、摩亜がいつもとは違う注意をする。
「その呼び方は不敬ですよ。オサル様とお呼びしませんと」
摩亜の言葉を耳にした五右衛門は大きく目を見開いた後、声を殺してクツクツと笑う。その様子を目にした摩亜も、着物の袖で口元を隠して肩を揺らした。
「摩亜姫を外に連れ出せなかった事が、オレ様の心残りだなあ」
摩亜は五右衛門の言葉を聞き、無意識に俯いた。五右衛門は摩亜の様子を見て見ぬ素振りで話しを続ける。
「だが、まあ、それっぽいことができねえ訳じゃあねえか」
ゆっくりと摩亜が顔を上げる。それを確認した五右衛門が、極悪非道と呼ばれた盗賊であることを忘れるような笑顔を見せた。
「よし、それじゃあ、しっかり目を閉じて、頭の中でオレの言葉を思い浮かべてくれないか」
摩亜は目を閉じると、こくりと頷いた。
「都の道は碁盤の目のように真っ直ぐだ。まず、この場所、武家屋敷が立ち並ぶ場所の傍には、大納言だの中納言だのの偉い公家達が屋敷を建てている。この辺りは人通りが少なくて、武家や公家の奉公人以外は歩いていない。庶民達が賑やかにやっているのは川を渡った南側だな。市井を見て回るには、この前田屋敷を出て南に向かう必要がある。
南に向かって暫く歩くと、目の前にやや大きい橋が見えてくる。その橋を渡ると、前面に大小様々な店が見えてくる。橋のすぐ目の前にあるのは、庶民のためではないお高い着物を売っている店だ。そこに顔を出して賑やかしてもいいが、その一つ隣の店には流行の装飾品が並んでいる。若い娘さんは、間違いなくそっちに向かうだろうな。朱や黄といった派手な物から、薄紫や白といった大人しい物まで様々だ。そこで気に入った物を髪にあてたり、帯に挿し込んだりして楽しむだけでも問題ない。
そこで時間を費やしていると丁度良い頃合いになる。そこから更に南に歩いて行くと、甘味屋が見えてくる。都で評判の団子屋である玉乃屋もこの地区にあるな。美味いみたらし団子を求めて玉乃屋に行くも良し、甘いぜんざいを食いに八乃屋に向かうも良しだ。もちろん、両方行くっていう手もあるがな。ただ、気を付けねえといけねえのは、みたらし団子を食うと、どうしても甘いタレが口の周りに着いちまう。ざんぜいを食っても、口の周りが黒くなるがな。口元に気を付ければ、まあ大丈夫だが。
腹ごなしをして少し休んで、もっと南に向かう。すると、目の前に大きな川に辿り着く。その川の土手には見える範囲ずっと桜の木が植えてあってな、春になると見渡す限りが桜色に染まる。満開の桜の下に座り、走り回る子供達や、この時ばかりは羽を伸ばす庶民。一番良い場所にはお偉い武家や公家までもが酒を飲んでいる。
摩亜姫はその土手に座り、桜の花びらが舞う中で風景に溶け込んでいる。今、この場所だけでは、地位も身分も関係ない。全ての人達が等しく桜を眺めて酔いしれる―――――」
摩亜は五右衛門の説明を聞いていく内に、まだ見たことがない都の景色が目の前に広がった。そして、その中を五右衛門と一緒に歩く自分を思い浮かべ胸が温かくなった。今、この時だけは、この気持ちに素直になっても良いのではないかと思いながら、話の続きを待つ。
しかし、いつまで待っても五右衛門の声が聞こえてこない。
待ち切れなくなった摩亜は、目を開けて五右衛門の様子を窺った。
「・・・五右衛門様?」
そこに五右衛門の姿は無く、そのまま姿を見せることはなかった。



